118 無職の少年、聖女との訓練①
コンコン。
洗濯の助言を終え、再び掃除に従事していると、玄関の扉がノックされた。
「はーい、開いてます」
「おはよう、ボウヤ。お邪魔するわ」
「おはようございます。どうぞ、座ってください」
「ありがと」
『久しぶりポー! 元気してたコロ?』
「うん。元気だよ」
来客はアルラウネさんとコロポックルだった。
「何で呼ばれたのか、よく分かってないのだけれど」
「えっと、姉さんから説明は……」
「見張って欲しいだか、見守って欲しいだか言ってたわね」
どうやら、碌な説明が行われていないらしい。
聖女さんと訓練すること、その監督役をお任せしたいことを告げる。
「それって、樹上でやって大丈夫な類いなの?」
「激しい戦闘なんかは、やるつもりはありませんけど。剣戟にはなると思います」
今回は勝敗というよりも、剣との戦闘に慣れる意味合いが強い、と思う。
もっと言えば、騎士の剣術になるのか。
だから、魔装化で範囲攻撃、とかはしなくて済むはず。
「つまるところ、危なそうなら止めに入るのと、他の誰かを巻き込まないよう警戒すればいいのかしら」
「お願いします。あ、飲み物お出ししますね」
「そう? なら、お水をお願いしてもいいかしら」
「分かりました」
掃除してた手を洗ってから、コップに水を入れて持って行く。
「どうぞ」
「ありがと。それで準備のほうは、もうできてるの?」
「洗濯物を干し終わったら、ですかね」
「……そう言う割には、掃除してなかった? 珍しいく、ボウヤが洗濯してるわけじゃないのかしら」
「姉さんや聖女さんに嫌がられてしまったので」
「嫌がられてって……ああ、そういうことね」
何となく事情を察してくれたみたいだ。
つまりは、それだけ当たり前のことなのだろう。
抵抗を覚えない僕のほうがおかしいのかな。
「何とか洗濯終わりました~」
「お疲れ様です」
「あ、お客様がいらしてたんですね」
「おはよう。それが済んだら訓練の準備をお願いね」
「おはようございます。では、すぐに済ませます。もう少々お待ちください」
「別に急がなくていいから、慌てずにやりなさい」
アルラウネさんの言葉を聞いていたのかどうか。
洗濯物を持って、二階へと駆け上がって行った。
「それにしても、随分と雰囲気が変わったわね」
「何がですか?」
「ボウヤが、よ。戦いを前に、怯えてる様子がないもの」
「それはまぁ、訓練ですし。実戦なら怖がってますよ」
「つまり、訓練だからって油断してるってわけかしら」
「そういうつもりじゃ……」
「気を引き締めて臨みなさい。武器は本物を使うんでしょ? 止めには入るつもりでいるけど、そもそも怪我を負わないようにしなくちゃ駄目よ」
「はい、気を付けます」
そっか、そうだよね。
本物の武器を使うんだ。
あ、でもだとしたら、白刃は使わないほうがいいよね。
石を簡単に切断しちゃうんだし、グノーシスさんの大剣に対してもそうだった。
金属の剣や鎧だって、斬れちゃう気がするし。
僕だけじゃなく、聖女さんにも怪我して欲しくはない。
魔装化でもう一本の短剣を具現化して訓練に臨もう。
久しぶりの世界樹。
相変わらずの快晴。
雲の上なんだから、当たり前なんだけど。
グノーシスさんの住処は常に明るかったものの、本物の日の光ってわけじゃないみたいだし。
特有の熱を感じられる。
やっぱり、日光は気持ちがいい。
「随分とリラックスされているご様子ですね」
家のそば、頭以外を銀色の鎧で覆った聖女さんと対峙する。
「緊張しているよりかは余程いい。ですが、ともすればワタシへの侮りとも取れますね」
姉さんやオーガ兄は、聖女さんと戦って勝ってる。
だからって、僕より弱いはずもない。
勇者よりも騎士の役職は上の副団長。
ズキン。
頭が痛む。
赤い記憶に、彼女の姿はない。
仇……ではないはず。
昂りを抑える。
冷静に、相手の攻撃を見極めないと。
そのための訓練なんだから。
「ふぅーーー」
目を閉じて、深く長く息を吐き出す。
心音が一定のリズムに戻るのを待つ。
相手の言葉に一々反応して、乱されちゃ駄目だ。
落ち着け、落ち着け。
心音が安定したところで、目を開く。
≪魔装化≫
そばに控えていたブラックドッグが、黒霧となって身体を覆う。
イメージするのは姉さんの鎧姿。
そして、最初に姉さんから貰った短剣を2本分。
「その黒い靄、聖都での一件と同じ力ですか。しかし、形状が違う……?」
魔装化は時間制限付き。
のんびりと説明している暇はない。
「では、よろしくお願いします」
「はい。武器は……短剣ですか。攻撃には不向きに思えますが、小回りと防御に優れそうですね」
少しでも長く、少しでも多く、戦闘を。
話には付き合わず、一気に距離を詰める。
短剣は振るわない。
攻撃を誘って、いつもどおりに逸らしてゆこう。
相手は右手に剣、左手は空手。
右足を前に出し、刺突が見舞われた。
速い!
捌くのを諦め、身体を捻りつつ横に跳び退く。
「それでいい。不用意に懐へは跳び込むな」
左脚を軸として、身体が回る。
再びの刺突。
今度はどうにか。
剣の表面に短剣を滑らせる。
と、短剣から伝わる抵抗が消えた。
相手の身体が回転している。
剣が一周し、横薙ぎとなって襲って来た。
本日は本編120話までと、SSを1話投稿します。
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