SS-49 女騎士の闘い④
まさか、上に避けられていたとは。
三方向の何れかから来ると、思い込んでしまっていた。
だが、後悔も反省も後回し。
相手は攻撃直後の硬直にあると見た。
姿を晒している今こそが好機。
思考は一瞬。
≪付与≫
纏うは雷。
相手は軽装……というかほぼ裸。
当たれば終わる。
速度重視で決める!
≪雷撃≫
落雷と見紛う一撃。
大気が裂ける轟音と共に相手の体を貫いてみせる。
後には何も残りはしない。
……いや、おかしい。
消し炭になったとしても、炭は残るはず。
跡形も無いなら、それはつまり──。
「風に火に、今度は雷ってか。随分とまぁ、芸達者なもんだぜ。んで、出し物はそれで終いか?」
声は少し離れた場所から。
仕留め損なった!
最速の一撃でなお、捉え切れなかったか。
あの軽装は、攻撃を必ず躱すという自負の表れなのか。
如何な必殺の一撃とは言え、当たらねば意味がない。
点ではなく面。
範囲攻撃のほうが有効だったか。
既に技の使用は5度に及んでいる。
次で決めねば魔力が持ちそうにない。
勝たねば。
何としても。
そうでなくば、聖都に戻れたとて、この身が辱められる。
「さっきまでとは気迫が違うな。やっと、お遊戯は終いかよ」
遊戯……それが彼我の実力差か。
どうにも良くないな。
勝つ光景が想像できなくなっている。
ふと、王都での一戦が頭を過ぎる。
一方的だった。
まさに完敗。
上位魔族に伍するだけの実力は有しているつもりだった。
所詮は騎士団に於ける実力に過ぎなかったわけだ。
聖騎士には及ぶはずもなく、団長はもとより、もしかしたら副団長代理にすら劣っているのかも……。
「おいおい、萎える真似すんじゃねぇよ! 気迫が弱まってんじゃねぇか」
ああ、本当に情けない。
敵に叱咤激励されているようでは、あんまりだ。
魔族は強い。
恐らく、人族は遠からず滅ぼされるのだろう。
だが、それは今じゃない。
気持ちを切り替えろ。
この相手に技だけでは通用しない。
当てられない。
ならば、天職を頼みとしよう。
世界樹の倒壊により、使えるようになった魔法。
≪静止≫
聖の初級魔法。
相手の動きを暫し止める。
「あ? 何だぁ⁉ チィッ、身体が……動かねぇ⁉」
有効時間は数秒だろうか。
だが、十分に事足りる。
全速力で駆けだす。
余力など考えず、全力を振り絞れ。
最高火力にて、灰燼すら焼き尽くす。
≪付与≫
纏うは火。
火力を限界まで上げる。
槍が赤熱する。
≪閃炎≫
赤光。
突きに合わせて、直線状に閃光が迸る。
赫灼たる炎熱が全てを呑み込んだ。
魔力が尽きる。
全身を強烈な脱力感が襲い、膝から崩れ落ちた。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」
辺りには、独特の焼けた嫌な臭いが充満している。
荒く息を吸い込む度、不快さが滲む。
掛け値なしの全力。
出し尽くした。
眼前には、滅却された大地が広がるのみ。
「──決め手が火たぁ、ツイてたぜ」
の、はずだったのに。
焼けた大地に、未だ形を保ったままで立って居る。
何で……どうして……。
「危ねぇ危ねぇ。碌に攻撃もさせてもらえず、くたばっちまうとこだったぜ」
「な……何で……?」
「あん? オレは火の精霊に師事してたんだ。流石に溶岩は耐えられねぇが、火耐性は頭抜けて高いってわけでね」
失着。
致命的な選択ミス。
火属性で臨んだのが間違いだったのか。
次の手は無い。
……ここまでか。
「……先だっての問いに答えましょう。世界樹近くの集落を襲撃したのはワタシです。殺しなさい」
「やれやれ、失敗しちまったなぁ」
「言い訳はしません」
「いや、こっちの話だ。もっとこう、攻撃の応酬っつうのを期待してたんだが」
「……相手の得意とする分野で戦いを挑むのは、愚策の極みでしょう」
「なら、お利口に考えを巡らして、どうなったよ?」
「……ですね」
「っと、偉そうに説教を垂れることでもねぇわな。最後の一撃は無様にも食らっちまったわけだしよ。いい気迫だったぜ」
相手がゆっくりと歩み寄って来る。
できれば、刺し違えたいところ。
ギリギリまで引き付けて、どうにか……。
「女を、しかも美人を殺すってのは嫌な気分だぜ」
まだだ。
まだ堪えろ。
脱力はしたままで、直前まで力は込めるな。
「もったいねぇこった。できれば、また美人として生まれ変わって欲しいもんだ」
足が止まる。
至近距離。
生じる殺気。
──今だッ!
「待ちな! その拳、引いてもらおうか」
こ、この声は……団長⁉
槍を取り落とし、声へと振り返る。
「……そういや、アンタも騎士だったか。お仲間を助けに来たってとこかよ?」
「オレが団長を張ってる。そこの嬢ちゃんは副団長ってわけでね」
見紛う事無き団長だ。
既に刻印武装を召喚済みらしく、独特の丸みを帯びた鎧を纏っている。
「今度はアンタが相手をするってのか?」
「戦いは本意ではない。が、横槍を入れた自覚は当然ある。一撃ならば、殴るなり蹴るなり、好きにしてもらって構わん」
「その見た目だ、よっぽど防御に自信があるらしいな」
「ああ」
「この女は、妹を泣かせやがった」
「……命を取るほどの理由には思えんな」
「黙れ。んで、アンタは妹を守ったらしいって聞いてる」
「そうかい、それでどうする」
「女は見逃してやる。一撃云々は、まぁ、正直どうでもいい」
「そいつはありがてぇ。なら──」
「だが折角の申し出だ。こちとら、まだ満足に戦えちゃいねぇ。しかも相手は男ときたもんだ。遠慮はいらねぇな?」
「……分かった。元より、こちらが言い出したのだ。否やは無い」
「団長⁉」
そんな、どうして団長がそんな真似をする必要がある⁉
失敗したのはワタシで、負けたのもワタシなのだ。
「構うな。騎士の責は全てオレが負うと決めている」
「全て、だと?」
「ああ。そう言った」
「ダチがよぉ……親を殺されてんだ」
「……そうか。騎士の所業というならば、オレの責だ」
「そうかい。なら、弥が上にも気合が入るってもんだぜ」
「遠慮は無用。来い!」
「応ともさ!」
赤い魔族が離れてゆく。
合わせて、団長も移動してゆく。
こんなこと、無駄でしかない。
王都に戻れば、前回の失態と併せて罰が下される。
あの下卑た輩に、辱めを受けるやもしれぬのだ。
なればこそ、ここで死にたかった。
二度と失敗できぬ身の上は、とても息苦しい。
息が詰まる。
早く楽になってしまいたかった。
本日はあとSSを2話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
 




