98 無職の少年、難航
空の色が変わってゆく。
もう日が沈み始めていた。
世界樹の引き上げ作業が終わったとの知らせは、未だ聞こえてこない。
まだ根元までは見えないし、今日中には無理そうなのかな。
お腹も減ってきた。
『クダモノ、アル?』
『マタ、モラエル?』
「うーんと、どうだろ。まだあるか見に行ってみようか」
結構な量があったはずだけど、みんなで食べてるとなると、まだ残ってるかは微妙かも。
家の食糧庫も、まだ補充前だったから、あんまり残ってないと思うし。
他の家だって似たようなものだろう。
備蓄分も含めて、食料調達しないとマズい気がする。
そんなことを考えつつ、みんなの所へと戻る。
「ボウヤ! 何処に行ってたの⁉」
「えっと、周囲の警戒に行ってました」
戻るなり、アルラウネさんが詰め寄って来た。
「何も言わずに居なくなったら心配するわ。離れたら危ないでしょ」
「……はい、済みません」
「ボウヤを鍛えようとはしてたけど、あれは戦わせたいわけじゃなく、自分の身を守れるようにするためなのよ」
「僕も、何か役に立ちたくて」
「あの子もアタシも、ボウヤに傷ついて欲しくはないわ。今回の件もそう。戦わせてしまって御免なさい」
「いえ、そんな。僕が言い出したことですし」
「とにかく、もう勝手に出歩いちゃ駄目よ。いいわね?」
「……気を付けます」
そう言って抱きしめられた。
アルラウネさんに抱きしめられるのは珍しい。
それだけ、心配させてしまったのかも。
『ナカヨシ?』
『イッショ、スル』
ベチャリ。
脚にスライムが貼り付く。
「なになに? ウチも抱きつくぅ~!」
横合いから妹ちゃんが抱きついてきた。
みんなのクスクス笑う声が漏れ聞こえてくる。
流石に恥ずかしくなってきた。
「あの、もうそろそろ放して欲しいんですけど」
「っと、御免なさい。感極まり過ぎたみたいね」
「えー、もうお終い? もっとギュッてしてぇ~」
『オシマイ?』
『クッツク、オワリ?』
「もうお終いよ。ボウヤが恥ずかしがってるでしょ」
「いえ、その……」
「じゃあじゃあ、ウチだけギュッてして」
「もぅ、仕様がないわね。ほら、いらっしゃい」
「えへへ~」
解放されたので、少し距離を取る。
う~、恥ずかしい。
『クダモノ、ホシイ』
「あ、そうだったね。まだあるかな」
『サガス!』
「果物なら、さっき無くなっちゃったよぉ」
『ナント⁉』
『ションボリ』
「でもでも、2個だけ取っておいたから、食べていいよぉ~」
『ヤッタネ!』
『アリガト!』
アルラウネさんから離れて、スライムたちに果物を差し出す。
すぐさまスライムたちが果物を取り込んだ。
「食料調達もしないといけないわね。こんなことなら、昼間のうちに動くべきだったかしら」
「まだ帰っちゃ駄目なのかなぁ?」
「夜通し続けるのでなければ、夜は家に戻れるかもしれないわ」
「なら、家に帰りたいよぉ」
「分かったわ。聞いてみましょう」
どうやら、姉さんの所に行くみたいだ。
待っているのもなんだし、付いて行こうかな。
「進捗はどう?」
「……見てのとおりよ。あんまり良くはないわね」
毛玉たちは鼻を上にして倒れ込んでいた。
未だ地面に手を突いてるのは、姉さんとグノーシスさんだけ。
「想像以上に面倒事だな」
「明日もやってどうにかってところかしら」
「なら、夜の間は中断してもらって、みんなを集落に帰してあげようと思うのだけど、構わないかしら?」
「長く住処を空けてはおけぬ。夜は帰らせてもらおう」
「アタシも寝ずにってのは無理そう。夜はゆっくり休みたいわ」
「迷惑を掛けて御免なさい」
「別に、アンタの所為じゃないでしょ。そろそろ今日は切り上げましょう」
「ならば、急ぎ帰らせてもらおう。ノームも休ませねばならん」
「ええ。今日は助かったわ。ありがと」
「明日もあるのだろう? 魔力を回復させておけ」
「分かってるわよ。明日もお願いね」
「ああ」
言葉短く、グノーシスさんが帰るために毛玉を集めてゆく。
「後の問題は水と食料かしらね。集落の備蓄も心許ないでしょうし、補充しておかないと」
「果物は? もう無くなったの?」
「ええ」
「もう一度お邪魔して、取ってくるしかないかしら」
「申し訳ないけど、足りなそうならお願いするしかなさそうね」
「分かったわ。けど、今は少しだけ休ませて」
地面に仰向けに寝転がる姉さん。
よっぽど疲れたみたい。
昼間からずっとだし、仕方がないよね。
「おーい! アルラウネさん! エルフさん!」
集落の誰かが大声を上げながら駆け寄って来た。
「人族だ! 騎士がまたぞろやって来たぞ!」
「……また何か用なのかしら」
「ともかく、急いで戻りましょう」
「それもそうね」
「手は貸さぬぞ」
「大丈夫よ。また明日ね」
「ではな」
グノーシスさんたちが帰るのを見送って、みんなの所へと戻る。
「おっと、済まねぇ。騒がせるつもりは無かったんだが」
「また来たの? 用事は何かしら」
「警護は断られたが、物資は入用だってことだったろう? 荷車に水や食料を一週間分は積んである。好きに使ってくれ」
「……いいの? 何も返せないわよ」
「ああ。借りにするつもりもない。町を救ってくれた礼も兼ねてのことだ」
「ならまぁ、有難く戴くとするわ」
「そうしてくれ。ああそれと、荷車は放置しておいてくれて構わねぇ。後で適当に回収しておく」
「分かったわ」
「んじゃ、邪魔したな。一応、天幕に待機してるつもりでいる。何かあれば訪ねてくれ」
「ええ」
大量の物資を置き去り、騎士たちが去って行く。
思いがけず、食料問題は解決しそうなのかな。
「……安全だと思う?」
「心配なら最後に食べたら? 集落の備蓄を含めて、日持ちしない物を先に消費しましょう」
「あの連中、どうにも信用し切れないわ」
「それでいいんじゃない? 信用して欲しいわけじゃないと思うし」
アルラウネさんとは違って、姉さんは疑ってないみたい。
いい人たちなんだろうか。
それとも、そう装ってるだけなのかな。
本日は本編100話までと、SSを1話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




