109 無職の少年、勇者に挑む③
距離が一気に詰められる。
相手の武器は剣。
接近しなければ、攻撃は食わらない。
なら、離れてしまえば済む話。
≪光壁≫
ドン。
「なッ⁉」
後退しようとした背に、何かがぶつかって邪魔をした。
反射的に振り向こうとするのを、理性が止める。
散々教わったこと。
敵から目を離すべきじゃない。
既に剣は、向かって左上から振り下ろされようとしていた。
即応が必要。
そして魔力は温存しておきたい。
ならば──。
魔装化の一部を解除して、右手を腰裏の短剣へ。
逆手に抜剣。
振り下ろされる剣に対し、斜め下から迎え撃つ。
ぶつけるのではなく、表面を這わすように。
軌道を逸らしてゆく。
と同時に、身体の重心を左側へとズラす。
酷くゆっくりに感じられた時の流れが、次第に元の速さを取り戻してゆく。
跳び込むようにして、左側へと駆け出す。
「おやおや、今のを凌ぎますか。簡単に決着とはいきませんかね」
逃れつつ、短剣を鞘に納める。
ついでに、先程の障害物を確認しておく。
背後を塞いでいたのは、光の壁だった。
当然、あんなモノに見覚えなどない。
まるで幻だったとでも言うように、光の粒子となって消えてゆく。
……もしかして、あれが魔法?
姉さんが出現させた岩壁みたいなモノだろうか。
もしも今のが、妨害じゃなく攻撃だったなら……?
離れた場所へ攻撃できるなら、距離を取っても無駄になる。
しかも、魔法を使っても、相手の動きは止まらなかった。
魔法を使いながらでも、動けるらしい。
他にどんなことが可能なのかも分からない。
立ち止まるのはマズいか。
けど、相手はこちらの消耗を待っていた節がある。
疲れてからじゃ勝てなくなる。
相手の武器は剣と魔法。
防御は硬く、今のところ、こちらの攻撃は通用していない。
どうする。
どうしたら……。
≪光縛≫
ビクン。
「ッ⁉」
急に身体が動かなくなった。
何かされた⁉
これも魔法⁉
いつの間にか、身体を拘束する光の鎖が出現していた。
これの所為か!
必至に逃れようともがく。
「中々どうして。魔法がこれほど便利なモノとは」
声が近付いて来ている。
やっぱり魔法か。
何だよこれ。
こんなの、避けようがないじゃないか。
余りに理不尽過ぎる力。
見えないから避けられない。
……そう、そうだ。
見えない攻撃は避けようがない。
それは当然、相手にとっても同じこと。
イメージするのは蔦。
足裏から地中を這わし、相手の足元を狙う。
「戦いとは非情なモノ。子供と言えども魔族相手に容赦はしません」
──黙れよ。
主義も主張も関係ない。
オマエは赦さない。
オマエを倒す。
魔装化と同じく、魔法だって魔力が無ければ使えないはず。
だから、触れられさえすれば、魔力を吸収してしまえる。
魔法が厄介なら、魔法を使えなくすればいい。
十分に接近したところを狙う。
──今だ!
…………え?
蔦が地面から出てこない。
何かに邪魔されてる⁉
「それだけ視線を向けられれば、狙いが地中だと教えているようなものですよ」
「ッ⁉」
バレてた⁉
よくよく見ると、相手の足元が光っているような。
また魔法か!
複数同時に使えるらしい。
いや、もしかして、今なら拘束から脱せられるかも。
「ああああああああァーーーッ‼」
地中の蔦はそのままに、全身に力を込める。
どちから一方でも突破できれば。
「まだ諦めが付きませんか?」
遂には眼前まで迫って来ていた。
もう猶予が無い。
「これで終わりです」
まだだ。
まだ諦めたりなんかしない。
諦められるわけがない。
相手は至近距離。
無駄になった蔦を解除する。
どうにも拘束が解けそうにない。
蔦や棘で攻撃しようとも、鎧の防御を突破するのは難しい。
ならば、今できることは何か。
相手は1人、こちらは1人と1体。
僕には無理でも、ブラックドッグの力ならばどうか。
魔装化を解除する。
「これは、煙幕⁉」
途端に生じるのは、大量の黒い霧。
瞬く間に、相手ごと覆い尽くす。
と、拘束が消えた。
不自然な姿勢から解放されて、地面へと倒れ込んでしまう。
ドサッ。
「そこかぁ!」
黒霧が視界を遮る中、殺気を感じた。
咄嗟に、声の方向から遠ざかるように横に転がって逃れる。
ザッ。
至近から地面に刺さる音がした。
きっと、剣で突かれてるんだ。
生身で攻撃を食らうのはマズ過ぎる。
けど、これは攻撃する絶好の機会でもある。
厄介な魔法を使われる前に、全力の一撃を食らわしてやる。
≪魔装化≫
相手の防御は硬過ぎる。
生半可な攻撃では通用しないだろう。
防御を度外視して、攻撃にのみ力を注ぐ。
イメージするのは、圧倒的な力の象徴。
間近で見た、ドラゴンの姿。
その顎。
右腕から生じて襲い掛かる。
黒の竜が白い鎧を噛み砕く。
────はずだった。
上半身を呑み込み、腰の辺りへと噛みついている。
が、一向に歯が喰い込まない。
「不覚を取りましたか。こんな芸当もしてみせるとは驚きです。そして何より驚きなのは、この鎧の強度でしょうかね」
喋ってる。
やっぱり、攻撃が中身まで届いてないんだ。
相手は白い鎧で全身を覆っている。
こっちの攻撃は、あの鎧には通用しない。
ならもう、どうにかして鎧を脱がせるか、あるいは、鎧の継ぎ目を狙うとかしか、攻略手段を思いつけない。
魔装化とは違って、相手の鎧は金属製のはず。
熱するか冷やすかしてやれば、中身も無事では済まないだろう。
脱がずにはいられまい。
問題は、そうする手段を持ち合わせていないこと。
つまりは、鎧の隙間を狙うしかない。
あの鎧さえどうにかできれば、勇者を倒せる。
魔力をできるだけ節約しないと。
あの鎧越しだと、魔力を吸収できないみたいだし。
竜を解除して、鎧として纏い直す。
絶対に、ここで倒して終わらせてやる。
本日は本編110話とSSを1話投稿します。
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