146 無職の少年、気掛かり
未だ塔の内部。
精霊たちが姿を消し、しばしの時間が経過した。
「……ふぅ、もう大丈夫よ。ありがとうね」
「いえ。お役に立てて何よりです」
上体を起こそうとするのを、聖女さんと僕で手助けする。
「しっかし、戻って来ないわね」
「……そのようですね。これからどうしたものでしょうか」
戦闘は一応、終結している。
まだ、黄色い鎧に対し、団長さんが説得に当たってはいるみたいだけど。
時折、こちらにまで声が届く。
死者は二名、共に聖騎士だ。
「留守を預けてたはずの面々が、軒並みこっちに来ちゃってるからねぇ。世界樹の様子も気掛かりなんだけど」
「帰ったらマズいんですかね」
「もしも教皇が──いえ、精霊シルフだけがこの場に戻ってくるなんて状況にでもなったら、魔法以外の攻撃手段を持ってるモノが残っていないと、対処できないでしょうしね」
なるほど、それを警戒してたのか。
じゃあ、まだ戦いが終わったとは限らないわけで。
「いつまでもこうしてはいられないし、どこかで見切りをつけないとね」
「提言。最長で夜までとするべき。肉体的にも精神的にも休息は必須」
「塔内では時間が分かりませんね。ワタシが外に出て確認して参りましょう。ついでにお食事やお飲み物など、教会から調達してきます」
「流石に一人だけじゃ、そんなに多くは運べないでしょ。手伝うわ」
「いえ、お気持ちだけで。念の為、戦力は極力分散しないほうが賢明でしょう。こう見えて、力はあるほうですから。ご心配には及びません」
槍を携え、一人通路へと歩み去ってゆく。
聖女さんと入れ替わるようにして、アルラウネさんがそばへとやって来た。
「何だか、終わったって実感が湧かないわ」
「それはアタシだって同じよ。気がついたら全部終わってたんだもの」
「これでもう、世界樹が壊されることは無くなるのかしら」
「まだやるべきことは残ってる。この塔の何処かにある火薬ってのを、どうにかしておかないと。お蔭で随分と苦戦させられたわ」
「なら、苦戦してる風だったのは、その所為だったの」
「まあね。技はどれも威力があり過ぎて、どうにも及び腰になっちゃったわ」
そうだったんだ。
確かに、姉さんなら塔を破壊するぐらい、訳ないって気がする。
「その点、弟君はすっごく頑張ってくれてたわね」
「そうみたいね。訓練とは見違えたわ」
「いえ、そんな……僕だけじゃ、どうにもできませんでしたし」
『謙遜することはない。友は十二分に頑張っていた』
「アナタ、最近よく喋るようになったわよね。どういう風の吹き回しなのかしら」
『……今までは友の力となることを是としてきた。が、今は共に意思を持って戦っている。その所為だろう』
「ふーん。ま、弟君と仲良くしてくれてる分には構わないけど」
『仲違いなどせぬ』
そもそも、今まで誰かと喧嘩なんてしたことないけど。
「ブラックドッグが沢山話してくれるようになって、僕も嬉しいよ」
すり寄ってきて、尻尾をフリフリさせている。
普段は頼もしかったり格好いいけど、こうしてると可愛い。
「で、何で此処に来てるわけ?」
「え? ああ、そういえばボウヤたちにしか説明してなかったわね。元々、オーガに頼まれてたのよ。あ、妹のほうよ」
「頼まれてたって、どういうことよ」
「あの子も、この日のために頑張ってたってこと」
「じゃあ、ケンタウロスの集落で訓練してたのって、そういうこと?」
「そうね。世界樹の暴走で色々と戦闘があったわけだけど、どれも役に立てなかったって悩んでたわ」
……そっか。
僕だって、大した役には立てなかった。
けれど、それ以上に、妹ちゃんは悔しい思いをしていたのかな。
「危ない真似するわね」
「それをアンタが言うわけ? 連れてきた責任として、ずっとそばには付いてたわよ。誰かさんとは違ってね」
「うぐッ」
「冗談よ。聞き流しなさい」
「……的確に抉り過ぎ」
本当に仲がいいんだなぁ。
それはいいとして、話に上がった妹ちゃんはどうしてるんだろ?
薄暗い屋内は見通しが効かない。
離れた場所では、誰が何処に居るかも定かじゃない。
頼りになるのは声だけだ。
「──馬鹿アニキ!」
「──いてぇ⁉」
……ま、まぁ、元気にはしてるっぽい。
お兄さんと一緒に居るらしいのは、今ので分かった。
「……終わったのよね、これで」
「多分ねぇ~」
「また、平和に過ごせるのかしら」
「当分は大丈夫なんじゃない? 魔王が代替わりした時が問題かしらねぇ」
「……魔王は、どんなだった?」
「どんなって言われても……そうねぇ……」
「断言。優しい。争いを好む質でないことは、ワタシが保証する」
「はいデス。マオーさんはすっごく優しいデス」
「だそうよ。賢者たちとは、随分と仲良くしてるみたいね。気になるなら、会ってみればいいじゃない」
「……怖いのよ」
「だーかーらー、優しい子だって話──」
「そうじゃない。そうじゃなくて、アナタは知らないのよ。魔物が狂暴化していたころの有様を。そして、それを成したのが他ならぬ魔王だってことを、ね」
「……また、支配されるのが怖い?」
「当然でしょ」
魔王って、あのデヴィルの女の子だったっけ。
しはいって何のことなんだろう。
本日は本編150話まで投稿します。
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