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勇者に挑むは無職の少年  作者: nauji
第三章
197/230

132 無職の少年、臆する心

 こんなに緊張するのはいつぶりだろう。


 身体が冷たく硬い感じ。


 そのくせ、鼓動は激しく脈打っている。


 どうにも気が静まらない。



「準備はできた? って、どうしたの⁉ 震えてるじゃない⁉」



 慌てた様子で姉さんが近づいてきた。


 そうだ、準備しないといけないんだった。


 姉さんが用意してくれた皮鎧を着て、あとは……えっとえっと、何だっけ。


 頭が上手く回らない。


 いや、それだけじゃなく、手も上手く動かせやしない。



「無理しないでいいの。やっぱり延期しましょう」


「いえ、そん──ケホケホッ」



 知らぬ間に、口や喉が酷く渇いていた。


 堪らずむせせてしまう。



「喋らなくていいから。さ、お水を飲みに行きましょう」



 ベッドに腰かけてた僕を抱え上げると、階段を使わずに一階へと飛び降りた。


 着地の衝撃は全く感じない。


 するりと椅子に座らされ、素早く台所へと消えて戻ってきた。



「焦らずゆっくり飲んでね」



 強張こわばって動かし辛い手で、どうにかコップを受け取る。


 吸いつくように口のほうを持ってゆき、中身を飲み干す。


 自覚してる以上に喉が渇いてるらしい。



「もう、ゆっくりって言ったのに。まだ飲む?」


「お願いします」



 落ち着かない。


 カタカタ鳴っているのは、小刻みに自分が震えている所為か。


 早く準備しないといけないのに。


 起きたときはこんな状態じゃなかった。


 食事を作って、食べたときだって。


 おかしくなったのは、準備のために二階へ上がった辺りのこと。


 立ってられなくなって、ベッドに座り込んでしまった。



「はい、水差しごと持ってきたわ」


「ありがとうございます」



 ……駄目だ。


 両手を使っても、上手く水が入れられない。



「……いいわ。お姉ちゃんがやってあげるから」



 やさしく手をほどかれる。


 実に容易く、コップの中が満たされてゆく。


 どうしてこんな簡単なことができなくなっているのか。


 いそいそとコップを空にする。


 やっぱり変だ。


 いくら飲んでも喉が渇いてる感覚が消えてくれない。



「そんなに怖かった? けど、もう大丈夫よ。何も心配いらないわ」



 抱きしめられる。


 強く強く。


 震えを止めるとでも言わんばかりに。



「今日はゆっくり休みなさい。みんなには延期するって伝えておくから」


「いえ、僕は大丈夫ですから」


「全然大丈夫じゃないわよ。普通に動けもしてないじゃない」


「大丈夫、大丈夫ですってば」



 大丈夫、大丈夫。


 ちゃんとやれる。


 そのために準備してきたんだから。


 そう、そうだ、準備しなきゃ。



「姉さん、放してください。早く準備しないと」


「いいの。もういいのよ。今は全部忘れていいの」


「でも、でも倒しに行かないと」


「倒しには行くわ。けど、今は駄目。きっと後悔することになるわ」


「倒さないと、戦わないと、準備しないと……」


「何も考えないで。怖がらなくていいのよ。お姉ちゃんがそばに居てあげる」


「放して、放してよ」



 どれだけ藻掻いても抜け出せない。


 どうして邪魔をするの。


 僕は大丈夫だよ。


 きっとこれで終わらせられるのに。


 どうしてなの、姉さん。






 どれぐらいの間、そうしていたのか。


 少しずつ頭が回り始める。


 あー、準備するのは皮鎧と短剣、あとは薬の入ったポーチだったっけ。


 何でこんな簡単なことが、すぐ思い出せなかったんだろう。


 ドンドンドン。


 荒いノックと共に、玄関の扉が開かれる。



「ちょっと! 何で来ないの──」



 現れたのはアルラウネさんだった。


 勢いがすぐ収まる。



「……何かあったの?」


「ちょっとね。悪いけど、今日は延期にしてくれる」


「……分かったわ。アタシから伝えておくから」



 特に理由を尋ねることもせず、再び外に出るとそっと扉が閉じられた。



「姉さん。本当にもう大丈夫ですから」



 身体の震えは、既に治まっている。



「心の準備も必要だったのよね。気が付いてあげられなくて御免ね」



 力が弱まる。


 けれども、放してくれるつもりはないらしい。



「姉さん?」


「怖いよね。怖いのが当たり前よね」



 どうなんだろう。


 緊張はしてたと思うけど。


 怖がってたのかな。



「怖がっていいのよ。いいえ、怖がってくれてて良かったわ」



 どういう意味だろう。


 分からない。



「お姉ちゃんも怖いわ。もしかしたら、二度と弟君に会えなくなるんじゃないかって考えると、ジッとしてられない」



 姉さんが怖がってる?


 何だか、上手く想像ができない。


 誰も敵わないんじゃないかってぐらい、凄く強いのに。



「ホントはね、弟君には戦いには参加して欲しくないの。家で、安全な場所で、待ってて欲しい」


「それは……そういうわけにはいかないよ、姉さん」


「そうかな。お姉ちゃんが全部何とかしてあげる。それでいいんじゃないかな」


「僕が戦わなきゃ駄目なんだ。僕が倒さなきゃ意味がないんだ」


「そんなことない。そんなことしなくたって、生きていけるんだよ」



 あの時は何もできなかった。


 けど、今は違う。


 戦える。


 自分一人の力じゃないけれども。



「倒されることを望んでたんじゃないんです。倒すことを望んでたんです」


「どうしても? 死んじゃうかもしれないのよ?」


「怖かったのかもしれません。今も怖いのかもしれません。それでも、忘れることなんてできません」



 失われた日々、奪われた日々。


 考えるだけで頭が痛くなるし、気持ち悪くもなる。


 自分の中の”何か”は、未だあの日で立ち止まってる。


 そんな気がする。



「弟君に傷ついて欲しくない。死んで欲しくないよ」


「今、こうしていられるのは姉さんのお蔭です。助けに来てもらえなかったら、何もできずに終わってたと思います」


「危ないことなんて、しなくていいよ」


「……御免なさい、姉さん」



 姉さんの望みではなく、僕の望みを優先する。


 何て恩知らずなんだろうか。


 御免なさい。


 これだけは、譲れないんです。


 絶対に勝てる保証なんてないけど。


 ずっと昔から決めていたこと。


 果たさずにはいられない。



「全部終わったら、いつだか言ってた冒険に連れていってください」






本日は本編135話までとSSを1話投稿します。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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お読みいただき有難うございます!

『勇者は転職して魔王になりました』 完結しました!

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