SS-47 姉の闘い⑦
「ゴボゴボッ⁉」
全く何の兆候も無く、頭上から大量の水が降り注いできた。
凄まじい水圧に、思わず膝をつく。
「クカカカカ。どうじゃ? 火の精霊とは違い、そう易々と抜け出せまいて」
ぐくうぅ。
この圧力じゃ、技も出せそうにない。
息だって、長くは持たない。
とにかく、この場を急ぎ脱しなければ。
足元の地面を操作して、思いっきり斜め上へと撃ち出す。
水圧に軌道を変えられ、ほぼ真横へと飛び出したものの、どうにか水からは脱することができた。
「カハァッ、ゲホッ、ケホッ」
「土やら岩やらは自在に操れるというわけかのぅ。なれば、地面からは引き離してやればどうじゃ」
息つく暇も無いわね!
相手の位置を記憶し、姿を隠すため、速度重視で土壁を隆起させる。
間を置かず、相手の足元から石杭で襲う。
「無駄じゃ無駄じゃ」
効いていない?
土壁により、相手の姿は視認できない。
避けられたのか、防がれたのか。
いや、鎧を着込んだのなら、防御が増したのだろう。
今の水に毒は含まれていなかったと信じたい。
針はまだしも、水を避けるのは至難の業に思える。
ともあれ、今は移動しなければ。
土壁を巻き込んで、巨大な水塊が空中に出現した。
やはり、あの水はおかしい。
頼んでもいないのに、したり顔で講釈を垂れていた賢者の話を思い出す。
魔法とて万能ではない。
水中で火が熾せないように、発動には条件がある。
水魔法ならば、水源が近くにない限り、即発動とはいかない。
周囲の水分を集めているなら、その分、時間がかかって然るべきなのに。
「逃げおおせたか。面倒をかけてくれるのぅ」
視線が合う。
が、水が襲っては来ない。
代わりとばかりに、針が投擲された。
何故、通じぬと分かり切っている針を飛ばしてくるのか。
こちらに通用したのは、水魔法のほう。
攻撃の緩急をつけているのか?
もしかしたら、こちらの足を止めさせるのが狙いかもしれない。
弾くことはせず、回避しておく。
足を止めず、移動し続ける。
「よく動きおるのぅ」
「ゴボッ⁉」
なッ⁉
突然、水が現れた。
今度は少量だが、質の悪いことに、頭部に貼り付いてでもいるのか、振り解こうにも離れやしない。
「これこのとおり。水を自在に操れるわけじゃて」
うっさい!
これ、どうやったら外せるのよ⁉
っと、危ない!
水越しに飛来する針を捉えた。
咄嗟に躱す。
それでも頭部の水は離れてはくれない。
「いつまで持つかのぅ。ほれほれ、休まず動くがよいわ」
懲りずに投擲される針の群れ。
動けばその分、息が切れる。
盾代わりに土壁を形成して防ぐ。
既に発動した魔法から魔力を吸収することはできない。
頭部に貼り付く水を、魔力の吸収で解除することはできそうにない。
魔法とは結果であって、魔力は発生させる要因に過ぎないのか。
ぐッ、こんなので死ぬなんて御免被るわ。
こいつを倒しても、まだ2人残っているのだ。
死ねない。
負けられない。
足下から土を身体へと這わせる。
脚、腰、銅、胸、そして頭部へと。
全身を土で隙間なく覆い尽くす。
出来上がるのは、土製の人型。
この場合、どちらの頭部に貼り付くか。
人型を残し、中を滑り落ちるようにして、地面の中へと退避する。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」
咄嗟に形成した空洞で、呼吸を整える。
どうやら、上手くいったらしい。
視界を遮ったことか、あるいは人型が功を奏したのかは不明だが。
厄介な水による攻撃。
どう対処すべきだろうか。
最善は、相手に何もさせないこと。
地上よりも地中で戦えば、攻守共にこちらが有利。
水魔法とて、地上よりも地中のほうが発動は困難なはず。
あとは……そうね、水を吸収し易い渇いた土や砂とか、有効かもしれない。
剣技を控えていたお蔭で、魔力にはまだ余裕がある。
けれども油断せず、エーテルを飲んで回復しておこう。
万全の状態で挑むべき。
急いで準備を整える。
不在が知れれば、他の戦闘に加勢されるかもしれない。
もしくは、世界樹そのものを襲撃しているか。
さっさと相手を招待してやる。
大崩落。
天蓋が砕け、青い鎧を身に着けた老人が落下してくる。
「地下に空洞じゃと⁉ ここまで大規模な地形操作が可能じゃったのか⁉」
別に、背に翼を生やしているからといって、飛べるわけではないらしい。
落ち切るのを待ちはしない。
渇いた砂で相手を覆い尽くす。
出来上がるのは、泥団子ならぬ砂団子か。
随分と水には苦しめられたのだ。
文字通りに息もできぬほどに。
如何に苦しいか、存分に味合わせてあげるわ。
固く硬く。
砂を圧縮してゆく。
さらには、形状を変化させ、内部を針の筵と化す。
落下してからも、手は緩めない。
周囲を砂で埋め尽くす。
砂で埋める。
更に圧縮。
もしも潰し切れずとも、呼吸は続くまい。
情けも容赦もしない。
これは戦い。
非情に徹する。
こんな厄介な敵は、確実に仕留めておくに限る。
しばらく待っても、相手に動きはない。
逃がしてはいない。
最初に捕えて以降、離脱の機会を与えなかった。
拘束は未だ破られてはいない。
呼吸はとうに不可能なはず。
いつまでもは時間を掛けてはいられない。
他の2人のことも気に掛かる。
いや、弟君のことこそが、か。
死体を暴き、急いで助力に向かわないと。
砂の覆いを解いてゆく。
残っていたとしても、潰された鎧ぐらいに思えるが。
…………無い?
跡形も無い。
鎧はおろか、血の跡すらも。
まさか、逃げられた?
だが、それはいつ、どうやって?
確実に砂で捕えはした。
その後に、どうやってか脱出されてしまったようだ。
この空間はアタシが支配しているも同然。
他の生き物の反応は皆無。
ここまでやって取り逃がすなんて……。
相手の手の内を把握し切れなかったのが悔やまれる。
が、これ以上、時間を無駄にはすまい。
早く、弟君を助けに行かないと。
思考を切り替え、地上を目指した。
聖騎士の能力についての補足。
刻印武装は、聖都の塔の地下に安置されています。
そこから転移魔法陣の応用で使用者の元へと召喚されるわけです。
この老人の場合、針状の武器は貯水槽の中に納められており、針と同時に水も召喚できるように工夫されています。
また、その水と入れ替わることも可能となっており、脱出できたのもそのため。
本日はあとSSを4話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




