SS-51 賢者のお出掛け
遂に魔王が動いた。
しかし、意図するところまでは推し量れない。
何故、ケンタウロスを魔王の元へと呼び寄せるのか。
分からない。
分からないからこそ、動く必要があるように思われた。
世界樹が倒壊し、人族が侵攻を開始した。
知り得ているのはそこまで。
皮肉にも、お蔭で魔法が使えるようになったわけだが。
魔法協会は、かつてないほどの活気に満ち溢れている。
当然、魔法が使えることで、各々研究が捗っているのだ。
ワタシとて、例外ではない。
が、いつまでも傍観者ではいられない。
今まさに、時代が変わろうとしている。
現状、人族に対してできることは皆無。
だが、魔族に対してなら、まだ動きようもある。
丁度良いことに、手も空いたところ。
無理矢理にでも、ケンタウロスに同行するとしよう。
そう言えば、自分がコミュ障なのを失念していた。
むしろケンタウロスに助けてもらう形で、何とか付いて来られた。
転移魔法陣を初体験。
一瞬で別の場所に移動できるとか、想像以上に便利過ぎ。
これは是非とも、魔法協会にも設置して欲しい。
かつては転移魔法陣に関する研究も行われていたらしいが。
今では失伝されて久しい。
聞きしに勝る、最大規模のダンジョン。
ここ最下層から最上層まで吹き抜けとなっている大広間。
まるで大渓谷といった様相だ。
広間に崖にと、魔族や魔物が大勢集まっている。
大量の視線がこちらへと注がれる。
強いられる緊張。
視線は苦手だ。
ケンタウロスたちの陰に隠れるようにして、大広間を突っ切って行く。
どうにも、大広間を挟んだ反対側に、謁見の間があるらしい。
興奮は鳴りを潜め、付いて来たことを早々に後悔させられた。
広大な空間から一転、魔法協会の食堂を彷彿とさせる規模の部屋に到着した。
左右にデヴィルたちが直立不動で並んでおり、場の雰囲気が殊更に重い。
何処から用意したのか、赤絨毯の伸びる先には、階段状の段差。
段差の上、背もたれの長い椅子があり、デヴィルの少女が鎮座していた。
「止まれ。膝をつき首を垂れろ」
段差のすぐ脇。
壁に並ぶのとは別に、一体のデヴィルがそう告げてきた。
「ケンタウロスに膝をつけとは、少々難儀に過ぎるのではなくて? お呼び立てしたのはこちらですしてよ。どうぞ、楽にしてくださって構いませんわ」
「……魔王様の仰せだ。粛々と従え」
ええっと……ワタシはどうすればいいのだろうか。
「あら? そちらはどなたかしら?」
「「…………」」
こういう場で、許可なく喋るのはマズい気がする。
同じことを思ったのか、ケンタウロスも押し黙ったままだ。
「魔王様。この者は、魔法協会の一員でございます。ケンタウロスの集落に出入りしていた人族のようでして、集落や世界樹についても見識が深いとか」
案内してくれたデヴィルが、そう説明してくれた。
「もうお一方は?」
「護衛、とのことでした」
「まぁ⁉ 警戒しておいでなのかしら。乱暴な真似は決していたしませんから、どうかご安心なさって」
「では、失礼致します」
「ええ。案内ご苦労様でしたわ。帰りもよろしくお願いいたしますわね」
「ハッ」
案内役が退出するのを待って、話が再開された。
「もしかして緊張なさっていまして? お茶会のほうがよろしかったかしらね」
「そこまでされる必要は無いかと」
「アナタに意見を求めてはいませんわよ」
「……差し出口、失礼致しました」
「さて、お呼び立てしたのは他でもありませんわ。精霊や世界樹について、ご存じのことをお聞かせ願いたいんですの」
「……発言を許可する。但し、無駄口は控えよ」
ケンタウロスと目配せし合い、まずはケンタウロスに任せることにする。
「コホン……魔王様、拝謁の機会を賜り、恐悦至極に存じます」
「そう畏まらなくとも構いませんわ。無理せず喋り易いようになさってくださいましね」
「……そ、そう? なら、普段どおりに喋らせてもらおうかしらん」
「…………大変失礼なことをお聞きしてもよろしいかしら?」
「あら、何かしら?」
「女性でいらしたのかしら?」
「ええ! 心はね!」
一緒に来たのは、筋肉質な男性。
例によって、独特の性格の個体である。
魔王にすら未知の生態だとすれば、魔族の中でも極めて稀な事例なのだろうか。
実に興味深い。
「……そう、ですのね。で、では改めて、精霊や世界樹について、詳しく教えていただけるかしら」
「分かったわ。アタシが知っているのは──」
過去語りが始まった。
あの集落は元々、精霊の助力を得て興された。
より厳密に言えば、初代勇者の手によって、か。
初期のころは、コロポックルやノームといった、下位精霊も居たそうだ。
世界樹群発生を境に精霊は姿を隠してしまい、そのまま現在に至る、といった内容だった。
「では、交流はあまりありませんでしたのね」
「そうとも言い難いかしら。エルフちゃんが、時々訪れてくれたしね」
「えるふ? どういった方なのかしら?」
「精霊と人族の間に生まれた子よ。とっても強くて綺麗で優しいの」
「まぁ⁉ そのような存在がおりましたの? 他に詳しい特徴などはお分かりになりまして?」
「そうねぇ……外見的には、黒髪に褐色の肌の女性、とかかしら」
「あ! その方ならば、お会いしたことがございましたわ!」
「あら、そうなのね」
「そうでしたの……あのお方が精霊に類する存在でいらしたのですわね」
そう言えば、魔族の襲撃を受けたと聞いていた。
もしかして、魔王直々に出向いたのだろうか。
「アタシの知っているのはこのぐらいね。もっと詳しいことは、この賢者ちゃんに聞いて頂戴」
「確か、深い見識をお持ちだという紹介だったかしら。次は、アナタの知っていることを教えていただけないかしら」
「要望。魔王の望みは何? 聞かせてくれたら答える」
「キサマ! 人族風情が、魔王様に対して無礼な!」
うわ、すっごい怒られた。
アレとは仲良くできそうにない。
視線を遮るように、護衛が背に庇ってくれた。
「構いませんわ。強請るばかりではいけませんものね」
さっきから思っていたけど、この魔王、随分と緩い。
魔族が大人しいのは、その影響もあるのかもしれない。
今代は比較的当たりっぽい。
「争いは好むところではありませんわ。精霊の助力を得て、人族を大人しくさせられればと思っております」
「疑問。人族への侵攻が目的?」
「違いますわ。むしろ、人族からの侵攻を防ぎたいと思っておりましてよ」
多分だけど、人族より魔族のほうが優勢。
攻め込めば滅ぼせると思う。
単純に争いごとを忌避しているのか、共存を願っているのかが分かりかねる。
真意を探るには、対話を重ねてみるしかなさそう。
本日の投稿は以上となります。
これにて、第二章完結となります。
次回更新は来週土曜日。
お楽しみに。
【次回予告】
第三章開幕。
しばしの時が流れ、決戦の気配が迫ってきているようですが……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




