145 無職の少年、戦いの終わり
ほぼ倒れるように着地する。
浮くのも落ちるのも、二度と御免だ。
どうにも生きた心地がしない。
それに、生身じゃされるがままだし。
「そこな異物の仕業ですか。木偶と侮りが過ぎましたね」
白い布が、凄まじい速度で以て、石像へと伸ばされる。
駄目だ、僕じゃ到底追いつけやしない。
ならばせめて、少しでも石段を攻撃するべきか。
「攻撃こそ自信はありませんが──」
そこに、割って入ってくる影。
白い布が殺到する。
「──防御だけなら割と、役には立てるつもりですよ」
「余計な真似をせず、大人しくしていなさい」
「グゥッ⁉」
攻撃を諦めたのか、壁へと邪魔者を吹き飛ばした。
そうして、再び石像へと迫る。
それを見届けずに、石段へと攻撃を繰り出す。
唐突に視界が暗くなった。
石段の破損が消えた。
いや、破損の状態や場所が変わっていた。
よくよく見れば、床の破損のほうが酷いぐらい。
もしかして、元の場所に戻ってる?
「──やれやれ、よもやこのような場所で再会しようとはのう」
「ドリュアス……」
「──ふむ、随分と懐かしい呼び名じゃな」
聞き覚えのある声が響く。
「アニキ―! みんなー!」
「皆、無事なの⁉」
今の声は、妹ちゃんとアルラウネさんか。
やっぱり、元の空間に戻ってこれたらしい。
「娘よ、どうしたのだ!」
今度は、グノーシスさんの声まで聞こえてきた。
姉さんのそばに居るようだ。
さっきまでとは違って、薄暗くなってしまったため、遠くが窺い知れない。
空間を脱したなら、魔法も使えるはず。
とにかく、姉さんを治してもらわないと。
「聖女さん! 姉さんを!」
「はい、お任せを」
何処に居るか分からないため、大声で叫ぶ。
既に動き出していたのか、遠ざかりながらも応えてくれた。
「覚悟ォ!」
薄闇が晴れる。
石段の下から、勢いよく立ち昇る炎の柱。
それよりも早く、赤い線が石段の頂へと到達したのが見えた。
≪双竜・翔 -炎-≫
勢いそのままに激突する。
「……無駄なこと。例え天地が逆しまになろうとも、この身に届くことなどあり得ません」
「んだとぉ⁉」
炎によって照らし出される姿は、ほんの僅かに届いてはいなかった。
見えない壁に遮られているのかのように。
遅れて、炎の柱が傾き落ちる。
応じるように、白い布が伸びる。
さっきと同じようにして、炎が呑み込まれ、消えてゆく。
陰る視界に、白い布が別方向にも伸ばされているのが見えた。
そうだ、姉さんたちのほうへと伸ばされていたはず!
急いで視点を転じる。
……あれは、木?
土などない床から、一本の木が生えているように見える。
白い布は、その木によって遮られているみたいだ。
先程、ドリアードさんの声が聞こえた気もする。
助けに来てくれたのか。
「──どうにも、落ち着いて話ができる状況ではないようじゃな」
「今更、何を話せと」
「話さぬと言うなら、斬って捨てるまでのこと」
「──これ、無為に話をこじれさせるでないわ」
精霊たちが言葉を交わす。
もう、できることはないのかもしれない。
足下に気を付けつつ、姉さんの場所を目指して歩く。
「──戦闘は終いにせよ。勝敗は決したじゃろうて」
「大人しく世界樹に引き籠っていれば良いものを」
「──言われんでも、そうするつもりじゃったわい。じゃが、妾に仕掛けてきおったのは人族、いやさ、其方じゃろうに」
「惚けているのか、それとも耄碌しているのかしら」
「──何じゃと?」
「お忘れかしら? そちらが先に仕掛けてきたのよ。この塔へと侵入しようとしていたでしょうに」
聞くでもなく聞こえてくる会話。
それってもしかして。
姉さんを追って、初めてこの町に来た時のことを言ってる?
「──その報復じゃったと? 妾の同胞を殺めた言い訳がそれか!」
床が激しく振動する。
だけに留まらず、木から石段へ向け、床石が弾け飛ぶ。
慌てて避ける。
こう薄暗くては、見えやしない。
と、寸前まで迫っていたらしい石片が砕け散った。
『無事か』
「あ、ブラックドッグ! もう動いて大丈夫なの⁉」
『ああ。拘束の力は既に無い』
「よかった、よかったよぅ」
『済まない、心配をかけた。姉の元へと向かっているのだろう? 護衛しよう』
「うん、ありがと」
ブラックドッグに先導され、歩みを再開する。
時折飛来する石片は、到達を待たず砕け散ってゆく。
「何だ、結局攻撃するのか?」
「──む。そうじゃったな。冷静であらねばと自戒しつつも、どうしてものう」
石の雨が止んだ。
ようやく姉さんの元へと辿り着く。
「姉さん!」
「あ……弟君? どこ、も怪我して、ない?」
「まだ安静にしていてください。ワタシの力では、すぐに全快とはいかないんですから」
聖女さんは魔法をかけ続けてくれているようだ。
けど、姉さんは未だに横たわったまま。
意識は戻ったみたいだけど、酷くたどたどしい喋り方をしている。
具合はまだ良くないらしい。
伸ばされた手をそっと握り返す。
「僕なら大丈夫です。どこも怪我してません」
「そう……なら、よかった、わ」
姉さんが助かった。
それだけで、僕は報われた。
「──場所を移そうかのう。傷つけるのは本意ではない」
「勝手な振る舞いを、ワタクシが許すとでもお思いですか?」
「抜かせ。そう容易く魔力は回復できぬ」
「魔力? 魔力など問題にもなりません。回復する術など、幾つもありますから」
「──戯れは終いにせい。皆で話を聞く。異論は無しじゃ」
その言葉を最後に、精霊たちの姿は消えてしまった。
今年の投稿は以上となります。
次回更新は来年、次週土曜日。
お楽しみに。
【次回予告】
消えた精霊たちを警戒し、塔で待機する一行。
果たして、戦いは終わったのだろうか……。
第三章完結。
今年一年、ご愛読いただき、誠にありがとうございます。
来年もお付き合いいただければ幸いです。
皆様、良いお年を。
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