138 無職の少年、風の天衣
既に3対1の状況。
加勢するまでもないのかもしれない。
それでも向かったのは、姉さんが居ることだけが理由ではなかった。
仇どうこうでもなく。
それだけの戦力差があってなお、敵が健在だからに他ならない。
その最たる理由は、位置関係にあるのだろう。
飛んでいるのだ。
他の敵は、どちらも飛んではいないのに。
背に生やした翼は関係ないのだろうか。
大広間の天井は、かなりの高さを有している。
外にあったどの建物よりも高いぐらいに。
加えて、敵の武器は弓矢。
姉さんが足場を作ってはいるものの、距離を取られ続けている。
……やっぱりおかしい。
姉さんの剣技なら、遠距離だろうが斬り裂けるはず。
なのにどうしてだか、使ってる様子がない。
けど、この姿でなら、僕でも少しは役に立てる。
僕だって飛べるわけじゃない。
それでも、同じ高さにまで到達するぐらいはできる。
目指すは壁。
移動をブラックドッグに任せ、自分は観察に専念する。
四肢を使い駆け上がる。
無茶な動きに身体が痛みを訴えてくる。
ポーションはまだ3本もある。
無茶は効く。
「チッ、また増えやがったのかぁ? 次から次へと邪魔くせぇなぁ!」
ヒュンヒュン。
風切り音が連続する。
次々と壁に矢が突き立ってゆく。
「弟君⁉」
姉さんとは別方向へと移動する。
如何に機動性に優れていようとも、色んな方向から攻められれば、どの攻撃かは当たるはず。
狙うは翼。
羽ばたいてる様子はないが、飛ぶのに無関係とも思えない。
「ちょこまかと、鬱陶しい!」
敵が壁から離れつつ、今までとは違い、弓が引き絞られてゆく。
『何かをするつもりらしい。一度、降りたほうが良さそうだ』
「待って」
「あん? 誰が待つかボケが!」
つい口に出してしまったのを、敵が応えてきた。
敵の意識はこちらに集中している。
つまりは、他への注意が疎かになっているわけで。
ドン。
「んだとぉ⁉ 何だこりゃ⁉」
沈む。
いや、押さえつけられ、降下させられてゆく。
敵の頭上に現れたのは、見覚えのある光の壁。
床へと敵を誘う。
「くそがぁ!」
突如、暴風が吹き荒れた。
堪らず、壁にしがみ付く。
「オレを地に墜とそうなんざ、何様のつもりだ!」
風が変わる。
すぐそばの壁が裂けた。
風の塊みたいなものに当たるのはマズいらしい。
所構わず、斬撃が見舞われている。
敵の注意はこちらからは逸れているようだけど、これでは近づけそうにない。
『どうする?』
身体が痛い。
流石に、壁に居続けるのも辛くなってきた。
『ならば、一旦降りよう』
「うん」
機を逸した感がある。
敵が墜ちるのに合わせて、飛び降りて攻撃するべきだったかもしれない。
「あーもう! 好き勝手に壊してくれるわね」
「……テメェじゃねぇな」
「卑怯デス! 降りて来いデス!」
「……この木偶でもねぇか」
「先輩」
「となると、さっきのはオマエの仕業か? 勇者様が人族の敵に回ったってわけか! 相変わらずイカれてやがるな!」
ズキン。
頭が痛む。
「それはアナタのほうですよ。昔も今も、ね」
「オレがイカれてるってのか?」
「どう見ても」
「他と違うように見えるってんなら、そりゃあ、己を偽ってねぇからだぜ」
襲い掛かる風の塊を、光の剣が斬り裂いてゆく。
周囲への攻撃が止んだ。
好機。
「──っと、あぶねぇあぶねぇ」
「くッ⁉」
先んじて姉さんが仕掛けた。
しかし、寸前でひらりと躱されてしまった。
見えない場所からの攻撃だったのに、どうして察知できたんだろう。
片手と両足で壁を滑り降りてゆく。
空いた片手で、攻撃を見舞う。
爪撃。
空間を隔てた相手を襲う。
「ザコが! 粋がってんじゃねぇ!」
避けられただけでなく、矢で反撃された。
咄嗟に壁から手足を離し、落下を速めて回避する。
やっぱりだ。
どういうわけか、見えていない場所からの攻撃にも反応されてしまう。
……あれ?
なら、さっきは何で、魔法を避けられなかったんだろう。
考えている間に、またしても上昇を許してしまった。
「弟君! もう、無茶して!」
「姉さん。何で攻撃しないんですか?」
「どういうこと?」
「姉さんの技なら、遠距離でも届きますよね」
「外なら使えたんだけどねぇ……どれも威力があり過ぎるのよ。塔を破壊しかねないわ」
小声で囁かれた。
それで使ってなかったのか。
ブラックドッグの創り出した空間に取り込んだらどうだろう。
『無理だ。いや、取り込むこと自体は可能だろうが、接近せねばならない』
ドリアードさんたちみたいな大規模ってわけにはいかないのか。
『済まない』
「ううん、気にしないで」
「こうなったらモードチェンジ、デス!」
「「え?」」
唐突に石像が叫んだ。
フリフリ衣装の下、灰色の体が劇的な変化を迎える。
透けてゆく。
薄っすら緑色にも見える、半透明な体。
「……これ、賢者が何か仕込んでたみたいね」
変化は体の色だけではなかった。
フワリと浮いた。
「フフフのフ、デス。ごーれむちゃんも飛べるのデス!」
ドゴン!
そうして飛び上がり、何故だか壁へと激突してしまった。
「……と、飛ぶのは難しい、デス」
「ハッ! そうやって這ってるのが似合いだ! いや、むしろ潰れてろや!」
上方から声が降ってきた。
だけに留まらず、身体が圧し潰されてゆく。
「ぐぅッ、どうやら普通に攻撃しては回避されてしまうようですね。しかし、魔法であれば有効そうにも思えました」
「敵のも魔法なのかしら。アナタ、魔法を封じられるんじゃないの?」
「生憎ですが、そのような魔法は習得していませんね。それでも、光壁なら移動を妨害できるでしょう」
「なら、攻撃はアタシと弟君が担当するわ」
「……分かりました。ひとまずは補助に努めましょう」
本日は本編140話まで投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




