SS-41 アルラウネの家族
酷い光景だった。
あの緑に溢れていた空間が嘘のよう。
茶色く色褪せ、もしくは枯れてしまっているものさえある。
世界樹を動かすなんて無茶な真似。
代償無しに行えるはずもない。
そんな当たり前のこと、分かり切っていたのに。
あのまま止められずにいたならば、どうなっていたことか。
この光景を前に、ただただ悲しみしかない。
「ポ~」
「ポ~、ポ~、ポ~」
「ポ~、ポ~」
コロポックルたちの悲しげな声もまた、拍車をかける。
群れの奥。
そこに、語り合うべき相手が蹲っていた。
「──無様よな。遠慮せず嗤うがよい」
「馬鹿ね。そんなこと、できるわけないでしょ」
聞いていた戦いでの様子とはまるで異なる。
怒りも、憎しみも、憤りも、悔しさも、悲しさすら窺えない。
生気の失せた虚ろな姿。
もう300年以上の付き合いになるか。
その長い付き合いの中で、一度たりとも見せたことのない、弱々しい姿。
ゆっくりと歩み寄り、優しく抱きしめる。
「──何故じゃ。何故、誰も彼もが皆、妾の邪魔をしおったのじゃ」
「邪魔がしたかったんじゃないわ。止めたかったのよ」
「──どう違う、何が違うというのじゃ」
「自分の状態を見て分からない? 住処の有様を見ても? 他でもない、アナタが一番、傷付いてるじゃないの」
「──全ては邪魔をしおった奴等の所為ではないか」
「違う、違うわよ。アナタにあんな真似、して欲しくなかった。こんな姿に、なって欲しくなかった」
まるで姉妹のよう。
そう言ってくれたのは、誰だったか。
精霊と魔族。
異なる種族でありながら、容姿のよく似たアタシたち。
友であり家族だ。
かつて、人族に追われていたアタシを、ドリアードが住処へと匿ってくれた。
恩がある、情だって。
「どれだけ怒りに震えていたのか、どれほど悲しみに暮れていたのか、分かってあげられなくて御免なさい」
「──母を傷付ける輩は、断じて許すわけにはゆかぬ」
「母親たる大樹を大事に想ってるのは分かっていたつもりだったのにね。いえ、つもりだったのがいけなかったのかしら」
「──平和を齎したのが世界樹だと、理解しようともせぬ愚かな人族めが」
「人族の寿命は短いわ。かつて、共にあった者たちがそうであったように」
「──恩恵は常にある。存在は常に目にできるではないか」
「時間は全てを変える。恐怖や感謝だって。あるのが当たり前になってたんじゃないかしら」
「──ならば壊しても構わぬと?」
「そうじゃないわ。人族全てが、そんな考えに至ったわけないでしょ」
多くの者が、大勢になど無関心。
流れ流されるもの。
そうしてかつて、人族の都から逃げ延びもした。
今回のこともまた、一部の者の独断と偏見に他なるまい。
恐らくは、例の教会の仕業なのだろう。
疑問なのは、教会に属するはずの騎士が、破壊しにではなく止めるのに助力してみせたこと。
いや、教会内とて、意思が統一されていない証左なのか。
「世界樹や精霊に感謝してる人族だって、きっといるはず。アナタは、そんな者たちも巻き込もうとしたのよ」
「──所詮は仮定の話に過ぎぬ。そんな輩、いるとは限るまいよ」
「いないとも限らないでしょ。人族が世界樹を壊したように、アナタが人族を滅ぼしていいという話ではないわ」
「──ならばどうすべきだったのじゃ」
震えが伝わってくる。
まだ内に溜め込んだ激情が残っているのだろう。
……そうよね。
賢しらに諭すんじゃなく、吐き出させてあげるべきなんだわ。
「──あのまま見過ごせと? あと幾度、母の分身が倒されてゆくのを見送ればよいのじゃ」
ああ、その慟哭には覚えがある。
きっと同じではないのだろうけれども。
かつて共にあった者たち。
騒がしくも幸福だった日々。
もう戻れはしない過去。
別れは辛い、辛過ぎる。
ともすれば、生を諦めてしまいそうになるほどに。
「──妾も母も、危害など加えておらぬというのに」
そうだね。
勝手だよね。
何も知らずに、大事なモノを傷付けてゆく。
横暴を見過ごせと言うのは、あまりにも酷だ。
「──口惜しや……無念じゃ……」
自分だったなら、我慢できただろうか。
分からない。
分かるはずもない。
いくら似ていても、同じにはなれない。
同情と言うだけならば容易くとも、同じ想いには至れやしないのだから。
「これ以上の被害を防ぐためにも、みんなで考えましょう」
今回の一件で、人族はおろか魔族にすら、脅威と見なされたかもしれない。
元通りに無関心ではいられまい。
変化は無理矢理に起こされてしまった。
人族の侵攻は著しい。
阻止できなければ、より大きな厄災を招きかねない。
「抱え込まず、相談して頂戴」
かつての仲間はもういない。
今度こそ、自分が、自分から動かなければ。
居場所を守るためにも。
家族を守るためにも。
「アタシにも守らせて。此処はアタシにとっても大事な場所で、アナタは大事な家族なのだから」
「──妾と其方が家族、じゃと?」
「ええ。いっつも守られてばっかりじゃ、立つ瀬がないわ」
「──妾を守ると申すか」
「アナタだけじゃない、コロポックルたちだってね」
「コロ?」
「誰も失わせやしないわ」
家族をこんなにも苦しめた相手。
見つけ出したら、ただじゃおかないわ。
本日は本編95話までと、SSを1話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




