149 無職の少年、互いを想う
結局、夜になっても状況に変化は起こらなかった。
騎士たちを聖都に残し、僕たちは世界樹へと帰ることに。
もちろん、賢姉さんと石像は魔法協会に送り届けたうえでだけど。
そうして帰ってきたドリアードさんの住処。
普通にドリアードさんが佇んでいた。
「──随分とのんびりしておったんじゃな」
「ちょっと! 何の説明も無しに消えといてソレなわけ⁉」
「──何じゃ。まさか妾の所為じゃと?」
「そうに決まってるでしょ!」
「少しは落ち着きなさいな。こっちは今まで、あの風の精霊が戻ってくるんじゃないかと、ずっと待機していたのよ」
「──そうじゃったのか。ならば、一度確認に戻って参れば良かったじゃろうに」
「だ・か・ら! 状況が定かじゃないから、迂闊に動けなかったんだってば!」
「──う、うむ、それは悪かったのう」
姉さんが珍しく怒ってる。
今にも掴みかからん勢いだったので、僕とアルラウネさんとで片腕ずつ押さえておく。
「で、結局何がどうなったわけ?」
「──詳細は明日話すとして、結論だけ告げておこうかのう」
「は・や・く!」
「──やれやれじゃな。コホン、シルフィードは元の住処へと戻すことになったんじゃ。もう人族へ干渉はさせぬ」
「……え? まさかとは思うけどそれだけ? これだけの騒ぎを起こしてた元凶でしょ⁉ 甘過ぎない⁉」
「──ならば逆に尋ねるが、滅せよとでも言うつもりか?」
「それは……けど、だって……」
腕から伝わる力が弱まる。
見上げれば、苦しそうな、悔しそうな表情があった。
「ドリアードもムキにならないで。皆、今日は戦闘で気も昂っているわ。ゆっくり休んで、明日、落ち着いてから、改めて話を聞きましょう」
「──そうじゃな。皆、苦労をかけた。ゆるりと休むがよい」
その後、姉さんは何も喋ることなく、家路についた。
静かな家が出迎える。
今日は聖女さんも居ないし、スライムも連れてはこなかった。
久々に二人と一体だけ。
「静かね」
「そうですね」
何とはなしに、居間の椅子に座る。
同じく姉さんも。
「……はぁ、今まで何やってたんだろ……馬鹿みたい」
「姉さん?」
「だってそうじゃない。人族じゃなく精霊こそが元凶だったなんて。あーもう、馬鹿馬鹿しいったらないわ」
腕を枕に、机へと突っ伏してしまう。
「……弟君を苦しめてたのも、本を正せば精霊の仕業だったわけじゃない。ホント最悪よ」
教皇の正体が精霊だったことが、思いの外堪えているらしい。
僕は別に、どうとも思ってはいないんだけどな。
関係していた全部を、どうこうしたいとまでは思わないし。
倒すべき相手は倒した。
一人は死んでしまって、もう一人はまだ生きている。
命まで奪いたいとは、今は思えない。
ただもう、二度とは会いたくないだけ。
「僕は気にしてませんよ」
「……え? どうして?」
突っ伏していた顔がむくりと起き上がる。
そこにあるのは驚いた表情。
「一応は戦ったようなものですけど、直接何かされたわけでもないですし」
「けど」
「僕だって、全部を恨んだりはできませんよ。次から次へと、恨みの対象を変えられもしません」
「……それでいいの?」
「仲良くする、なんてことはできないかもですけど」
痛みも疼きも、完全には治まってなどいない。
今後、消えるのかも不明。
これがもし、忘れたくないって気持ちなら、このままでもいい。
忘れたかったわけじゃない。
ただただ、赦せなかった。
全身を焼き尽くしてしまうほどに。
けどもう、その熱も遠退いてしまったかのようで。
残ったのは、燃えカスか灰か。
「戦いたくなんてないです。できれば誰とも」
傷付けたくも、傷付けられたくもない。
「助けたかった。姉さんを、みんなを。塔での戦闘は、僕にとってはそれだけだったんです」
「弟君……」
こちらに向け、両腕を拡げてきた。
応じるように、立ち上がって姉さんの元まで移動する。
そうして抱きしめられる。
「姉さんが苦しむ必要なんてないです。苦しんで欲しくないです」
「お姉ちゃんだもの。いつだって弟君のことが心配だよ」
「……そんなに頼りないですかね」
「ううん、そんなことない。凄く凄く助けられてるもの」
「それなら嬉しいです」
「けど、お姉ちゃんだって助けてあげたいの。守ってあげたいのよ」
「ずっと助けてもらってます。守ってもらってますよ」
「まだまだ全然足りてない。お姉ちゃんの気持ちは、もっと大きいんだから」
姉さんが居ない日常なんて、考えられやしない。
居ることが当たり前。
起きてから寝るまで、ずっと一緒。
……だけど、いつまでこうしていられるのだろう。
いつまでこうしていていいのだろうか。
姉さんの時間の多くが、僕のために割かれている。
それはきっと、当たり前のことじゃない。
ちゃんと考えないと駄目だ。
これからのことを。
姉さんだって、好きに生きていいはずなんだから。
『……やれやれ。いい加減、風呂に入って寝たほうがいいのではないか?』
「そういえば、言い忘れてました」
「ん? 何を?」
「ただいま」
「……ええ、おかえりなさい」
本日は本編150話まで投稿します。
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