150 無職の少年、顛末
いつもより、幾分遅い目覚め。
空がすっかり青くなるころに起き出し、のんびりと食事を終える。
もう、訓練にも警備にも行かなくていい。
妙な解放感。
久しぶりに洗濯を済ませてから、みんなで家を後にする。
今日すべきことは、一つだけ。
ドリアードさんの住処へ向かい、話を聞くこと。
道中、妹ちゃんの家にも寄ってみたのだが、兄妹共に興味は無いとのこと。
それなら、僕だって行く必要はないんだけどね。
他に然したる用事も無いわけだし、そのまま付いて行く。
植物溢れる住処内へと入り、待っていたであろう相手に挨拶する。
「おはよ」
「おはようございます」
空間の中央付近に植物で机と椅子が形成されている。
既に二体共が、椅子に座って待っていた。
「──よく眠れたようじゃのう」
「おはよう。もうお昼だけどね」
「別に、時間の指定なんてしてなかったでしょ」
「それはそうだけど」
「あと、オーガたちは来ないって言ってたわ」
「そう。なら、このまま始めても構わないわよね」
「ええ」
空いている椅子に隣同士で座る。
ブラックドッグは足元で蹲る。
「──さて、話と言うのは他でもない。昨日の顛末についてじゃ」
姉さんとアルラウネさんが頷きで応える。
語られるのは、精霊シルフの思惑と行動。
勇者と魔王を警戒しており、互いに潰し合わせようとしていたらしい。
ズキ。
頭が僅かに痛む。
「だからって、世界樹まで壊す必要あるの?」
「──彼奴は塔への侵入を図った報復のようなことを言っておったが、恐らく本当の狙いは魔法の解放にあったのじゃろうな」
「何でよ?」
「──魔王に伍するには、勇者が魔法を使えねば話にならぬ」
ズキ。
頭が僅かに痛む。
「どっちの脅威にしろ、全然実感が湧かないんだけど」
「実際に目の当たりにしてないから、そう言えるだけよ。けど、”改変”の力についてなら、実際に体験してるはずよ」
「どういうこと?」
「レベルの──いえ、経験値という理の消去よ」
「って言われてもねぇ……それってアタシが子供の時分でしょ? アタシにとっては今の状態が当たり前なんだけど」
「……そうなのね」
「──世界規模の”改変”じゃったからのう。しかし、そのような暴挙、相応の代償を伴ったわけじゃがな」
「神級魔法は魔力ではなく寿命、つまり生命力を代償として発動するの」
「それぐらいなら聞き覚えはあるけど」
「発動したのは魔族、二代目の勇者だったわ。発動後、ずぐに亡くなったそうよ」
ズキ。
頭が僅かに痛む。
「種族が入れ替わってたのって、その代だけよね? 理由は何なわけ?」
「──どちらの存在も、資質は同じなのじゃろうな。但し、発生には順番があるようじゃて」
「発生の順番って、どういうことよ」
「──常に魔王の発生が先んじておる。勇者の発生は、必ずその後なのじゃよ」
ズキ。
頭が僅かに痛む。
うう、こんなのばっかりなら、付いて来るんじゃなかったかも。
「魔王を倒すために、ってことなのかしら」
「──かもしれん。いや、恐らくはそうなのじゃろうな」
「話を戻しましょう。シルフ様についての処遇はどうなってるの?」
「──監視付きの軟禁じゃな。既に元の住処へと戻らせておる」
「さっき、妹がいるとか言ってたわよね? 二体とも同じ場所にいるってこと?」
「──そうじゃな」
「それって大丈夫なわけ? 以前、弟君を助けるために探したことがあったはずだけど、応じてくれなかったわよね」
いつのことだろう。
何かあったっけ。
「──会えもせんかったがのう。姉妹の仲は良好のようじゃ」
「そのほうが問題でしょ。またいつ何を仕出かすか分かったものじゃないわ」
「──じゃからこその監視じゃ。コロポックルとノームを配しておる」
「十分とは言えないと思うけど」
「─彼奴に世界を害する意図はあるまいよ。その行動の悉くが、世界を守り維持することにあるのじゃからな」
「立派なお題目を掲げれば、何をやってもいいってわけじゃないでしょ」
「そうね。同じ精霊すら攻撃しようとして。もっと身近に置いて、監督するべきじゃないかしら」
「──妾とて同じこと。世界樹で以て、暴れておるわい」
「それは……けど、怒るのも無理なかったわ」
「──なればこそ、分かってやってはくれぬか。怒りを覚える対象が、異なるだけのことなのじゃと」
「……ハァ、もういいわ。けどだからって、任せっぱなしにもできないけどね」
「どうするつもり?」
「定期的に話をしてみたほうがいいんじゃないかしら。ただ監視してるってだけじゃ、何を考えてるのか分からないでしょうし」
「──対話は大事やもしれぬな」
「もちろん、アタシたちも参加する形でね」
「……うッ」
「何で嫌そうな顔するのよ」
「だって、相手は上位精霊様よ」
「そんなの、ドリアードだってそうじゃない」
「ドリアードはもう、家族みたいなものだもの。関係性が違い過ぎるわよ」
「嫌がってみせても無駄よ。強制連行するから」
……まさかとは思うけど、その中には僕も含まれているんだろうか。
今回みたく、ただ座ってるだけになりそう。
できれば遠慮したい。
自分のことで精一杯なのに、世界がどうとかなんて考えられやしない。
姉さんは違うのかな。
僕の世話を焼いてくれて、みんなを助けて、その上、世界のことまで気にかけているなんて。
無理してないかな。
姉さんのことのほうが、よっぽど心配だよ。
これにて、第三章完結となります。
本日の投稿は以上となります。
次回更新は来週土曜日。
お楽しみに。
【次回予告】
次回、最終章。
次回更新分をもちまして、本作は完結となります。
約束は果たされる。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




