147 無職の少年、夜を前に
しばらくして、聖女さんが戻ってきた。
「お待たせしました。用意が整いましたよ。あ、そうそう、時間ですが、じきに夕方といったところです」
「……の割には、手ぶらに見えるけど」
先程持っていたはずの槍すらも無い。
「塔の外にご用意してあります。此処では落ち着いての飲食は無理かと思われましたので」
「けど、此処を離れるのはマズいんじゃない? そもそも、そのために残ってるわけでしょ」
「あ」
アルラウネさんから指摘を受け、途端に挙動不審になり始める聖女さん。
「え、えっと、その、あの」
「副団長、それに皆さんも。この場は自分にお任せを。団長もまだ説得を続けているみたいですし」
やって来たのは白い鎧の勇者。
ズキ。
頭が僅かに痛む。
「──失礼ながら話は聞かせていただきました。精霊ならば、戻り次第ワタシが処断します。皆様方には、お帰りいただいて構いません」
「先輩……」
「アナタも休憩なさい。随分と魔力を消耗しているのでしょう」
赤い鎧の女性が声を掛けてきた。
どうやら、教皇と戦うことに躊躇いはないらしい。
偽物ってわけじゃなく、今まで正体を隠してたって感じだったけど。
人族じゃなかったことが、よっぽど許せないのかも。
とはいえ、この場を任せるのは危ない気がする。
「……あの、ですけど、さっき通用してませんでしたよね」
「なッ」
「キミ! 何てことを言うんですか!」
「ですから、一人で対処するなんて無理だと思うんです」
度々、炎を繰り出してはいたものの、全て防がれてしまっていた。
オーガ兄だって居たのに、だ。
到底、独力で敵うとは思えない。
「プッ、ククッ、アハハハハ! もう、弟君たら正直過ぎよ。けどそうね、任せてと言われても、信用はできないわ」
「……くッ」
「それに、また閉じ込められでもしたら、抜け出せないでしょうしね」
「ではでは、ごーれむちゃんも待機してるデス。魔力は十分溜まったので、元気一杯デス」
「別に分散しなくても、此処で休憩を取れば済む話じゃない?」
「そうね。瓦礫の少ない場所に移動すれば十分でしょう」
姉さんもアルラウネさんも、この場から離れるつもりは無いようだ。
個人的には、外に出たくはあったんだけど。
何せ……。
「あと、遺体は何処かに移したほうがいいわ」
アルラウネさんの言うとおり。
そうなのだ。
流石に気分のいいものじゃない。
「……分かりました。では外へ──いえ、ひとまずは地下に安置しましょう」
「お手伝いします」
「不要です。アナタは食事の手配を」
「……はい」
「ふぅ……邪険にしているわけではありません。刻印武装を不用意に外に放置するわけにはなりませんでしょう」
「あ、はい、そうですよね」
「それに、地下への出入りは聖騎士のみ。他の者の立ち入りは許可できません」
「そうそう、地下で思い出したわ」
二人の会話に割り込むようにして、姉さんが声を張り上げた。
「火薬も保管されてたりするんじゃない? それの処分もしたいと思ってたのよ」
「……なるほど。しかし、すぐには対処しかねます」
「つまり、地下にあるってわけよね」
赤い鎧が黙り込む。
「……いいわ。そっちは後回しにしましょう。まだ処分する方法も思いついてないことだし」
「では、ワタシはこれで失礼します」
素早く翻り、足早に立ち去ってゆく。
向かう先にあるのは、横たわる緑の鎧。
「聖騎士様、せめて途中までは手伝わせてください」
「手伝いならば彼女のほうを。こちらは不要です」
「……承知しました。副団長、行きましょう」
「ええ」
聖女さんと二人、通路へと移動してゆく。
「じゃあ、アタシたちは場所を整えましょう。できるだけ破損の少ない場所を見付けたいわね」
姉さんの号令に従い、薄暗い大広間を手分けして探索する。
当然のように、ブラックドッグが付いて来てくれた。
でもホント、不便だなぁ。
もっと明るくなるように造ればいいのに。
「どうした? 何か探し物でもしてんのか」
「ウチも手伝うよー」
やっと落ち着いたのか、オーガ兄妹がすぐそばまで近づいていた。
「休憩場所を探してるんです。聖女さんが食事の用意をしてくれたそうなので。なるべく壊れてない、綺麗な場所を」
「ん? まだ帰らねぇのか?」
「精霊がまた戻って来るかもって。姉さんたちが」
「なるほどな。さっすが姐さんだぜ」
「じゃあじゃあ、通路付近はどうかな? 一度も攻撃されなかったよ」
唯一の出入り口っぽいし、相手も壊さないように気を配っていたのかも。
通路に近ければ、食事の運搬も楽そうだ。
「いいかもしれないね」
「でしょー」
「確かに腹も減ったしな。ありがてぇぜ」
「あ、一応、夜になったら帰るって話です」
「つーか、今が昼だか夜だかも分からねぇんだが」
「アニキ、馬鹿過ぎー。天井から光が入って来てるんだし、夜なわけないじゃん」
「いやいや、夜だって明かりぐらい入ってくるだろ。月も星もあるんだからよ」
「むぅ」
「ちなみに、もうじき夕方になるって言ってました」
「結構経ってんだな。もう戻って来ねぇんじゃねぇか」
「……もう戦うのなんか嫌だよ」
「そうだね」
本日は本編150話まで投稿します。
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