120 無職の少年、謝罪の応酬
「どう? 落ち着いた?」
「はい。ご迷惑をおかけして済みませんでした」
「もしもの場合に備えてたんだから、気に病むことはないわ」
ああ、またやってしまった。
最近は暴走なんてしなかったのに。
アルラウネさんが止めてくれなかったら、今頃どうなっていたことか。
「あの、本当にお身体に不調はありませんか?」
「はい、大丈夫です」
アルラウネさんと聖女さんを、低い位置から見上げる。
念の為にと、ベッドに寝かせられもしたが、怪我を負ったわけでもない。
魔力が枯渇するまで消耗したわけでもなかったし、ブラックドッグも動ける程度には元気そう。
「御免なさい。予め訓練と伺っておきながら、やり過ぎてしまいました」
何度目の謝罪か知れない。
ずっと謝られてばかりいる。
「無意識に切り替わってしまうようでして、自制できず恥じ入るばかりです」
あの男口調のことを言っているんだろう。
僕だって暴走しちゃったんだし、自制できなかったのはお互い様だよね。
「もう謝らないでください」
「いえ、そういうわけには」
「はいはい、その辺にしておきましょう。ずっと同じ遣り取りの繰り返しだもの」
「うぅ……」
「……ですね」
自覚はあったのだろう、聖女さんもそれ以上は続けなかった。
「ともかく、訓練相手は変えるべきでしょうね」
「ワタシもそう思います。団長のほうが余程適任かと」
「……例の人族ね。世界樹倒壊の実行犯らしいし、あんまり信用できないんだけど」
「そんな⁉ 団長は教会の命に逆らってまで、町の人を避難させていました!」
「そうして助けたのは人族だけでしょう? 世界樹が暴走した件では、一応協力はしていたけど」
どうにもアルラウネさんは、あの男の人を信用してないみたい。
妙に丸みを帯びた鎧の騎士。
騎士団の長。
つまりは、勇者や聖女さんよりも強いってことで。
ズキン。
頭が痛む。
「あのッ、僕からも団長さんにお願いしたいです」
「ボウヤ……」
「ここ最近は、ずっと集落に居なくて近況は分からないですけど、団長さんはずっとみんなに謝って回ってましたよね」
「到底、謝って済む問題じゃないわ」
「もしかしたら、何をしても許されないのかもしれません。けど、逃げませんでしたよね。あの世界樹が暴走した時だって」
「逃げなかったのは、あそこで命を終えるつもりだったんじゃないかしら」
「ッ⁉」
聖女さんが強く身震いした。
思わず、僕とアルラウネさんとで見つめてしまうほどに。
顔色も青ざめて見える。
「ちょっと、大丈夫⁉ って、どう考えても今の話題の所為よね。親しい相手でしょうに、酷いことを言ってしまったわね。御免なさい」
アルラウネさんが手を伸ばしたのを、過剰なまでに避けてみせた。
「あ……す、済みません」
「……いいのよ。怖がっても仕方がないわ」
寂しげに手を引っ込める。
それを見て慌てたのは聖女さんのほう。
「いえ、そんな! ワタシは騎士として、多くの魔物や魔族を討伐してきた身。団長と同じく、謝らなければならない立場なのです」
「別に、魔物や魔族、全てを同族と思ってるわけじゃないわ。当然、それを聞かされていい気分には成り得ないけどね」
「済みません」
「何だか、謝り癖がついちゃったみたいね」
「済みま──」
「ほらまた」
「うッ、で、ですね。気を付けます」
「反射的に口にする謝罪は、時に相手を不快にもさせるわ」
「はい……仰るとおりかと」
「謝罪の価値……って言うのも変だけど、それがどんどん下がってもしまうしね」
「そうですよね」
「だからまぁ、そう何度も謝罪なんてしなくて構わないから。アタシは気にしてないもの」
「す──いえ、ありがとうございます」
「お礼を言われることじゃないけどね」
仲がこじれずには済んだのかな。
口を挟めなかったから、黙ったままでいるしかなかったけど。
悩んだり苦しんだりしてるのは、何も僕だけじゃないんだよね。
横になってるのも飽きたし、ベッドから身を起こす。
「ボウヤ? 寝てなくて大丈夫なの?」
「いえ、その遣り取りも、何度もやりましたから」
「そ、そうだったかしら」
「他の訓練も済ませておきたいですし」
「まだやるつもりなの?」
「休んでる暇はありません。人並みじゃ駄目なんです。人一倍努力しなきゃ駄目なんです」
「……変わったわね。以前なら、努力することを諦めていたでしょうに」
「え」
何でそれを……。
もしかして、みんなに気持ちを知られてた⁉
うわぁ~。
「元からしっかりした子ではあったけど、何だか逞しくなった気がするわ」
恥ずかしいやら照れ臭いやら。
赤面してしまう。
「昔から努力家だったわけではないんですか?」
「そう、かしらね。事情はアタシの口からは言えないけど、色々と苦しんでいたみたい」
めちゃくちゃ観察されてた⁉
「確か今は10歳でしたよね。十分過ぎるほど強いと思いますけど、あの者を倒すことが目的なのでしたね」
「子供が命懸けで戦おうなんて、平和が聞いて呆れるわね」
「全くです」
何か、妙な結束力を見せ始めた。
もう退室してもいいだろうか。
本日はあと、SSを1話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




