表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者に挑むは無職の少年  作者: nauji
第三章
187/230

124 無職の少年、帰る場所

「それで、訓練はどうだったの?」


「まったく敵いませんでした」


「そう。得るモノはあった?」


「どうでしょうか……ハッキリと分かるモノはありませんね」



 夕方になり、姉さんが無事帰宅した。


 聖女さんが入浴中の間、居間で今日の出来事を尋ねられている。


 グノーシスさんの住処から帰ってきてからというもの、聖女さんの入浴中は必ず姉さんが一緒に居て片時も離れようとしない。


 どこかの誰かじゃあるまいし、覗きに行ったりなんかしないのに。


 はなはだ心外である。



「明日もやるのよね」


「えっと、それがですね──」



 団長さんは立ち会うだけで、訓練相手は聖女さんになったことを伝える。



「そうなの? となると二人共、警備からは当分の間、外れるってことよね」


「ですかね。済みません」


「……いいわ、こっちは何とかするから。弟君が頑張ってるんだし、お姉ちゃんも頑張らないとね」


「あのッ、無理なら言ってください。独りでもできる訓練はありますし」


「気に病むことないわ。弟君が無事に帰ってくるためには、必要なことなんだって理解してるしね」



 椅子を隣に寄せてきて、横抱きにされた。


 頭の上に頬が乗せられる。



「だから、ちゃんと帰ってきてね」



 どういう意味なんだろう。


 別に、何処にも行ってやしないのに。


 ……もしかして、”今”じゃない?


 いつか訪れる、勇者との戦いのことを言ってるのかも。


 ズキン。


 頭が痛む。



「はい。姉さんの所に帰ってきます」


「約束よ。絶対なんだから」



 嗅ぎ慣れた匂いに、感じ慣れた温もり。


 僕の寄る辺。


 唐突に怖くなってくる。


 胸の辺りが寒いような感覚。


 今の今まで、ちゃんとは考えてはこなかった。


 自分の死。


 その可能性を。


 せっかく生き延びたのに、態々死地に挑む愚かしさ。


 行かなければ、いつまでも姉さんやみんなと、一緒に過ごせるだろうに。


 ……けれど。


 お父さんとお母さんを覚えてる。


 ドクンドクン。


 胸が疼く。


 あの日の光景を、覚えてるんだ。


 忘れられるわけがない。


 赦せるわけがない。


 決着が必要なんだ。


 これからを生きていくにしろ。


 ……たとえ、死んでしまうにしろ。






「お風呂、お先にいただきました~」


「その場で止まりなさい」


「え……あ、はい」



 背後から聖女さんの声が聞こえてきた。


 応じた姉さんの声は真剣そのもの。


 横抱きの力は頑強となり、身動みじろぎすら許されないほど。



「服は着てるでしょうね? 着崩したりしてない?」


「大丈夫……だとは思いますけど」


「ならば良し。居間の通行を許可するわ」


「は、はぁ……度々行われるコレは、一体何の儀式なんでしょうか」


「弟君が見ていいのはお姉ちゃんだけなの」


「……随分と偏った愛情に思われますが、風紀を懸念されているようなのは理解しました。以後も気を付けておきます」


「そうして頂戴。理解が早くて助かるわ」



 ようやく抱擁が解かれる。


 何を心配されているのやら。



「何でアルラウネさんの時とは、対応が違うんですか?」


「ん? どういう意味かしら?」


「いえ、ですから、見ないようにしたりとか」


「いっつも裸じゃない、アレ。見慣れているモノに、反応はしないでしょ」



 いやまぁ、そうと言えばそうなんだろうけれども。


 聞かれたら怒られるんだろうな。



「すっごく小っちゃいころは、アルラウネとお風呂に入ったこともあったけどね」


「姉さんがですか?」


「違うわよ。弟君が、よ」


「僕ですか? うーん、覚えてませんけど」


「まだ地上に移り住む前のことだもの。覚えてないのも無理ないわ」



 一番古い記憶は、地上で暮らしていたころのこと。


 それ以前となると、流石に分からない。



「ああ見えて、ってこともないかもだけど、子供の世話は手慣れたものよ」


「へぇー、何だか意外な感じがします」


「でしょ?」



 楽しそうに語っている。


 何だかんだ言って、アルラウネさんとは仲がいいよね。



「でもだからって、今の弟君がアルラウネと入浴するのは、お姉ちゃんが許可しません」


「いえ、しようと思ってもいませんけど」


「よろしい。もちろん、妹ちゃんや賢者とも入っちゃ駄目だからね」


「はいはい、姉さんとだけ、ですよね」


「そういうこと」



 と、クスクスと押し殺した笑い声が聞こえてきた。


 階段に腰かけた聖女さんからだ。



「どうかした?」


「とても微笑ましい遣り取りでしたもので、つい」



 どうなんだろう。


 微笑ましい……のかな。



「ワタシには兄弟もいませんし、物心ついたころには、騎士団に籍を置いていましたから。少し羨ましくも思います」


「ふーん、もしかして甘えたいとか?」


「いえいえ、そんな」


「こうして一緒に住んでるわけだし、遠慮は不要よ」


「……では、機会がありましたら」


「ええ。但し、お姉ちゃんと呼んでいいのは、弟君だけだから注意するように」


「フフフ。ええ、分かりました」



 何だろうか、この感じ。


 家の中が華やいで見える。



「あ、こら、もしかして見とれてない?」


「へ」


「もう見ちゃダーメ。さ、お風呂に行くわよ」



 腰を抱き上げられ、強制連行されてゆく。


 とくに心配するでもなく、慣れたものだとブラックドッグも付いて来る。



「ごゆっくりどうぞ」


「アナタも湯冷めしないようにね」






本日は本編125話までと、SSを1話投稿します。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読みいただき有難うございます!

『勇者は転職して魔王になりました』 完結しました!

気に入ってくれた方は『ブックマーク』『評価』『感想』をいただけると嬉しいです

小説家になろう 勝手にランキング

ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ