130 無職の少年、成長の可能性
夕焼けを遮る影。
影が大きさを増すほどに、地面の揺れも強くなっている。
どれだけの数がいるのか。
そして、一際大きい影がどんな姿をしているのか。
不安が増してゆく。
「……まさかとは思うけど、力試しとか言って、襲ってきたりしないでしょうね」
『そんな真似はしない……はずだ』
「ホントぉ~? 友好的って感じがしないんだけど」
このまま速度を緩めることなく、ぶつかってくるような想像をしてしまう。
「目的を忘れないでよ? 協力を仰ぎに来てるんだからね」
「なんでアタシに言うのよ」
「力試しとか、好きそうじゃない」
「どんな偏見よ、それ」
「とにかく、冷静な話し合いを心掛けること。いいわね?」
「はいはい」
徐々に影が形を成し始めた。
先頭は見慣れた赤い目と黒い体。
ブラックドッグの群れ。
何体いるのかも不明なほど数が多い。
その後ろにも、見覚えのない姿が並んでいる。
他に三種類。
中央の一際大きいモノが、きっと上位精霊なんだろう。
その両脇に、四足歩行と二足歩行の群れがいるようだ。
「先頭以外は見覚えがないわね。アルラウネなら分かる?」
「いいえ。魔物じゃなく精霊だもの。アタシに分かるはずもないわよ」
「なら、コロポックルはどう?」
『知らないポー』
「それは残念。熊っぽいのはともかく、あの青だか緑だかの色味の毛だらけのは何かしらね」
『モジャ、ビッグ!』
『モジャ、ナカマ』
何故だか腕の中でスライムたちが興奮している。
「さて、ようやくのご対面ね」
揺れが収まってゆく。
幸いなことに、ぶつかるつもりはなかったらしい。
数百からなる群れの中から、一際巨大な獣が進み出る。
青白い光を帯びた白い毛獣。
巨大化したブラックドッグと同じか、それ以上の大きさに見える。
優にこちらを踏み潰せる足が、至近で停止した。
『久しいな、我が眷属よ』
ブルッ。
頭の中で響く声に、知らず身体に震えが走る。
『長よ。此度は求めに応じていただき、感謝する』
『眷属のためとあらば、労は惜しまぬ。ようやっと群れに戻る決心がついたか』
『いえ。友に報いるべく、行動したく思います』
『……意志は些かも変わらぬか。ならば何用か。余所者まで引き連れおって』
『助力を請いたい』
『汝が、我の力を? それとも、余所者どもに貸せと?』
『どちらでもある』
『戯言を。我らは人とも魔とも交わらぬ』
『世の平和を維持するため。どうか力添えを』
『諄い。幾ら請われようと、応じはせぬ』
何となく、上手くいってない気がする。
「発言してもいいかしら?」
『……キサマ、人か? いや、何か似た匂いを感じるな』
「土の精霊と人族との混血よ」
『新たな種というわけか。風の眷属ならば、即座に踏み潰してやったものを』
何それ怖い。
指定してくる辺り、仲でも悪いんだろうか。
「それで、話してもいいのかしら?」
『必要あるまい。眷属と同じ内容であろう』
「あら、随分と頭が固いのね」
「ちょっと⁉ 冷静な話し合いはどうしたのよ⁉」
姉さんの物言いに、アルラウネさんが慌てだしていた。
「どうせ駆け回ってるだけで暇してるんでしょ? お願いした間だけ、とある場所で魔法を封じて欲しいのよ」
『俗世なぞに関わる気はない』
「アナタたちだって、この世界の生き物には違いないでしょ。世が乱れれば、アナタたちにだって悪影響が及ぶはず」
『害が及ぶならば排除するまでのこと。我らが踏み潰してくれる』
「だから、そうならないために必要なんだってば」
『長よ。どうか頼む』
『返答は既に済ませた。変わることなぞ永劫あり得ぬ』
……駄目みたいだ。
やっぱり、自分で魔法に対処するしかないんだね。
『……ならば、欲する力を奪わせてもらうまでのこと』
『ほぅ……我を食らうとでも申すか』
「そんな⁉ 止めてよ! そんなことしなくていいよ!」
低い唸り声を上げるブラックドッグの首にしがみ付く。
『離れていろ』
「駄目だってば! この精霊たちは、ブラックドッグの家族なんでしょ⁉ そんなことしないでよ!」
ドクン。
胸が疼く。
『よもや、そこな子供のために我と争うつもりか』
『友だ。守ると誓った。そのために力が必要なのだ』
『人に懐くなど、動物の如き所業』
『そも、動物を母として生まれた存在。違いなど、そうあるまいよ』
ドクン。
胸が疼く。
『母を愚弄するか』
ドクン。
胸が疼く。
「戦うなんて止めてよ。もう十分、僕を守ってくれてるよ」
『力及ばず、敗北を喫した。このまま挑むのは愚策。魔法を封じる力があれば、勝利は揺るぐまい』
聞き入れてくれない。
僕じゃ止められない。
どうして。
こんなこと、望んでない。
こんなことになるなら、来なかったのに。
「はいはい、落ち着きなさい。食べたら力が得られるとか、どんな発想よ」
ブラックドッグの前に、姉さんが立ちはだかる。
『退け。邪魔をするな』
「弟君が嫌がってるじゃない。弟君に嫌な思いをさせて、満足かしら?」
『それは……いや、しかし』
「擬似的にだけど、魔装化はできてるじゃない? なら、上位精霊になる素養はあるんじゃないかしら」
『然り。我が後継にと思っておるが、頑なに聞き入れぬ』
「やっぱりね。無茶な真似はせず、きちんと力の使い方を教わったらどう?」
『……長よ。そんなことが可能なのか』
『前例はない。力の割譲無しに、下位が上位に成り得るのか』
「弟君は地道に訓練を続けてるわ。アナタはどうするの? 成長できないって諦める?」
『……諦めたりはしない。友の力となる。なりたいのだ』
本日はあと、SSを1話投稿します。
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