117 無職の少年、洗濯も槍も一緒
食事の後、まずは姉さんが出掛けるのを見送った。
後片付けを終え、次に洗濯──は僕がやるとマズいんだっけか。
じゃあ、掃除を済ませてしまおう。
気になるのは隅のほうだけだし、そう時間も掛からないだろう。
「あのぉ、ワタシも何かお手伝いを」
「えっと……では、洗濯をお願いしてもいいですか? 僕がやるのを姉さんが嫌がってまして」
「それについてはワタシも同感です。男の子にさせるのは抵抗があります」
いやまぁ、姉さんが嫌がってたのは、聖女さんの物を洗濯することみたいなんだけどね。
聖女さんの洗濯だとアレだから、任せるのは微妙ではある。
本当なら、姉さんにお願いするほうがいいんだろうけど、生憎ともう出掛けちゃったし。
今回は任せるしかないかな。
「分かりました。頑張ってみます」
「お、お願いします」
廊下の奥、風呂場へと歩いて行く後ろ姿を見送る。
洗濯の何に頑張る要素があるのかは不明だけど。
……いや、人並みにできないことの苦しみを、僕はよく知っている。
僕ができるからって、不得意な人だっているんだよね。
なら、してあげられることは何だろうか。
自分がされて嫌なことを、相手にするのは間違ってる。
えぇっと……不必要な励ましや助言、かな。
不必要っていうが厄介なんだよね。
誰からも励ましたり、助言してもらえないのは辛い。
必要な励ましや助言ならいいんだけど。
僕と他人とは違う。
考え方や感じ方も違うんだ。
もしかしたら、余計なお世話になるかもしれないし。
上手くやれるのかな。
なんて、やってみないと分かるはずもない。
必要なのは、相手をよく観察すること。
落ち込んでいるなら励まして、悩んでいるなら助言をする。
僕でも役に立てるなら、助けになるなら。
やってみよう。
「済みません。お恥ずかしい話なのですが、ワタシの服がですね、洗っても汚れが落ちなくて……」
早々に頼られてしまった。
普通に洗っても落ち辛い汚れはある。
服の種類や場所によって、もみ洗い、たたき洗い、つまみ洗いなんかをしないといけない。
これも賢姉さんの教えによる賜物。
「洗い方に少し工夫が必要かもしれません。えっと、それって僕が見ても大丈夫な物ですかね」
「あ、はい、普通の衣服なので大丈夫ですけれど」
「なら、一緒に行きましょう。隣で洗い方をお教えしますので、実践してみてください」
「ありがとうございます、助かります。こんなこともできないなんて……ワタシのほうが年上で、しかも女性なのに面目ありませんね」
落ち込んでるんだよね。
うーんと、励ますにはどうすればいいかな。
大丈夫……じゃないわけだし。
気にしないで……は意味がないだろうし。
「聖女さんは何が得意ですか?」
「え? そ、そうですね……槍、でしょうか」
おっと……思っていた回答とは大分違った。
ど、どうにか繋げるしかないか。
「剣よりも扱いが難しそうですよね」
「そうかもしれません。ただ、騎士は剣と槍と弓を必ず習いますから。どれかは得意になると思いますよ」
「棒の先端に刃が付いてるのが槍だと思ってたんですけど、聖女さんの槍は形状が違いますよね」
「ですね。ワタシのは突撃槍と言って、突きに特化した槍になります」
「じゃあ、普通の槍とは扱い方も違うんでしょうね」
「……あの、これって何の会話なんでしょうか。洗濯物の件は……?」
うぐッ⁉
さりげなく経験の積み重ねとか、コツの話に繋げようと思ったんだけど。
やっぱり無理矢理過ぎたかな。
こうなったら、結論だけでも伝えておこう。
「洗濯も槍も一緒ですよ」
「は、はぁ……? えぇっと、どの辺りがでしょうか?」
「槍の種類に合わせて、扱い方が変わるんですよね? 洗濯だって同じなんです。服の種類や汚れの種類に合わせて、洗い方が変わるだけです」
「ああ、なるほど。そういうお話でしたか。ワタシが話の腰を折ってしまったのですね。済みませんでした」
もしかして、逆に気遣われてる?
上手くできなかったのかな。
「フフフ。そういう考え方はしたことがありませんでした。どうやら、洗濯というものを侮っていたようです」
あ、暗い表情から笑顔になってくれた。
一応は伝わったのかな?
「目が覚めた思いです。キミは素晴らしい考え方をするんですね」
「え⁉ い、いえ、そんな、大げさ過ぎますよ」
「大人のワタシが落ち込んでいては駄目ですね。何事も精進あるのみ。人並みにできないのは、手法に問題があるのですね」
「そうだと思います。生地の強度によって、洗い方を変えたりとかもありますし」
「ふむふむ。ただ、記憶が確かなら、エルフさんには習っていないような……いえ、そもそもこの歳で身に付いていないことが問題なのですが」
「姉さんは、基本的に単一の作業しかしませんからね」
「……と言いますと?」
「料理なら焼く、洗濯なら洗うって感じです」
「料理はともかくとして、洗濯は問題ないのでは?」
「汚れは落ちるんですが、服が傷むことが多いですかね。全部に同じ力加減なんだと思います」
「ワタシの場合は力加減が足りていないんでしょうか」
「あとは洗い方にもよると思います」
「そうでしたね。色々と学ばせていただきます」
「あはは……」
子供相手なのに、随分と真面目な人なんだなぁ。
人族の町で会った時は、男口調になったりもしてたけど、今はそれもないし。
一緒に住んでるんだし、仲良くなれるといいけど。
何気に、このサブタイ気に入ってます。
基本的に一日一話を書き上げているので、即興にしてはある程度筋が通った話になったんじゃないかなと。
本日は本編120話までと、SSを1話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




