131 無職の少年、迫る決戦のとき
▼10秒で分かる前回までのあらすじ
勇者との決着に向け、少年とブラックドッグは新たな力を得た
日々が過ぎてゆく。
戦闘訓練では、聖女さんの剣に対応しつつ、新しい魔装化にも少しずつ順応していって。
自主訓練では、身体作りと型稽古を。
ブラックドッグは、魔法封じをアルラウネさんと試している。
猶予がどれだけ残されているのか知れない。
僅かも時間を無駄にはできない。
かといって、劇的な成長などできようはずもなく。
遅々とした歩み。
地味で地道な努力を、ただひたすらに続ける。
次で終わらす。
次こそ決着させるために。
「はうぅ~」
「随分疲れてるみたいね。無理してない?」
『オツカレ?』
『ガンバリ、スギ?』
お風呂に浸かり、息を吐いただけで次々に心配されてしまった。
「頑張ってもいますし、疲れてもいます。けど、いいんです」
努力することに満足感を得ていては駄目なんだろうけど。
ずっとずっと、諦めてた。
何にもなれやしないんだって。
努力するだけ無駄だって。
けど、違った。
ちゃんと、成長してる。
成長できてる。
他の人に比べれば、全然大したことないんだろうけど。
僕にとっては、世界が広がった気分なんだ。
「僕は、僕自身を信じてなかったんですね」
『ドユコト?』
『ムズカシイ』
プカプカ浮いてるスライムたちを突いてやる。
『『ア~レ~』』
お湯の上をゆっくりと進んでゆく。
勢いは僅かなもの。
すぐに止まってしまう。
僕だけじゃなく、みんな同じなのかも。
一度に進める距離が違うだけで。
「弟君は何でも難しく考え過ぎ。それだけ頭がいいのかもしれないけど、もっと子供らしく振舞ったって構わないのよ」
子供らしくって何だろう。
ただ分かるのは、目指すモノではないってことぐらい。
姉さんが湯を波立たせ、スライムたちをこちらに押し流す。
『ユラユラ』
『ラクチン』
目指す場所へと、すんなりと辿り着けやしない。
立ち止まって、引き返して、別の道を探して。
それでも歩くしかない。
そうしなきゃいけなかったんだ。
「そう言えば、妹ちゃんの様子はどうですか?」
「相変わらずよ。ほとんどケンタウロスの集落に泊まり込んでるみたい」
「……そんなにお兄さんが苦手なんでしょうか」
「別にそこまで同居を嫌がってるわけじゃないと思うわよ。ただ何か役に立ちたいんだと思うわ。あと、弓の練習もしてるみたいだしね」
役に立ちたい、か。
家だと色々と考えちゃうのかな。
「案外、弟君に触発されたのかもしれないわね」
「僕にですか?」
「だって、凄く頑張ってるもの。見てるとこっちも頑張らなきゃって気持ちになるわ。集落のみんなも、積極的に動いてくれるようになったしね」
最近は、みんなの視線を気にすることもなくなってた。
そんな余裕がないだけだろうけど。
僕が何かを変えてるなんて、考えもしなかった。
「それって、いいことなんでしょうか」
「どうして?」
「僕がやってるのって、戦うための訓練ですし……」
「お姉ちゃんは良い変化だと思うわよ。皆、今までは受動的過ぎた気もするしね。もちろん、弟君の行動だけが要因じゃないと思うわ。色々なことが起こった結果でしょうけどね」
事態が収拾したら、また元に戻れるのだろうか。
僕も、みんなも。
目的を果たしたら、僕はどうするんだろう。
今まで、考えたこともなかったな。
『アツアツ』
『マダ、デナイ?』
「あら、のぼせちゃったかしら。そろそろ上がりましょうか」
「はい」
急いでお湯から出してあげて、水を張った桶に入れてあげる。
『ツメタイ』
『ジュワ~』
「無理して入ってなくていいんだよ。熱くなったら上がってね」
『イッショ、ダメ?』
「そんなことないよ。ずっとお湯に入ってなくていいから」
『ガンバル』
ちゃんと伝わってるのか、不安な返答だ。
気を付けてあげないと。
僕たちを余所に、ブラックドッグだけは気持ち良さそうに浮かんでた。
「お風呂、空いたわよ~」
「あ、はーい。では、いただきますね」
お風呂の順番は、その日によって異なる。
今日は僕たちが先に入ってた。
入れ替わるようにして、聖女さんがお風呂場へと歩いていく。
「長湯だったかもだし、少し冷ましてからベッドに入りましょうか」
「分かりました」
促されるまま、居間の椅子に座る。
机の上にスライムたちを乗せてあげる。
『ヒンヤリ』
『キモチイイ』
形を崩して、机に熱を移してるらしい。
「さて、と。ちょっと真面目なお話をしましょうか」
横に座った姉さんが、こちらへと身体ごと向けてきた。
応じるように、身体の向きを変える。
「聖都で動きがあったみたいなの。また、世界樹を襲うつもりのようね」
「つまり……」
「そう。部隊が出発した後、聖都へと攻め込むつもり。ただ、弟君たちの準備が不十分なら、延期してもいいわ」
勇者との対決。
ズキリ。
頭が痛む。
遂にきたんだ。
まだまだ完璧なんかじゃない。
不安だってある。
……けど、前よりも戦えるようになったと思う。
剣の対策も、鎧の対策も、魔法の対策も立てた。
いつまでも先延ばしにはできない。
「戦えます」
「……いいのね?」
「はい」
「近日中には決行することになると思うわ。それまで訓練は厳禁。十分に身体を休めておいて」
「分かりました」
じんわりと緊張が広がっていく。
選択はした、してしまった。
もう、進むしかない。
本日は本編135話までとSSを1話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




