SS-52 聖女の悩み
今から遡ること半年ほど前。
日常は一変した。
まず、世間的に騎士ではなくなってしまった。
騎士団から、と言うよりかは、教会からの離反によって。
もっとも教会からすれば、消息不明ないし死亡扱いだろう。
ワタシ個人の意思ではなく、団長の意向に沿った結果ではあるが。
そして、暮らす場所も変わった。
人族と、魔族と、精霊とが暮らす秘境。
まるで、あの本の中に迷い込んでしまったかのような光景。
いや、本ですら、ここまで荒唐無稽ではなかったか。
何せ、子供のころから当たり前に存在し、眺めているだけだった世界樹の上で暮らしているのだから。
お世辞にも友好的とは言えない環境に、突然放り込まれてしまった。
教会の教えに背いて。
騎士でもなくなって。
両親や友人知人とも離れ離れ。
それどころか、敵対関係とすら言える有様。
心細い。
何を心の拠り所にすれば良いのか。
そんな中で、意外であり因縁深い相手が手を差し伸べてくれた。
人によく似た、しかして人ならざる存在。
褐色の肌を持つ、半人半精霊。
エルフ。
魔族というのは、ワタシたちの勘違いだったらしいことを知った。
聖都にて敗北を喫した相手。
そしてもう一人。
やはりあの時に見た、銀髪の少年。
そう、どちらも魔族ではなかったのだ。
両者の住まう家に招かれ、同居を提案された。
これが、家……?
世界樹の上では、木にできた瘤の内部で暮らしているらしい。
ワタシにも団長にも、それぞれ一軒が割り当てられていた。
一人で住むか、団長と同居するという手もあった。
そのどちらでもなく、選んだのは二人の家に厄介になること。
何故だか、今の団長のそばに居るのは、不安でしかなかった。
あれほど頼もしかったはずなのに。
未だ、教会からの離反に理解を示せていない所為かもしれない。
距離を置きたい。
そう思った。
そういう意味でも、一時は戦った相手とは言え、他の者と暮らせるのは有難い。
新鮮というか、未知というか。
新たな暮らしは驚きの連続。
屋根には巨大な穴が開き、採光と換気の用を成していたり。
台所や風呂やトイレがあり、火や水が使えたり。
家具や食事は、人族のものを何処からか調達している風だったり。
人族と何ら遜色ない。
だからと言って、人族の真似事をしているのではない。
変わらないのだ。
彼らもワタシたちも。
それがとても衝撃的に思えた。
集落には、人族の町ほどの活気は見受けられない。
理由は恐らく、仕事がないのだ。
ただ生活しているだけ。
自給自足という風でもない。
生きているのではなく生かされていると、そう感じる。
世界樹に精霊に、そしてこのエルフによって。
食料調達はエルフが担っているようだ。
樹上と地上とを、自由に行き来する術を有しているらしい。
どうにも調子が狂う。
何もしない一日は、時間が物凄く長く感じられる。
けど、その心配もすぐに失せることになった。
世界樹の警護に参加することになったからだ。
魔族とは協力関係を結んだらしく、主に人族の侵攻を警戒しての措置とのこと。
これでもう、人族に勝機はあるまい。
戦力差があり過ぎる。
上位魔族たるデヴィルの総数は、優に100を超えている。
到底、騎士団の戦力では対抗できない。
攻め込まれれば滅ぼされるのは明らか。
だというのに、何故攻め込まずに守りを固めるのか。
意を決して尋ねてもみた。
少年は言う。
勇者を倒すのが目的なのだと。
エルフは言う。
世界の平和を脅かす存在たる教会は、見逃すことはできないと。
つまり、戦うつもりはあるというわけだ。
勇者たる幼馴染の姿は此処にはない。
何やら、少年とは因縁がある様子。
思い切って、同じく警備に当たっていた団長に尋ねてみた。
そうして知った、過去の惨劇。
否、一部の騎士たちによる残虐行為か。
唯一の生存者こそが、少年だったと言うわけだ。
思い返してみれば、聖都での騒動も、この少年が発端。
止めるべき……ではあるのだろう。
子供が復讐などと、させるべきではあるまい。
しかし、関係の浅い自分に何が言えよう。
ましてや、彼にとってみれば、ワタシは復讐すべき相手側。
寄る辺としてきた騎士団への見方も変わってしまった。
その所為もあり、増々己の立ち位置がどうにも定まらずにいる。
慣れぬ家事に翻弄される中、悩みの種は他にもあった。
集落における脅威。
そもそも人族も魔族も、友好的とは言い難いが。
取り分け、桃色の肌をした魔族の少女から向けられる敵意が強烈だった。
どうやら、ワタシが襲撃した魔族の棲み処に居たらしく、とても恨まれているようだ。
ワタシが倒した魔族、ゴーレムと言ったか、それと仲が良かったのだとか。
樹上で初めて遭遇した際は、いきなり襲い掛かられた。
同行していたエルフたちが止めてくれなければ、どうなっていたことか。
理由を知り、謝りもしたが、相手の激高は収まらない。
それも当然か。
逆の立場ならば、ワタシも許せはしないだろう。
もしも同じ種族であったならば、また違っていたのだろうか。
そればかりは分かりようもない。
団長が自分の責任だと庇ってもくださったが、相手が聞き入れるはずもなく。
とにかくもう、遭遇しないように気を配るしかなかった。
が、事態はいきなり急転する。
いや、好転したのか。
件のゴーレムが治ったらしく、集落に姿を現したのだ。
見た目はかなり変わっていたが。
少女にとっては些末事だったらしく、溜飲がかなり下がったようだ。
今では、不機嫌になりはするものの、襲われることはなくなった。
教義に従い、命令に従い。
何かを殺す、倒すという行為が、これほど尾を引くことになろうとは。
思いもしなかったし、考えもしなかった。
戦闘とは一時的なもの。
騎士団の任務であり、すべきこと。
頭に響く声が不快なだけに過ぎなかった。
誰かに恨まれ憎まれるだなんて……。
自分のやってきたことすら、信じられなくなってきた。
本日の投稿は以上となります。
次回更新は来週土曜日。
お楽しみに。
【次回予告】
世界樹の家に戻ったが、訓練は続けられる。
相応しい訓練相手とは……?
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