20 無職の少年、待ちわびた再会
昼はとうに過ぎ、集会場の外では橙色の景色が広がっている。
あれから一度も魔物の襲撃は起きなかった。
でも姉さんたちは、未だに集落へと戻っては来ない。
不安は焦燥へ。
どうしたって良くない想像ばかりが浮かんでしまう。
「オネーチャンは強いから大丈夫だよ」
「うん」
集会場の壁際。
話し掛けて来たのは、妹ちゃん。
十二分に食事を堪能した後、隣に腰かけていた。
アルラウネさんはまだ、話をせがまれて続けている。
「でもでも、結局訓練なんかできなかったねぇ」
「うん」
「オトートクンは、魔物怖かった?」
「うん」
「ウチはビックリしちゃったけど、怖くは無かったよ」
「うん……ん? そう、なの?」
条件反射の応答は、思わぬ独白で乱された。
「だって地面から出てくるだけだよ? 相手の動きが決まってるなら、幾らでも対処できるよー」
そうかなぁ。
言うほど簡単なことじゃないと思うんだけど。
「だからオネーチャンとケンネェも大丈夫だよ」
「姉さんたちは魔物の巣に向かったんだよね」
「そだね」
「なら、敵が出てくるのは、足元からだけじゃ無いんじゃない?」
「えっと……そうなの?」
「分からないけど、多分」
「ならさぁ、地面を叩いてやればいいんじゃない?」
「え? そしたら敵に襲われるだけじゃ」
「叩いた場所から敵が出てくるんだよ」
うん?
話が噛み合っているような、いないような。
「だからさぁ、どっから襲って来るか分からないなら、出てくる場所をこっちから決めてやればいいんじゃないかなって」
「あ、それ良いかも」
「でしょでしょ!」
妹ちゃんって意外とこういうことを考えるのに向いてたりするのかな。
いつもは色々とやる気がないのに。
今回は妙にやる気があるというか、前向きというか。
「妹ちゃんは凄いね。僕はそんなことまで考えられないや」
「えへへへへ」
余程に嬉しかったのか、薄桃色の顔に更に朱が差したようだ。
そう言えば、あんまり妹ちゃんを褒めたことはなかったかもしれない。
年上のはずだけど、どうにも同い年か年下にしか思えないことが多い。
「随分と仲が良さそうね」
聞き慣れた声。
そして、聞きたかった声。
「姉さん!」
ガバッと勢いよく立ち上がろうとして、慌て過ぎた所為か足を縺れさせる。
「よっと。ほら、危ないわよ」
温かく柔らかい。
気が付けば、褐色の肌に包まれていた。
僅かの隙間をも消すように、抱きしめ返す。
良かった、無事だったんだ。
「お帰りぃ~。でも遅かったねぇ」
「ただいま。ちょっと魔力配分を間違えちゃってね。帰りの分が足りなかったわ」
「あー、だからケンネェが瀕死なんだねぇ」
「辛苦。ぜぇはぁ、ぜぇはぁ、ゲフッ」
「単に走っただけなんだけどね。運動不足過ぎるのよ」
抱擁から首を伸ばし、姉さんの背後へと視線を送る。
集会場の入り口で、賢姉さんが崩れていた。
「こっちは被害は無かった感じかしら」
「うん、大丈夫だったよー」
「遅い。こっちは大変だったんだから」
増えた声はアルラウネさんか。
「妹ちゃんと言ってることが違うんだけど」
「ずっとセントレアの話をさせられ続けてたのよ」
「あぁ、それでこの騒ぎなわけね」
「もう外も暗くなってきたみたいだし、一度戻らない?」
「そうねぇ、予定も随分と狂っちゃったし」
「宣言。ワタシは帰る」
「あらそう? 何だったら家に来てもいいけど」
「辞退。遠慮する」
「おっと、そうそう忘れるところだったわ。薬、助かってるわ、ありがと」
姉さんの言葉を聞き、薬のお礼を言わなければと思い出す。
「あの! いつも薬、ありがとうございます」
「無用。礼の必要は無い」
賢姉さんと短い遣り取りを終える。
人族の町では、すぐに騎士って人たちが一緒に居てくれた。
結果、あんなことにはなったけど、お蔭で心細くはなかった。
けど、この魔族の集落では、魔物の襲撃もあってか、姉さんと離れていたのが随分と堪えた。
生じた不安を全て消し去るように、姉さんにしがみついて離れない。
「オトートクン、べったりだねぇ」
「それだけ不安だったのね。いつも一緒に居るって言ったのに、こんなに離れちゃって御免ね」
「無事なら良いんです」
「取り敢えず移動しましょう。喋り疲れたし、ゆっくり休みたいわ」
「あらん、もう帰っちゃうのん」
「そりゃあ帰るわよ。あまりセントレアに影響され過ぎないようになさい」
「無理を言わないで頂戴」
「無理ってことはないでしょ……」
集落の魔族たちに惜しまれつつ、僕たちは世界樹へ、賢姉さんは自分の家へと帰るのだった。
本日はあとSSを1話投稿します。
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