140 無職の少年、一度限りの共闘を
わだかまりは解けやしない。
もしかしたら、この先もずっと変わらずに。
それでも、姉さんを助けるためならば。
全てを棚上げにして、今だけは行動しよう。
『では降りるぞ。子細を伝えねばなるまい』
待って!
いきなり降りたら、敵に怪しまれる気がする。
『ふむ、それもそうか。ならばどうする?』
敵の姿を改めて確認してみる。
こちらの攻撃を警戒してか、未だに風を纏ったままでいる。
このままの状態だと、例えさっきの思い付きを実行しても、防がれてしまうんじゃないだろうか。
せめて元の状態に戻しておきたいところ。
それも、できれば降りるついでに。
『敵に防御は無用だと思わせる必要があるわけか』
……敵に跳びかかろう。
『何だと? それは無謀ではないか?』
うん、そう。
だからこそ意味がある。
無意味な攻撃をした挙句、無様に落ちていく。
そうすれば、敵の油断を誘えないかな。
『脅威が減じれば、防御を解く可能性は高い、か』
焦って攻撃して落ちた、って感じに見せたい。
『ならば、壁伝いに降りるのでは不適当そうだな。着地をどうしたものか』
どうにか石像の近くに落ちられれば、助けてくれそうな気もするけど。
『かなりの賭けだ。次善策もあったほうがいい』
うーん、やっぱり壁にしがみつくのがいいのかな。
爪を操作して、壁に引っ掛けるとか。
『落下は数秒だろう。間に合うか?』
伸ばす時間が足りないかも。
なら、跳びかかる時に、予め伸ばした状態が良さそう。
『決まりだな』
うん、やってみよう。
なるべく天井付近まで登り、腕と脚に力を込める。
『準備はいいか?』
うん。
『いくぞ!』
壁を突き飛ばすようにして、中空へと躍り出る。
すかさず爪を伸ばす。
敵へと10本の爪を殺到させる。
「ハッ、んなもん効くかよ。潰れて死ねや!」
が、全て風によって弾かれてしまった。
風に押され、落下が早まる。
「うわあああァーーー⁉」
結構怖い。
割と本気の悲鳴を上げつつ、爪を操作し、壁を目指す。
「弟君⁉」
姉さんの焦ったような叫び声が聞こえた。
そっか、姉さんには伝えられてなかったっけ。
見上げる視界に、姉さんが飛び降りようとするのが見えた。
「……え? な、何で……?」
が、足場としている光の壁に、崩れ込んでしまう。
「お? やっと効き始めたらしいなぁ。見える粉末は警戒したらしいが、見えてねぇなら吸い込んじまうわなぁ」
「姉さん⁉」
何かされたらしい。
タイミングが悪過ぎる。
『いや、相手の注意は逸れた。今のうちに急ぐぞ』
けどッ!
『どの道、助けるにしろ、敵を倒さねばなるまい。今は堪えろ』
無情にも距離が遠のいてゆく。
それでも、どうにか壁に爪を突き刺し、床への激突を回避した。
急ぎ床に飛び降り、白い鎧へと駆け寄る。
「作戦があります」
「……分かりました、伺いましょう」
「なるほど、攻撃のタイミングを合わせればいいんですね」
「はい」
「しかしそうなると、光壁は解除することになりますが」
それってつまり、姉さんの足場が消えるってことじゃ。
「ごーれむちゃんにお任せあれ、デス! 見事、キャッチしてみせるデス」
壁に埋まってたはずの石像が歩み寄ってきていた。
「なら、残る問題は敵との距離でしょう。横や下ならまだしも、上となると届かせるのは難しい」
普通の人じゃあ、壁を登るってわけにもいかないか。
うーん、どうしよう。
「提案。ワタシがエルフを助ける。ごーれむちゃんは、上昇のための補助を」
「マスター⁉ お身体はもう大丈夫なのデス?」
「肯定。慣れない上級魔法の反動で動けなかっただけ。心配無用」
まだふらつく身体で、ここまで来てくれたらしい。
「分かったデス! 天井まで吹き飛ばしてあげるデス!」
「お手柔らかにお願いしますよ」
みんなの協力があれば、何とかなるかも。
全力で臨む。
そのためには、まず回復しておこう。
魔装化を一部解除して、最後のエーテルを飲み干す。
「では、光壁の解除を合図としましょう。それで構いませんか?」
「はい」
「はいデス」
「了承」
上の詳しい状況は、ここからでは窺い知れない。
声も聞こえてはこない。
『敵の障壁は解除されている。が、敵の察知能力は異常だ。焦りは禁物だぞ』
「……うん」
『光壁が消えると同時に全速力で壁を駆け上がる。前後か上下で挟み込んだら攻撃する。いいな?』
「うん、分かったよ」
焦燥を押し殺し、思い出す。
以前、世界樹の上で戦った時のことを。
棘を細く伸ばし、デヴィルへと攻撃した。
あの時は、敵が硬過ぎて通用しなかったんだっけ?
いや、その前に姉さんに止められてしまったんだったか。
……あ。
「そ、そうだよ! 僕の攻撃が相手の鎧に通用するか分からないよ!」
『む?』
「白刃なら大丈夫かもだけど、それだと相手に気付かれちゃうだろうし……どうしよう……」
『攻撃力に不安が残るか。ならば、あの翼を狙ってはどうだ? 鎧ほどに強度は無さそうに見える』
確かに。
何の役割を果たしているのか不明だけど、硬そうには見えない。
「そうだね。そうしてみるよ」
「いきます!」
声と同時に光壁が消え去る。
全速力で壁を駆け上がる。
途中、落下する姉さんとすれ違った。
チラリと見た様子では、苦しそうにしていた。
「またテメェか。お楽しみの邪魔しやがって」
まだ風の膜を展開してはいない。
位置を微調整。
挟み込む位置取りを意識する。
「女以外に用はねぇ。さっさと死んどけや!」
弓が引き絞られる。
その背後に、飛び出す人影。
≪光糸≫
突如、幾条もの光が敵の周囲を覆い尽くした。
──今だ!
イメージし続けていた細い糸。
片腕を伸ばし、解き放つ。
光を黒が浸蝕してゆく。
「ッ⁉ 後ろかァ!」
相手が反対側を向く。
こちらに翼が向けられた。
アレを破壊する!
外での戦闘を思い出す。
建物を斬り刻んでみせた、あの威力を。
ありったけの力を込めて──。
──引き裂く。
「──な」
声は敵のもの。
翼は全て千切れ去り、床へ向けて落下する。
それを、白い鎧が追う。
「ん、だとォーーー⁉」
「アナタの非道もこれで終わりです」
≪光槍≫
光る槍が伸びてゆき、緑の鎧へと到達する。
「テメェ! ぶっ殺してや──」
≪-開花-≫
敵の身体から無数の光の棘が突き出した。
声が途切れる。
そうして、二人共が床へと激突した。
本日の投稿は以上となります。
次回更新は来週土曜日。
お楽しみに。
【次回予告】
決着の時は近い。
秘された教皇の正体が、遂に明らかとなるのか……?
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