SS-59 聖女の想い
▼10秒で分かる前回までのあらすじ
聖都に於ける決戦は続く
聖騎士の一人はオーガ兄が、勇者と共闘しもう一人も倒した
「おね──先輩!」
赤い鎧を纏った聖騎士へと声を張り上げる。
見覚えのない、異様な姿。
背に生やした翼はいったい……?
騎士団だけでなく、家族ぐるみで仲良くしていた間柄。
ついつい、昔の呼び方をしそうになってしまう。
それか、少年が呼ぶのにつられてしまったのか。
「……アナタたち。行方知れずとなっていた団長と副団長が、救援に駆け付けた、というわけではなさそうですね」
「ま、そうなるな。騎士団を、いや、教会そのものを終わらせに来たぜ」
「離反、いえ、謀反ですか」
抜剣し、構えが取られる。
「先輩! 話を聞いてください!」
「話? この期に及んで何の話をするつもりですか。よもや、戦う覚悟を決めずに、この場に現れたとでも?」
ガキーン。
「おっと、随分と乱暴だな。そう頑なにならんでもいいだろう」
いつの間にか、団長の背に庇われていた。
「立場を担う者の責。放棄したアナタが何を語る」
「放棄したつもりはねぇさ。むしろ、全うするために、こうして準備を整えて行動に移したんだぜ」
「準備……? つまり、前々から謀反の企てをしていたということですか。語るに落ちましたね」
キンキンキンキンキン。
金属音が連続する。
「切っ掛けは……そうさなぁ、世界樹の一件だろうな。どうにも教会の方針は、平和とはかけ離れて思えたんでな」
「世界の隅へと押しやられたまま、神に仇なすモノたちの跳梁を許せ、と? 何と愚かしい」
「仇なしてなんざいねぇさ。ただ、信じるモノが違うってだけのこった」
「それが誤りだと、何故理解できないのです!」
ガキンガキンガキン。
金属音が激しさを増した。
それでもなお、団長は抵抗もせず、立ちはだかったままだ。
「誤りだと何故判じられる。敵と呼ぶモノと対話を試みたことがあるのか? 理解しようとしたことはどうだ?」
「戯言を。既にその存在自体が神に対する不敬」
「生まれたことを責と咎めるってのか。随分な暴論じゃねぇか」
「世界の異物。取り除くは信徒の、いえ、人族の責務」
「オレやオマエの信じる神様ってのは、そうも狭量なのかねぇ」
「世界を、自然を、動物を、人を、神は創りたもうた。不純物など必要ない」
「……あのよぉ、精霊も魔族も、それほど人ってやつを意識しちゃいねぇぜ。人だけが過剰に意識してるだけだ」
「我が物顔でのさばる害悪だ」
「そいつは、人も同じなんじゃねぇのかい?」
舌戦は続く。
先輩の攻撃もそのままに。
不信でもあった団長の考えを改めて知る。
確かに、人が思うほどには、精霊や魔族は人を敵視していない気がする。
有している力に歴然の差があるからかもしれないが。
人には余裕がないと、そう感じもする。
もしかしたら、彼らは待っていてくれているのではなかろうか。
人が彼らに理解を示す、その時を。
「人と被造物を同列に語るな!」
「ああそうだとも。どいつもこいつも同じなんかじゃねぇ。同じヤツなんざいねぇ。当然、完璧でもねぇのさ」
「戯れるな!」
一際大きな叫びと共に、炎が生じた。
応じるように、団長の鎧に光が走る。
≪冷盾≫
青白い光が、炎を防いでみせる。
僅かの熱もこちらには届かない。
「教会のやってるこたぁ、徒に命を奪っているだけだ。態々平和を乱しているだけだ」
「異物がいなくなれば、自ずと平和になる」
「魔族や魔物ってのは、魔界って別の世界から来たらしい」
「ふん、世界を蝕む害悪どもが」
「だがな、精霊ってのは自然から生まれたんだとさ。そいつはつまり、神の創造物ってことになるんじゃねぇのか」
「……世迷言など、聞くに値せぬ」
「都合が悪くなると、そうするってわけか。相手を非難するばっかりで、自らを省みたりはしねぇのかよ」
「黙れ!」
炎が立ち昇る。
高く高く。
屋内が照らし出され、他の戦況が窺える。
誰も彼もが戦っている。
ワタシだけが、こうして守られている。
……なんと情けないことか。
「団長。この場はワタシが。他の支援へ向かってください」
「……嬢ちゃんじゃ、防げねぇだろ?」
「もとより、先輩を説得しに参ったのです。争い合うためではなく」
「……だとよ。炎は止めとけ。嬢ちゃんが焼けちまう」
「──クッ」
炎が収まってゆく。
それを待って、団長が横にズレる。
「任せたぜ、副団長」
「ッ⁉ は、はい!」
ガシャガシャと音を立てながら、走り去ってゆく。
向かう先に待つのは、先々代に副団長を務められた方だろう。
「アナタも同じ意見なのですか?」
「え」
「教会の教えに背き、神に仇なすを是とすると?」
兜越しでは、その表情を窺い知ることは叶わない。
それでも、鋭い視線が射抜いてくるのを感じる。
「ワタシは……」
生まれ持った【意思疎通】のスキルにより、魔物の声が聞こえた。
魔物を倒す役を担う騎士として、それは苦痛を強いるモノ。
苦しかった、辛かった。
誰にも共感されない。
唯一の例外と言えば、愛読していた物語の勇者のみ。
他のどの本とも違う、とても奇妙な物語。
前半は魔王を倒すお話。
後半は魔王になるお話。
魔王になった主人公は、魔物と会話することができたという。
そして、その力を皆にも分け与えたとも。
……まさか、ね。
事実だとは思えない。
事実なのだとしたら、自分以外にも同じスキルを有する者がいて然るべきだ。
この思いを共有してはもらえない。
そう、思っていた。
……だが知った。
世界樹で暮らすモノに、魔族と呼ばれるモノに、同じスキルがあることを。
物語の中で、主人公は平和を願い、皆に会話できる力を分け与えていた。
事実とは限らないのに。
それでも、考えずにはいられない。
自分は、間違っていたのではないのか、と。
平和を、共存を願った力を有しておきながら、守る側ではなく奪う側に身を置き続けていた。
声を、無視し続けてきた。
それはきっと、間違いだったのだと。
「ワタシは、もう誰の命も奪いたくはありません。先輩も知っている、あの物語。きっとあれは、本当にあったことだと思うんです」
「何を馬鹿なことを。あれは単なる作り物。勇者を貶める悪しき物に過ぎません」
「魔物を滅ぼすことが平和ですか? その声に耳を傾け、救おうとするのは間違っているのでしょうか?」
「教義にあるとおりです」
「平和への願い。それを託されたんだと思うんです」
「どうにも現実と空想の区別がついていないようですね」
「違います。現実を理想に近づけたいんです」
「……アナタが、そんな子供じみた考えを持っていたとは知りませんでした」
あの物語の主人公が願った平和な世界。
それを邪魔しているのは、他ならぬ人ではないか。
「例えこの身が勇者に選ばれていなくとも、その意志は継げます」
「勇者とは、神に選ばれし存在。人を守る盾となり、敵を討つ剣となる存在に他なりません」
「刃を向けているのは、相手ではなくワタシたちのほうではありませんか!」
「……これ以上は堂々巡りですね。実に無為な時間でした」
下げられていた剣が掲げられてゆく。
剣身を炎が覆う。
「妹のように想っていました。とても残念でなりません」
「……ワタシも、姉のように慕っています。今でも、変わらずに」
槍を握る手に力を込める。
誰も殺させない。
そして、殺さない。
ああ、物語の主人公も、こんな思いだったのだろうか。
「覚悟しなさい」
槍に魔力を注ぎ込む。
≪付与≫
宿すは炎。
他の戦いが決着を迎えるまで、耐え抜いてみせる。
聖女の親も同じスキルを有してはいましたが、騎士にはならず魔物と相対することもなかったため、その効果を知り得ませんでした。
人族で【意思疎通 (全)】を有しているのは、前作の一部キャラの後継のみとなります。
本日は本編145話まで投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




