108 無職の少年、勇者に挑む②
ここ数日は曇天が続いている。
昨日は灰色がかってもいた。
もしかしたら、近々雨が降ってくるかもしれない。
当然、それは地上での話だけど。
普段、樹上で生活している所為か、適当な雨具など持ち合わせがないわけで。
間に合わせに、以前着た覚えのある、フード付きのローブを纏う。
「もうすぐ到着しそうなのに、何で天気が崩れるのかしらねぇ」
「いいなぁー。雨とか珍しいじゃんかぁ」
食事を終え、警備に向かう準備を進めていると、妹ちゃんがそんなことを言いだした。
「どれだけ珍しかろうが、眺めるのと降られるのとじゃ、感じ方も違うわよ」
「そうかなぁー。ウチ、滝とかも見てみたいんだよねぇ」
「雨の次は滝? 全然別物じゃないの」
「川とかもいいよねぇ。水が流れるのって綺麗じゃない?」
「そういう繋がりだったわけね。雨も流れてるって言えるのかは疑問だけど」
あれ?
滝と川って、同じものなんじゃ……。
「状況が落ち着いたら、色々と見て回ったらいいんじゃない?」
「ほぇ? どゆこと?」
「旅でもしたらってことよ」
「うえぇーッ⁉ 無茶振り過ぎるよぉ」
「不安なら兄と行けばいいじゃない。あんなのでも、旅慣れてはいるはずよ」
「ぇぇぇ……」
あ、すっごく嫌そうな顔してる。
以前姉さんと、いつか冒険しよう、みたいな話をしたっけ。
話してる感じだと、一緒に行くつもりはないのかな。
姉さんと目が合うと、口元に指を当て、意味ありげにウィンクされた。
……えっと、内緒にしろってこと?
ひょっとして、姉さんも同じことを考えてたのかな。
あれって、二人っきりでって話だったっけ?
「さ、お喋りはこの辺にして、出発しましょう」
「じゃあじゃあ、いつもどおり、スライムはウチが預けに行ってくるね」
「うん、お願い」
『オアズケ』
『オムカエ、マッテル』
家に誰も居ない間は、ドリアードさんの住処で預かってもらっている。
つい最近まで、向こうで過ごすことのほうが多かったのにね。
「コロポックルと喧嘩しちゃ、駄目だよぉ」
『ケンカ、イクナイ』
『ヨクナイ、ダネ』
『マチガエタ』
スライムたちを抱えた妹ちゃんと別れ、地上の警備へと向かう。
暗い空の下。
まだ雨は降り出してはいなかった。
いつものように散開し──。
「ゾロゾロと出てきおったわい」
「奇妙な移動方法ですね。転移魔法陣のような仕組みでしょうか」
「…………」
──待ち伏せされてた⁉
あの老人と、白い鎧、あとは青髪の鎧姿からなる3名。
「アタシと弟君とオーガで対応するわ。みんなは戻って知らせて頂戴」
「わ、分かった」
「気を付けてね」
「い、急げ! 早く帰るぞ」
姉さんが一番先頭に立ち、みんなを通ったばかりの門から逃がす。
「ふむ。童以外は知らん相手じゃな」
「あの子供には見覚えがあります。例の王都を襲撃した魔族ですね」
「ほぅ? そう言えば、銀髪の子供じゃと言っておったか。やはりライカンでは無さそうじゃな」
「リーダーらしき女性の声にも聞き覚えがあります。銀髪の魔族が共に居ることから考えても、襲撃した魔族のもう一体かと」
さっきから無言の青髪の女性。
確か、以前に人族の町で会った人だよね。
つまりは、人馬の集落を襲撃した相手のはず。
「おい、あの白いのが勇者だぜ」
「え」
ズキン。
頭が痛む。
ズキンズキンズキン。
ああ、やっと。
ガンガンガンガンガンガンガン。
やっと終わらせられる。
≪魔装化≫
ローブを脱ぎ捨てる。
黒い霧が黒い鎧へと変じてゆく。
「弟君⁉ 駄目よ、待ちなさ──」
「うわあああぁぁぁぁぁ‼」
体当たりするように、白い鎧へと突撃した。
敵がばらけた。
他には構わず、勇者だけを追い駆ける。
「やはり自分を狙ってきますか。しかし、前回のようにはいきませんよ」
喋るな!
息もするな!
焼きつく思考に引きずられぬよう、必死に力を制御する。
以前の失敗から学ばないと。
魔力が尽きたら負ける。
跳び退いた相手に向け、攻撃を放つ。
背から生やした黒い蔦。
先端には短剣を模して、相手を穿つ。
「以前とは姿形も異なりますか。ライカンスロープではないというのだけは、確かなようですね」
腰に差した剣を抜いて応戦してきた。
蔦と剣が激突し、弾かれ合う。
訓練の成果か、短剣は砕かれていない。
さらにもう1本追加して襲う。
「形は自在と言うわけですかね。体そのものが武器であると考えたほうが良さそうですね」
……おかしい。
以前はもっと圧倒できたはず。
相手が強くなってる?
いやでも、まだ魔法は使われてない。
なら、どうして。
移動し続ける相手を追い駆けながら、2本の蔦で攻撃を見舞う。
左右や前後から挟んだり、タイミングをズラしたり。
色々と試す。
「……まだもう少しかかりますか。鎧を着込んだまま走り回るのは、中々に疲れるんですがねぇ」
やっぱりおかしい。
全部が全部、弾かれたり避けられたりしてるわけじゃない。
何回かは鎧に当たっているはずなのに。
少しの傷も付いてやしない。
いつだかのデヴィルと同様、相手の防御が上回ってて、攻撃が効いてないんだ。
なら、この攻撃自体が魔力の無駄遣いか。
蔦を解除して立ち止まる。
「おや? もう追い駆けっこは終わりですか?」
相手も少し離れた位置で立ち止まってみせた。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」
途端に疲労感が込み上げてくる。
気が付けば、息も上がっていた。
相手を追い駆けてた所為か。
「せっかく消耗させたのに、休憩されては堪りません。今度はこちらから攻めるとしましょうか」
前回の対決から、実に100話以上がかかりましたか。
ようやくの勇者との対決です。
本日は本編110話とSSを1話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




