134 無職の少年、勇者に挑む⑤
あの日以来の聖都。
門を通って現れたのは、どこかの建物の陰。
見た目こそ変わらないが、雰囲気が異なっている。
路地裏にさえ聞こえていた喧騒がない。
ニオイも、どことなく違っているように感じられる。
「そんじゃ、こっからオレたちは別行動だ。正門側へ向かい、騎士団の陽動と住民の避難に当たる。目処がつき次第、急いで合流するつもりだ」
「ええ。ただし、いつまでもは待っていられないからね」
「ああ。肝に銘じとくよ」
「では、皆様もどうか御武運を」
短い遣り取りを終えると、団長と聖女さんが駆け出す。
方向からして、路地裏から出て、街路を移動するつもりらしい。
「さあ、アタシたちは塔へ向かうわよ」
「未知。人族の町は非常に興味をそそられる。是非とも散策したい」
「全部終わったら、好きになさい」
「マスター、自重してくださいデス」
「無念。実に無念」
姉さんを先頭に、路地裏を駆け抜ける。
と、程なくして、遠くのほうから大きな音が響いてきた。
「あっちは陽動を開始したみたいね。弟君、もし塔内に標的が居ないようなら、正門を目指すこと。いいわね?」
「はい」
塔から正門までは真っ直ぐ一本道だったはず。
反対側へ向かえばいいだけだ。
迷う心配もない。
「苦行。聖都くんだりまで来て、塔を上ることになろうとは」
「いや、アンタ、おぶさってるだけじゃない」
「ごーれむちゃん、頑張るデス」
当然のように、僕が最後尾を走ってる。
隣にブラックドッグが並走してくれてはいるけど。
着慣れない皮鎧が、殊更に重く感じる。
「っと、流石に警備の連中までは無理だったみたいッスよ」
一際大きい建物の陰を抜けると、塔はもう目前だった。
その手前に、鎧を着込んだ騎士たちが整列していた。
「……居たわね」
姉さんの短い呟き。
探すまでもない。
列から突出している白い鎧。
「他の連中を片付けて、中に急ぐわよ」
「うッス」
「奇襲。初手は任せて」
≪真空≫
突然、騎士たちがその場で苦しみ始めた。
賢姉さんが何かの魔法を使ったらしい。
「行くわよ! ……弟君、気を付けて。ブラックドッグ、頼んだわよ」
「はい」
『任された』
姉さんたちが速度を増すのに反して、僕たちは足を緩める。
銀の鎧が宙を舞う。
白い鎧だけを残して。
「お待ちしてましたよ。それはもう随分と」
悠長に話しかけてきた。
姉さんたちのお蔭で、他の騎士たちは全て排除されている。
邪魔者は居ない。
2対1。
「お仲間を頼らずに良かったのですか?」
これで三度目。
いや、あの日を含めるなら、四度目になる。
ズキリ。
頭が痛む。
思えば、最初に戦ったのも、もしかしたらこの辺りだっただろうか。
「……口を聞くのもお嫌でしたか」
もう次はない。
これで最後。
手を握る。
強く強く。
緊張などしている場合じゃない。
訓練じゃない。
これが本番なんだ。
「であれば、これ以上のお喋りは時間の無駄でしょうかね」
赤い記憶を思い出す。
お父さん……お母さん……。
ズキンズキン。
頭が痛む。
ドクンドクン。
胸が疼く。
薪をくべ、燃料を注ぎ、そうして心を燃やす。
「そろそろ戦いま──」
≪魔装化≫
相手に付き合わず、こちらのタイミングで動く。
イメージする。
ブラックドッグを魔装化させ、それを着込むように。
勇者を──。
ズキン。
頭が痛む。
──倒す!
『決着を』
「うん」
一直線に距離を詰める。
ブラックドッグの魔法封じは、未だ不完全。
近距離のみしか対応していない。
とは言え、元より遠距離攻撃では、あの鎧をどうにもできやしない。
≪光壁≫
遮るように、光の壁が出現する。
尻尾が力強く地面を弾く。
その勢いで横にズレ、光の壁をやり過ごす。
後、もう少し。
「以前と同じ獣の姿に見えて、その実、動きは洗練されているわけですか」
≪光糸≫
光る縄のようなものが、こちらへと放たれる。
また魔法を使われた。
同時に、距離を取るように離れてゆく。
縄の脇を駆け抜ける。
と、縄が解け、無数の糸へと変じてゆく。
『それに触れるな。斬り刻まれるぞ』
とんでもない忠告が頭の中に響く。
追跡を諦め、糸から逃れることを最優先する。
「……おや? これは初披露のはずですが、上手く躱されてしまいましたか」
建物が邪魔だ。
さらに進路を変更する。
すぐ背後では、建物が細切れにされてゆく。
「おっと、これはマズい。中々に扱いが難しいですね」
また距離が空いた。
接近しないといけないのに。
「まずは、厄介な脚を止めるべきでしたかね」
≪光縛≫
身体の動きが強制的に止められた。
光の鎖が身体中に巻き付いている。
その間にも、糸の群れが容赦なく迫ってくる。
『マズいな。一度、魔法を無効化する』
「うん、お願い」
『魔力をかなり消耗する。できれば回復を』
「分かったよ」
鎖が消える。
さらには、当たろうとしていた糸の群れも、先端部分だけがゴッソリと消え失せていた。
「何だ? 今のはいったい……?」
再び移動を開始する。
同時に、魔装化の一部を解除して、ポーチからエーテルを取り出す。
中身を飲み干しつつ、さっきの出来事を反芻する。
危ないところだった。
足止めと攻撃の合わせ技。
いや、合わせ魔法、か。
実に厄介極まりない。
エーテルは残り2本。
乱発はできない。
早く接近して、仕留めないと。
本日は本編135話までとSSを1話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




