143 無職の少年、脱出の策
排除って……まさか全員を殺すつもりなの?
これじゃあ、世界樹を暴走させたドリアードさんみたいだ。
あの時とは違って、姉さんもブラックドッグも戦える状態じゃない。
声も出せず、助けを求めることすらできやしない。
誰も頼れない。
なら、僕にできることは何か。
持っているのは、短剣二本のみ。
石段を頂まで駆け上がり、斬りつける?
ついさっき、赤い鎧の女性が、一段すら上らせてもらえなかったのに?
できっこない。
諦めが全身から力を奪ってゆく。
「無駄なことを。争いは禁じると告げたはず」
聞こえた声に、身を震わせる。
まさか、思考まで読まれてる⁉
「チィッ! 何でだ! 何で精霊が、同じ精霊を攻撃させるような真似をする!」
「また勝手な呼び名を。話を聞かぬ者に、告げる言葉などありません」
「────」
この声は団長さんか。
けどすぐに、声が聞こえなくなってしまった。
周囲のざわめきと気配が強まる。
「随分と勝手だな。こりゃあ、師匠のほうが理性的かもしれねぇ」
「師匠……なるほど、サラマンドラの所に居た魔物ですか」
「アンタも随分な呼び方してくれるじゃねぇか。相手に強制するばっかなクチか」
「粗野なのは似通っていますね」
「そりゃどうも!」
赤い線が石段の半ばまで迫った。
「──届かねぇかッ⁉」
が、空中で静止してしまった。
「奇襲に際し、声を上げるのは愚考というもの」
「ヘッ、まんまとオレに気を取られやがったな」
「……何ですって?」
オーガ兄の言葉を受け、一瞬、気が他へと逸れたらしい。
その機を逃さぬとばかりに、くるりと姿勢が変わる。
≪竜爪 ・穿≫
未だ届かぬ相手に対して、鋭い蹴りが放たれた。
位置は変わらない。
ただ、衝撃波らしきものだけが、相手へと迫る。
「……実に愚かしい」
まるで羽虫でも払いのけるかのように、片手を振るう。
それだけ。
たったそれだけの動作で、衝撃波は散らされてしまった。
「ワタクシは妖精の中にあって、最も古く最も力ある存在。那由他の時を経ようとも、人間や魔物風情では決して届きはせぬと知りなさい」
その手を伸ばすと、今度はオーガ兄が吹き飛ばされた。
……まさか、気付いてない?
オーガ兄に呼応して、反対側から駆け上がる白い影に。
「猊下に刃向かうなどと。身の程を弁えよ」
「なッ⁉」
白い鎧を阻んだのは、大柄な黄色い鎧。
両腕に備わっているらしい巨大な盾で、強引に弾き飛ばしてみせた。
「あら、アナタは恭順を示すと言うつもりかしら」
「無論のこと。教皇とは象徴。人族の導となる御方」
「死ぬのが恐ろしいだけなのではなくて?」
「ご所望とあれば、如何様にも」
「結構。皆がこう物分かりが良いと助かるのですが」
これで無事なのは、僕と聖女さんと賢姉さんと石像のみ。
あれ、そういえば、妹ちゃんやアルラウネさんも居たはず。
入り口付近を窺ってみるが、影も形も無い。
この空間の外に居るのか?
「不利。領域内では勝ち目が無い。即時撤退を推奨」
「でも、どうやって逃げるデス?」
「難問。領域を突破する術が不明」
りょういきって、この空間のことだよね。
……何かが引っかかる。
つい最近、住処のことで何かを聞いた気がするんだけど。
ええっと、何だったっけ。
「魔法が封じられていても、刻印武装は使用可能のようです。最大火力で攻撃すれば、破壊できないでしょうか」
「ごーれむちゃんもお手伝いするデス」
「思案。攻撃するならば、空間の中心部か外縁部のどちらかが望ましい。そして、中心部はこの場合、適していない」
「ならば、この空間の端まで移動を。通路を目指しましょう」
視線が彷徨い、ある一点で止まった。
ブラックドッグ。
そう、そうだ!
「魔力だ! 魔力を吸収できれば!」
あれ?
いつの間にか、声が出せるようになってた。
「……えっと、突然どうしたんですか?」
「ブラックドッグも小さな空間を作れるようになったんです。それで、えっと……えっと……」
落ち着け。
伝えるべきことを、簡潔に。
「凄く魔力を消費するって。だから、あの……」
グノーシスさんの住処での出来事を思い出す。
空間から魔力を吸収したら、物凄く怒られたっけ。
「仮定。空間の維持には相当量の魔力が必要と推察。強行突破よりも弱体化を図るほうが堅実」
「……それで、魔力の吸収って、具体的にどうすればいいんでしょうか?」
「あ」
魔装化してないと無理なんだった。
姉さんもブラックドッグも依然として倒れたまま。
折角の思い付きも無駄だった。
「ごーれむちゃん、できるデス」
──あ!
「そうなんですか?」
「精霊さんと同じく、魔力で動いているデス」
「最高。流石、ご先祖様の傑作」
「今のマスターは、マスターなのデス」
「要請。魔力吸収を。同時に防護壁を展開して消費」
「了解なのデス」
「ではその間、ワタシがその護衛を努めましょう」
僕は……僕には何ができるだろうか。
魔力を吸収なんてできないし、護衛できるほど強くもない。
なら、何ができる?
「相談は終わったのかしら?」
突然聞こえてきた声に、全員が身を震わせた。
「領域内の動きも声も、全てワタクシに伝わります」
「開始! ごーれむちゃん、全力駆動!」
「やるデス!」
僕にできること。
それは。
……囮になることぐらい。
「うわあああああァーーー!」
双剣を抜き放ち、石段へと駆け出した。
本日は本編145話まで投稿します。
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