142 無職の少年、教皇の正体
……あれ?
何だか視界がぼやける。
身体がふらつく。
堪らず、床にへたり込んでしまった。
『クッ⁉ やはりこの空間……精霊のソレか! ならば──』
あ、急に楽になった。
いや、むしろ元の感覚に戻ったと言うべきか。
「あら。ワタクシの力にも抗えるなんて、随分と成長したものですこと」
涼やかな声が聞こえてきた。
突然届いた声に、キョロキョロと周囲を見回してみる。
するとどうしたことか、みんな倒れ込んでしまっていた。
『……あまり長くは持たぬ、か』
「あまりに騒がしいものですから、静かにしていただきましたわ」
またしても声が聞こえた。
ブラックドッグが睨み付ける方向。
その先にあるのは、やはりあの頂上に居る存在に他ならない。
そういえばさっき、精霊って言ってたような?
「つまらぬ諍いには、もう飽いてしまいました。埃っぽいのもいただけません。以降、この場での争いの一切を禁じます」
『ぐぅッ⁉』
みんなが起き上がるのとは反対に、ブラックドッグが倒れてしまう。
「どうしたの⁉ 大丈夫⁉」
『……魔力を消耗し過ぎた。それよりも気を付けろ。アレは──』
「全く、これだから獣は」
『──がはッ⁉』
「え⁉ ブラックドッグ⁉」
突然、ブラックドッグが苦しみだした。
ポーチの中にはポーションしか残っていない。
とにかく、ポーションだけでも与えてみよう。
「譲渡。これを使ってみて」
「あ、ありがとうございます」
賢姉さんがエーテルを差し出してくれた。
ありがたく頂戴し、ブラックドッグへと与えてあげる。
『う……ぐぅ……ッ』
回復してない?
まだ苦しそう。
一応、ポーションも与えてみる。
けれども、状態は変わらない。
「至急。ごーれむちゃん、聖女を」
「で、デス~!」
ようやく聖女さんが来てくれた。
簡単に事情を説明し終え、治してもらうことに。
「分かりました。中級までしか使えませんが、やってみます」
≪清浄≫
……何も、起きない?
「そんな……どうして……? 魔法が使えない?」
姉さんを治せない……?
姉さんもブラックドッグも苦しんだまま。
何が、誰が、邪魔をしているのか。
……そんなの、決まってる!
この場に於ける異物。
「オマエか! オマエが邪魔してるんだろ!」
石段の山の頂を睨み付け、叫ぶ。
「子供というのは、どうにも喧しくて苦手ですわね。お黙りなさい」
「────」
なッ⁉
声が出せない⁉
「人間に魔物に妖精、と。揃いも揃ったりと言ったところかしら」
「僭越ながら、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「そうよ」
「……は?」
「ですから、アナタが想像しているとおりだと告げたのです」
「で、ではやはり、貴女様が教皇猊下、その人なのですね」
「あら、それは少し違いますわね。ワタクシは人に非ず、妖精ですもの」
「よ、ようせい……とは?」
「自然を母として生まれし存在、と言えばお分かり?」
「……精霊、なのですか?」
「今のモノたちは、勝手にそう呼んでいるみたいですわね」
会話している相手は、赤い鎧の女性らしい。
なら、声が出せなくなっていのは僕だけ?
「いつから……いつから精霊が教皇に成り代わっていた!」
「おかしなことを。もちろん最初からですわ。滅びかけていた寸前、妖精が手助けして差し上げたの」
「最初、から……だと……」
「人間とは思考し、されど思考を手放したがる生き物。優しいワタクシが、無駄な思考をせずに済むよう、僅かばかりの助力をしたまでのこと」
「では……では、今の今まで、人族は精霊の意のままに操られていのか⁉」
「思考を委ねていたのであれば、そう表現して差し支えないのではないのかしら」
「ふざけるな!」
赤い鎧が石段を駆け上がる。
……ことはできなかった。
その一歩目すら踏み出すことは叶わず、床へと崩れ落ちる。
「な、何故……⁉」
「此処は既にワタクシの領域内。あらゆる行動の是非は、ワタクシが決めます」
そうか、此処は精霊の住処なんだ。
魔法が封じられていたのは、その所為か。
けど、動けなくなったり、喋れなくなったりもできるなんて。
見た目はさっきまで居た場所と変わらないのに。
……いや、そうでもないのか?
床や壁に破損が無くなっている。
同じ見た目にしているだけ?
そもそも、何で精霊が教会の長をやってるんだ?
訳が分からない。
ただ一つ、確かなことは。
アイツの所為で、姉さんを助けられないってこと。
「驚嘆。なら、上位精霊の何れかのはず。恐らくは、姿を隠し続けていた、風の上位精霊シルフ」
「勝手な呼び名は好むところではありません。ワタクシはシルフィード。風の妖精です」
賢姉さんの声量は、かなり小さかった。
姿がハッキリと分からない距離に居て、どうやって会話が成立するのか。
「妖精とは、あの物語の中に登場した……?」
「あら? そういった書物の類いは、全て破棄したものと思っておりましたが。後程、改めて処分させるとしましょう」
「アナタは勇者に力を貸す存在だったのではないのですか⁉ 何故、平和を脅かすような真似を⁉」
「……その物語とやら、随分と余計なことが書かれているようですわね」
聖女さんの言葉を受けてか、声色が変わった。
だけでなく、周囲の雰囲気も変わったような気がする。
妙にザワザワしている。
まるで、目に見えない大量の何かが、蠢いているような。
「要らぬ知恵をつけるのは感心しません。この場に居るモノは全て排除し、また一から、やり直すとしましょう」
本作では『人族』『精霊』と呼び習わしてきましたが、シルフィードだけは前作まま『人間』『妖精』との呼び方をさせています。
本日は本編145話まで投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




