122 無職の少年、団長との訓練①
「さて少年、準備は済んでるかい?」
「はい。本日はよろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼むぜ。しっかし、随分としっかりした子だな」
食事やら掃除やらを済ませ、団長さんと対峙している。
以前見た丸い鎧じゃなく、聖女さんと同じ銀色の鎧を着込んで。
昨日話していたとおりに、立ち会いとしてアルラウネさんに加えて、聖女さんの姿もあった。
「事情は軽くだが、嬢ちゃんから聞かせてもらった。でだ、オレが思うに、嬢ちゃんのほうが訓練相手としては適任だと思うぜ」
「「え?」」
僕と同じく、聖女さんも声を発した。
どうやら、事前に知っていた話ではないようだ。
「ど、どういうことでしょうか、団長」
「おいおい、嬢ちゃんが動揺しててどうするよ。ま、理由はそう大したことじゃねぇさ。単純にオレよりも剣の技量が上ってこった」
「そんなことは……」
「アイツと比べても、嬢ちゃんのほうが剣の力量も上だろう。なら、嬢ちゃんの剣に慣れたほうが為になるってもんだろ。違うかい?」
「ですが、ワタシでは加減を誤って──」
「実戦形式の訓練なんだ、下手打ちゃ命すら危ういだろうな。同じ轍は踏まず、上手い方法を模索すりゃあいい」
ええっとつまり……どういうこと?
今日も聖女さんと訓練しろってことだろうか。
僕なんかよりも随分と動揺して見えるけど、大丈夫なのかな。
「そんな不安そうな顔すんな。何も見放しゃしねぇよ。明日っからは嬢ちゃんが相手をして、オレがその場に立ち会ってやる」
んんん?
じゃあ、今日は団長さんと訓練するってことでいいのかな。
もう、よく分かんなくなってきちゃったよ。
「っと、わりぃな少年。話なら後ですりゃよかったな」
「いえ。あの、結局どうすればいいんでしょうか?」
「混乱させちまったかい? なぁーに、今日はオレと訓練、明日っからはまた嬢ちゃんと訓練ってだけの話さ」
チラリと聖女さんの様子を窺ってみるが、とても納得してる風ではない。
「今日に関しちゃ予定の変更はねぇ。相応しい相手はオレじゃねぇってことは、すぐに理解できるはずだぜ」
「そ、そうですか。とにかくよろしくお願いします」
「ハハハ。挨拶は二度も要らねぇさ」
お喋りはここまで。
そう言外に主張するように、気配が変わる。
空気がピリピリする感じ。
さっきは、聖女さんより弱いみたいなことを言っていたのに。
威圧感だけでも、間違いなく聖女さんより上に思える。
「そろそろ始めようかい」
このままだと、何もできずにやられる。
そんな確信めいた予感がある。
≪魔装化≫
纏うは黒い鎧。
予感に逆らわず動く。
とにかく移動を。
利き手の逆を取りたくなるが、聖女さんの例もある。
剣は両方の手で扱えると想定すべき。
不用意な接近は禁物。
最短距離ではなく、斜めに距離を詰める。
接近すると、よりハッキリとしてくる。
大きい。
今まで戦った、どの相手よりも。
巨人のような魔物もいると聞くが、この人よりも大きいのだろうか。
いや、もっと大きい存在を知っている。
巨大化したブラックドッグや、ドラゴンがそうだったじゃないか。
それらよりもなお大きい、世界樹とだって戦った。
大きさなんかに気圧されていては駄目だ。
低く速く、駆ける。
剣の間合いのギリギリ外側を回る。
狙うは背後。
動きは見られない。
直立不動。
ただ威圧感を放っているのみ。
カウンターを狙われている?
待ち構えている相手に、不意打ちも何もありはしない。
遂に背が見えた。
このまま攻撃するのか。
それとも相手の動きがあるまで、移動し続けるべきか。
判断に迷う。
「どうした? 走り回ってるだけじゃ、訓練にならねぇぜ? 敵に跳び込む勇気ってのを、見せて欲しいもんだ」
勇気?
そんなこと、今まで習わなかった。
勇気がないと、敵を倒せないの?
そうなのかな。
よく分からない。
そのまま背後を通り過ぎ、再び正面へ回り込もうと駆ける。
「そいつが答えってわけかい」
狙うは背後。
それは変わらない。
兜越しに、視線がこちらを捉えたのを感じる。
──今だ!
影のように這わせた黒色の蔦で背後を強襲する。
「おっと、何だこりゃあ? こんな芸当もできるのかい」
攻撃は届かなかった。
姿勢は変わらず、なのにいつの間にか剣を持っている。
まさに一瞬の出来事。
抜剣の瞬間すら視認できず、迎撃されてしまったらしい。
「いい判断だったな。言うことを聞いて、ほいほい跳び込んできてたら、即終了だったぜ」
迎撃されたのは、間合いに入った瞬間。
視線は逸らされていない。
死角からの攻撃に即応してみせたのだ。
つまりは、今の言葉どおり、間合いに入ってたら斬られていたわけか。
「相手の手の内が分からねぇのに、突っ込むのはマズいってわけだ」
威圧感が消える。
剣を持ったまま、プラプラと手足の柔軟運動をし始めた。
「慎重なのはいいこった。今後も敵の言葉には惑わされんようにな。そんじゃ、次は技量を見せてもらおうかね」
軽い口調に軽い足取り。
駆け回るこちらへと、どんどんと距離が埋められてゆく。
相手は走ってすらいないのに、
どういう理屈なのか不明過ぎる。
「構えな。いくぜ」
反射的に短剣を具現化。
眼前のすぐそばまで、剣が迫って来ていた。
本日は本編125話までと、SSを1話投稿します。
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