112 無職の少年、真剣勝負
朝食を終えても、姉さんは世界樹へと帰りはしなかった。
この勝負が終わったら一緒に帰るために、残ってくれている。
姉さんに見守られながら、グノーシスさんと対峙する。
「望みは真剣勝負。相違無いな」
「はい! よろしくお願いします!」
「その様子では、全く理解が及んでおらんな」
「え」
「真剣勝負とは、即ち、命の遣り取りに他ならん。その覚悟も無く、軽々に口にすべきではない」
≪魔装化≫
放たれる威圧と共に、相手の姿が変わる。
姉さんと同じ、全身を覆う黒い鎧。
今にして思えば、勇者の白い鎧の色を反転させたようにも見える。
ズキン。
頭が痛む。
「余りにも鈍過ぎる。事此処に至って、まだ構えもせぬか。真剣勝負が正々堂々行われるとでも勘違いしておらぬか」
ベキベキベキッ。
不意に、足元が不穏な音を立てた。
地中からの攻撃。
これは想定内。
視線は相手を捉えたまま、逸らしはしない。
そのまま、後方へと跳び退く。
果たして、尖った岩が地面を突き破ってきた。
回避し切れていない。
向かってくる岩に向け、白刃を振るう。
まるで抵抗など感じさせず、容易く切断してみせる。
迎撃の際、一瞬意識が岩に移った。
慌てて相手へと意識を戻すが、元の場所には姿が無い。
視線は逸らさなかったのに。
意識を逸らせば、見ていないのと同じなわけか。
≪魔装化≫
防御重視。
分厚い鎧をイメージする。
次いで移動。
前方は、切断こそしたが岩が邪魔。
左右後方に障害物無し。
敢えて岩を背にして、残り三方向へと構える。
「ガハッ⁉」
不意の衝撃。
それも背後から。
前のめりに倒れ込む。
勢いのままに、前転して距離を取る。
「同じ場所からの攻撃が行われぬなど、何故判じられる」
攻撃は背後の岩から行われたらしい。
幸い、分厚い鎧のお蔭で中身は無事。
起き上がって周囲を見渡す。
声はすれども、姿は視認できない。
地面も壁も、相手の武器に等しい。
留まろうが移動しようが、どこも相手の攻撃圏内。
こちらが不利。
魔装化している以上、魔力切れまでの時間制限付き。
そう、このままであれば。
壁際まで移動し、全身から棘を伸ばす。
壁に地面に、突き刺さる。
世界樹でやったのと同様、そこから魔力を吸収してゆく。
これで魔力切れは防げる。
「何という真似を! ノームたちを殺す気か!」
空間が震えるほどの怒声が響く。
刺さった棘がへし折られ、代わりとばかりに尖った岩が次々と伸びてきた。
咄嗟にその場から跳び退く。
ずっと観察していたが、相手は地面の上を高速移動しているわけではなさそう。
ならば、壁の中か地面の中に身を潜めているのか。
毛玉たちには大変申し訳ないとは思うが、相手を揺さぶる手段としても、魔力吸収は有効なことが分かった。
ただし、利用する余裕があるならば。
走る先から後から、岩が飛び出してくる。
飛礫と言うには大き過ぎる。
岩塊だ。
一方的な攻撃の連続。
相手の居場所は未だ不明。
壁か、地面か。
内部を自由に移動できるなら、静止しているとも限らない。
見つけるよりかは、相手に出て来てもらうほうが確実。
そもそも、僕では見つけるのは不可能に思える。
やっぱり、怒らせて出て来させるしかないかな。
凡そ、広場の中心を目指して、岩を避けながら移動する。
「姉さん! 避けてください!」
観戦してる姉さんに注意を促し、全力で仕掛ける。
棘。
全身から生やして、限界まで伸ばす。
果ての見えぬ天井にこそ届かないが、壁や床はあらかた串刺しだ。
飛来する岩も同様に。
急激な魔力消費にふらつくが、構わず今度は魔力を吸収してゆく。
「やめろ‼」
棘を砕いて、地面が爆ぜる。
いつもより数倍は怖い、グノーシスさんが姿を現す。
放たれる威圧感で身体が重い。
いや、実際に身体が沈み始めている。
足元の地面を操作されてるんだ。
抜け出そうにも、どんどんと地中へと引き摺り込まれてゆく。
低くなる視界に、相手が迫って来るのが見えた。
抜け出すのは間に合いそうにない。
腕周りの棘を解除し、短剣を具現化する。
双剣。
どちらも白刃。
本物の切れ味を思い出し、模倣する。
相手が具現化させた大剣を振り下ろしてきた。
不格好な体勢から、応じるように両の短剣を揮う。
≪錯刃≫
斬撃を交差させ見舞う。
だが、所詮は技の真似事に過ぎない。
パリーン。
両の短剣が砕け散る。
大剣を切断するには至らず、一撃を肩に食らってしまう。
まず感じたのは衝撃。
次いで激痛。
意識が飛びそうだ。
腕は……千切れてはいない。
一応は、威力を削げていたらしい。
とにかく、この場所はマズい。
壁に刺さった棘を支えに、急いで身体を引き上げる。
「何もせず、傍観していると思うか?」
数度大剣が振るわれ、棘を根こそぎ折られた。
地面に沈む勢いが増す。
「終いだ」
纏っている鎧は防御重視。
つまりは硬く分厚い。
ここで重要なのは分厚さ。
解除すればその分、地面との隙間が空く。
魔装化を解除。
両手を地面につき、身体を勢いよく引き抜く。
黒霧から姿を戻したブラックドッグに咥えてもらい、その場を離脱する。
負傷は肩のみ。
まだ戦える。
まだ終わりなんかにさせはしない。
本日は本編115話までと、SSを1話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




