119 無職の少年、聖女との訓練②
横薙ぎの斬撃を、反射的にしゃがんで躱す。
「見事、と言いたいところだが、避けるのが速過ぎだ」
しゃがんだ先では、蹴りが見舞われる。
回し蹴り。
咄嗟に短剣の刃を立てて、受け止めようとする。
が、無理矢理に堪えて、腕で防御するに留める。
直撃。
蹴りの勢いに逆らわず、むしろその勢いを利用して転がりながら距離を取る。
「目が良いのか。ただ、反応が速過ぎる。引き付けて対応せぬから、今みたく次の攻撃の餌食となる」
いつの間にか、男口調になってる。
戦闘だと切り替わるんだろうか。
視線は外さず。
素早く立ち上がり、短剣を構える。
「しかも、途中で手を緩めたな。相手を気遣う余裕まであるとは驚きだ」
声色には怒気すら混じって聞こえる。
さっきは、もし白刃だったらと一瞬考えてしまった。
彼我の距離は数歩分。
ならば、詰められるのは一瞬。
えっと確か、脚を使えって言われてたっけ。
回り込むなら、武器を持っていない相手の左側。
相手が動くよりも先に駆け出す。
迎え撃つ斬撃。
「なッ⁉」
それも、相手の左側から放たれた。
武器を持ち替えた⁉
進行方向から見舞われた攻撃に、勢いが乗ったまま突っ込んでゆく。
≪錯刃≫
双剣を交差させ、応じる。
ガキーン。
硬質な金属音が響く。
砕かれはしなかったものの、剣を弾けない。
こっちは両腕なのに対し、相手は片腕のみ。
力ですら劣っているのか。
足も止められ、膠着状態。
「やはり軽いな」
いや違う。
徐々に後ろへと、身体が押し返されている。
力比べしても無意味だ。
他の方法を考えないと。
相手が先んじる。
唐突に双剣から伝わる抵抗が消え失せた。
身体が前方へと流れてゆく。
まただ。
軸足による回転。
それで剣を引かれたらしい。
構えが変わる。
刺突。
倒れ込む寸前の体勢じゃ、避けようがない。
なら、別の力で動くまで。
魔装化解除。
以心伝心。
即座に実体化したブラックドッグに咥えられ、その場を離脱する。
十分な距離を取り、相対す。
まだ、魔装化は使わない。
「二身一体、とでも称するべきか。便利に使うものだ」
魔力は有限。
魔装化も具現化も、使うのも維持するのにも魔力を消費する。
乱用は控えないと。
相手の攻撃は斬撃か刺突の二種。
軸足での回転や、左右で剣を持ち替えたりもする。
後は、蹴りとかもあったか。
普通に攻撃すれば斬撃か刺突、しゃがめば蹴り。
武器を持ち替える隙はあるかもだけど、回り込むより相手のほうが速い。
背後を取れればいいんだろうが。
軸足で回転して対応されそうでもある。
「まだ数合も打ち合っていない。手を止めるには早過ぎると思うが?」
そうなんだよね。
まだ碌に剣戟を行えてもいない。
こっちが攻撃を逸らすと言うよりかは、相手のほうがそうしてる気がするぐらいだし。
考えるにしろ、もっと打ち合ってみないと駄目かも。
≪魔装化≫
双剣を握り締め、再び挑みかかる。
接近戦を繰り広げる。
力で応じては駄目だ。
上手くいなされてしまう。
剣に沿わせて、軌道を逸らすだけ。
けど、力を抜き過ぎれば、容易く押し返されてしまう。
グノーシスさんとは無かった駆け引き。
当たり前のことだけど、相手が違えば戦い方も違うんだ。
中々剣戟が続かない。
どうしてなんだろう。
相手の攻撃に合わせて双剣を振るっている。
動きをよく観察してみる。
攻撃は足運びに合わせて行われている。
そして、攻撃がいなされる時も同様だ。
足運び。
一つ所に留まらず、常に位置や体勢を変えている感じなのか。
厄介なのは、時折放たれる刺突。
斬撃とは速さが段違い。
加えて、反応が遅れれば、双剣でも逸らしきれないほどの威力。
槍を使っているぐらいだし、刺突が得意なんだろう。
ギリギリ対処できるのは、直前の溜め動作があるからか。
「よく避ける。そろそろ目が慣れてきた頃合いか」
体勢が今までと変わる。
半身。
剣を前に、身体が一直線上に揃えられた。
何か仕掛けてくるのは明らか。
距離を取るべき。
相手の武器は剣なのだから、それが正しい判断だろう。
けど、この訓練の目的は、騎士の剣術に対応できるようになることのはず。
どんな攻撃が繰り出されるにしろ、全て捌いてやればいいだけ。
「応じるつもりか。ならば、以降は一切瞬きせぬことだ」
腰が浅く下げられる。
後ろの腕が、弧を描く形で停止した。
──来る!
≪襲霖≫
繰り出されたのは刺突。
双剣で応じる。
速度も威力も、先程より大したこと──。
「え」
思わず声が漏れた。
剣が一本じゃない⁉
同時に三本。
これ、何か技を使われてる?
僅かの余裕も消え失せた。
とにかく、全力で双剣を揮う。
違う。
弱いのは威力だけ。
速度は段違いに速くなってるんだ。
錯覚で剣が複数に見えるほどに。
高速の刺突による連撃。
正面で相手しちゃ駄目だ。
横に避けないと。
けど──。
増えた剣がそれをさせない。
今見えるのは五本。
こっちは二本なのに、全然足りやしない。
これが技。
未だ届かぬ境地。
速度に対応できない。
刺突が鎧を削り始める。
「うわああああァーーーーー‼」
覚えた恐怖に抗うように叫ぶ。
腕が重い──無視する。
息が苦しい──無視する。
目が乾く──無視する。
動く動く動く。
一瞬の後、串刺しになるという絶望的な予感がある。
無視する。
焼けるように熱いのか。
凍えるように寒いのか。
無視する。
勇者を倒せぬまま死ぬ。
ズキン。
頭が痛む。
無視──はできない。
許容できない。
赤い記憶。
覚えてる。
忘れるはずない。
忘れられるはずなんてない。
他事に気を取られて、さらに鎧を削られる。
この攻撃、まるで槍で襲われたあの時みたいだ。
ズギン!
強烈な頭痛。
動きが鈍る。
当然のように鎧が削られる。
蘇る。
赤い光景が。
ああ。
ああ。
お父さん……お母さん……。
バクンバクン。
心臓はもう、今にもはち切れんばかり。
絶対に、赦せない。
赦さない。
「AHHHHHHHーーー‼」
赤く染まる。
自分も世界も何もかもが。
「そこまでよ! ボウヤ、止めなさい!」
伸びて来た蔦が身体を覆っていく。
動けない。
ああ、悔しい、悔しいなぁ。
後もう少しだったのに。
熱が遠退いてゆく。
本日は本編120話までと、SSを1話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




