135 無職の少年、勇者に挑む⑥
中々距離が詰められない。
まだ一度も攻撃できてすらいない。
剣術に対抗するべく、聖女さんとあれだけ訓練を重ねたのに。
全然活かせないでいる。
悲しいかな、僕には姉さんのような速さはない。
接近を果たすためには、まずは相手の足を止めさせないと。
とはいえ、あの鎧に生半可な攻撃は通用しないのは明らか。
ならば狙うべきは、ヤツ自身ではなく、その周囲の環境。
ブラックドッグの力を頼る。
走りながら爪を揮う。
路面に建物にと。
生じるのは爪跡。
離れた場所を切り裂いてみせる。
路面は抉られ、建物は路面へと瓦礫をまき散らす。
そうして、悪路を形成してゆく。
「くッ⁉」
相手の速度が緩む。
この機を逃さず、接近を果たす。
≪閃光≫
よりも先んじて、魔法が放たれた。
「うわぁッ⁉」
視界を強烈な光が襲う。
足が止まる。
堪らず首ごと逸らし、目を強く瞑る。
『ただの目くらましだ。すぐに攻撃が来る。直ちに移動を──いや、身体の制御を貰うぞ』
勝手に脚が動き出す。
見えない所為で、余計に怖い。
『脚の動かし方が異なるのか。少し無茶をする。堪えてくれ』
疑問に思う間もなく、体勢が変わる。
横向きに重力を感じる。
脚に加えて腕も勝手に動きだす。
「壁走りとは、まるで獣同然ですね」
どうやら、手足を使って壁を走っているらしい。
普段とは異なる動きに、身体の節々が痛みを訴え始めている。
『もう少しの辛抱だ。跳びかかったら短剣を揮え』
「う、うん、分かったよ」
声に出す必要もないのだが、ついつい返事をしてしまう。
どうにか薄目を開けて、視力の治りを確認する。
ぼんやりと周囲の状況が見える。
少しずつ治まってはきているようだ。
『いくぞ!』
掛け声と共に、手足が自由になった。
爪を仕舞い、両手に白刃を具現化させる。
目を開く。
眼下にヤツの姿を捉える。
これで仕留める!
鞘から剣が引き抜かれ、斜めに斬り上げてくる。
≪錯刃≫
短剣を交差させる。
一番使い慣れた技。
諸共に切断してみせる。
短剣が剣と接触。
抵抗は感じない。
するりと剣を通過し、鎧へと迫る。
相手の兜越しに、驚愕に見開かれる目。
いける!
交差した短剣を外側へと思いっきり振り抜く。
パキーン。
音源は手元から。
白刃が砕け散っていた。
「…………え?」
状況に理解が追い付かない。
思考と共に、身体の動きも止まる。
力が抜け、膝をつく。
『通じなかったか。だが、まだ諦めるな。鎧が本物であるなら、胴部分に破損個所があるはず。そこを狙うしかあるまい』
白刃はとっておきだった。
今の今まで、斬れない物なんてなかった、
白い鎧ですら、斬り裂いてみせると信じていたのに。
どうしよう。
魔法を封じられても、攻撃する手段がない。
≪光剣≫
『避けろ! くッ、せめて相殺を』
勝手に腕が動く。
振り下ろされた光の剣を防ぐように、爪が展開し迎撃する。
「まさか鋼鉄製の剣が切断されようとは、思いもしませんでしたよ」
≪光剣≫
反対側の手からも光の剣が振るわれる。
応じるように、もう一本の腕が動く。
そちらも爪が防いでみせる。
『友よ、諦めるな!』
頭の中で声が響く。
でも、だけど、もう倒す手段が見つからない。
『まだ本物は残っているのだろう? 模造が通用せずとも、本物ならあるいは通用するかもしれない』
先程の光景が鮮明に焼き付いている。
砕け散る白刃。
本物だったら通用するとは信じきれない。
「動きが目に見えて悪くなりましたね。倒すべく準備をした結果がコレですか」
『何でも試してみるのだ。諦めてしまえば、勝てるものも勝てなくなってしまう』
耳と頭に声が届く。
「復讐を遂げるのでは? 仇を討つべく、今まで生きてきたのでしょう?」
『動け。頼む、動いてくれ』
押し潰すように、光の剣が迫ってくる。
外からも内からも、声が放たれる。
「ここまで来て、全てを諦めるんですか!」
『思い出せ、戦う理由を! この程度で諦めるな!』
何でだろう。
相手のほうが、よっぽど必死に見える。
憎い相手。
倒すべき相手。
そのために、努力してきた。
準備不足だったのかな。
スキルは今も発現しない。
天職さえあれば、結果は違っていたのだろうか。
あともう少し。
ほんの僅かの距離が埋められない。
力が足りてない。
姉さんたちは無事だろうか。
色々と約束をしたのに、どれも守れそうにないや。
昨日のような震えはない。
ただただ脱力感だけがある。
『友よ。多くの教えを受けたはずだ。思い出せ。全てを出し尽くせ』
あれだけ頑張った訓練も無駄だった。
相手から視線を逸らすなとか、相手の動きを決めつけるなとか。
あとは……何だっけ。
もっと脚を使えとか、魔力を温存しろとか。
そう言えば、白刃に関しても何か言われたような……何だったかな……。
あれは確か、グノーシスさんと最後に戦ったときに。
”具現化から本物へと切り替えたのは良かったがな”
”心して聞け。白い短剣は切り札足り得る。故に早々に披露するな。使いどころを見誤るなよ”
そう、確かそんなことを言われた。
具現化もまだまだ未熟だって。
本物の白刃なら、もしかしたら通用するのかな。
『あらゆるを試せ! 次など無い! 戦え、友よ!』
脚に、腕に、力を込める。
まだ動ける。
まだ戦える。
全力で剣を弾き返す。
その間に立ち上がり、爪を仕舞う。
魔装化を一部解除し、腰の短剣を両方引き抜く。
白刃は右手に。
魔装化で短剣を覆い、白刃を警戒されぬよう、どちらも黒く染め上げる。
同時に、多少なりとも強度を強めておく。
「……どうやら、まだ戦う意志はあるようですね。ならば結構。悔いが残らぬよう、全力を尽くすことです」
声ではなく双剣で応じる。
双剣同士の剣戟を開始する。
『魔法を封じるか?』
まだ、まだ早い。
一度見せてしまってもいる。
警戒して距離を取られたら、再び追い付ける自信もない。
重たい疲労感があるのだ。
万が一に備え、温存しておきたい。
『分かった。できる限り動きを補助しよう』
迎撃速度が上がる。
魔法の剣を相手にするのは、重さがなくて変な感覚だ。
これも訓練の成果か。
何となく攻撃の流れが分かる気がする。
聖女さんよりも遅く、団長さんよりも軽い。
戦える、戦えてる。
「うおおおおおォーーー!」
「うあああああァーーー!」
どちらからともなく、互いに叫ぶ。
剣戟が加速する。
短剣で攻撃するには、まだ一歩ほど足りない。
少しでも前へ。
阻むように光の剣が揮われる。
詰められない。
あと一歩が遠い。
と、相手の動きが変わった。
横薙ぎの一閃からの、軸足での回転。
──突きが来る!
反射的に左の短剣を投げ捨てる。
空いた左手を白刃の柄尻へと添える。
互いに突きの構え。
剣に自ら跳び込むようにして、一歩を埋める。
当然、相手のほうが届くのが速い。
ブラックドッグ!
『応!』
魔法が封じられる。
消失する光の剣。
尻尾が駄目押しとばかりに路面を叩く。
身体は更に前へ。
白刃に全体重を乗せ、白い鎧へと突っ込む。
今度は、折れる音は聞こえなかった。
白刃は根元まで白い鎧へと刺し込まれている。
「ぐふッ……それが奥の手というわけですか。お見事、です」
赤い色が伝ってくる。
逃れるように、反射的に手を離す。
相手が膝をつき、そのまま横倒しになった。
「ぐうううゥ…………がはァッ⁉」
何を思ったのか、腹部に刺さった短剣を引き抜いた。
広がりゆく赤い色。
ズキリ。
頭が痛む。
相手がゴソゴソと腰のあたりを触っている。
いつの間にか、その手には見覚えのある細長い瓶があった。
『いかん! 回復させるな!』
パリーン。
それを腹部の上で握り潰してしまう。
中身が降り注ぐ。
「流石は純正品、高額なだけはありますね。治りが早い」
むくりと起き上がり、そんなことを呟いてみせる。
「まだまだ甘さが拭えませんが、子供というのを考慮すれば、及第点と言ったところでしょう」
白刃を手に、近づいてくる。
「残念ながら、まだ死ぬわけにはゆかないのでね。覚えていませんか? キミの復讐すべき相手は、もう一人居るのですよ」
本日はあとSSを1話投稿します。
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