90 無職の少年、止めるモノ
状況への理解が及ばない。
唐突に消え去った死の脅威。
訳も分からず、キョロキョロと辺りを見回す。
アルラウネさんと妹ちゃんが居る。
スライムたちも。
騎士と馬だって。
「いつぞやとは逆になったな」
『──グノーシスめか。其方も妾の邪魔をするつもりというわけか』
そして、居るはずのない存在。
姉さんに似た、黒い鎧姿。
グノーシスさんが背後に居た。
「グノーシスさん……? え、な、何で……?」
「魔装化も使わず精霊に挑むか。まったく……娘は何をやっておるやら」
こちらの問いに答えず、ズンズンと世界樹へ向かって歩いて行く。
「さて、と。ドリアード、身勝手も此処で終いだ」
『──とっくりと周りを見てみよ。今更1体増えたところで、妾を止められなどせんと、理解が及ばぬのか?』
「……確かに、随分と集まったものだ。そのどれもが無能というわけか」
『──其方とて例外ではないと知れ』
「随分と驕った物言いだな。それほどに自慢か?」
『──自負じゃ。世界樹に敵う存在など、あってはならぬ』
「母を守らず、母を揮うか。愚かしいことだ。見るに堪えん」
『──抜かせ。其方の母とて、妾の手中にあること、よもや忘れたわけではあるまいな?』
「キサマぁ! 母様に危害を加えるだと! 例え挑発といえど、口にすべきではなかったな! 此処で沈め!」
ドクンドクンドクン。
胸が疼く。
周囲の誰も彼もの視線が、グノーシスさんに集まっているのを感じる。
期待している?
それとも、恐れている?
攻撃の手すら止めて、ただ見守っている。
「後から出て来て、粋がってんじゃねぇぞ!」
違った。
■い女性が、物凄い勢いで駆け寄って来るなり、怒声を上げ始めた。
「またぞろ精霊かよ! オレサマの獲物に手ぇ出すんじゃねぇ!」
「どう見ても手に余っているようだが? 決着は来年の予定か?」
「テメェ……いい度胸してんじゃねぇか……」
「ちょっと、止めなさいよ! そんなことしてる場合じゃないでしょ!」
「……娘か。子供を放置するとは、危うく死ぬところだったぞ」
「弟君のこと⁉ 無事なの⁉」
「後ろにおるだろう」
「弟君!」
姉さんが駆け寄って来る。
そのままの勢いで抱きしめられた。
「姉さん……鎧が痛いです」
「あ、ご、御免ね⁉ でも良かった……ずっと探してたのよ……」
「そうかいそうかい、アレの親ってわけか。揃いも揃って邪魔しやがって」
ドクン。
胸が疼く。
向こうでは、また絡み始めてた。
「絡むな。邪魔になるなら、諸共──」
『──そう、諸共に世界樹の糧となるがよい!』
「「──ッ⁉」」
2体の立つ地面が爆ぜた。
溢れ出す根の群れ。
「ケッ、テメェの相手は次だ!」
「知らんな。それほど戦いたければ、己が影でも相手取っておくがいい」
「んだとぉ⁉ 馬鹿にしてんのか、テメェ!」
「フン、その程度は理解が及ぶらしい」
不意打ちに動揺も見せず、素早く回避していた。
口論してる余裕すらあるみたい。
「グノーシスさんと同じぐらい強い……?」
「火の上位精霊サラマンダーよ。性格にかなーり難ありだけどね」
あれ、それって確か……。
「師匠ー! 置き去りとか酷いッス!」
「また来たのね。無駄に体力だけはあるんだから」
懐かしい声。
妙な喋り方だけど、やっぱりそうだ。
「お! 姐さん! っと、おお⁉ ダチじゃねぇか! 無事だったんだな!」
駆け寄って来るのは、■い短髪に■い肌をした男。
腰巻だけの軽装は、筋肉を惜しげも無く晒している。
妹ちゃんのお兄さん。
「アニキ! 父ちゃん母ちゃんは⁉」
「あー、何かよぉ、ドラゴンのダンナが上手いことやってくれてるって聞いたぜ」
「何でアニキも助けに行ってくれないのさ! 馬鹿ぁー!」
「おいおい、泣くなよ⁉ ってか、殴るのも止めろっての!」
妹ちゃんが駆け寄り、ボコボコ殴り始めた。
前よりも扱いが酷くなってる気がする。
「これだけやっても止められないのに、どうするつもりかしら」
放すつもりが無いらしい姉さんが、そうポツリと漏らす。
魔力切れを狙うって話だったけど。
弱ってる感じなんてしない。
精霊と協力できたらって言ってたのは、もう実現してるわけで。
これで無理ならもう……止めようがない。
「ノーム!」
グノーシスさんが叫ぶ。
応じるのように地面が盛り上がり、そこから茶色い毛玉が出て来る。
わらわら、わらわら、わらわらと。
見たことが無い程の大量の毛玉たちが姿を現す。
根の及ばぬ周囲を埋め尽くしてゆく。
『──同胞を頼るか? しかし、如何に下位精霊を集めたとて、止められはせぬ』
「頭に血が上っている割には、血の巡りは悪いらしい」
『──何じゃと?』
「何処に我が物顔で存在しているか、未だ理解が及ばぬか」
ドゴオォォォーーーン!
大地が割れた。
そう錯覚する程の轟音と衝撃。
続くように、世界樹が沈む。
『──これは⁉ 何故、世界樹が沈む⁉』
「大地は我が領域。好き勝手に振舞うなど、叶わぬと知れ」
『──地中を空洞化しおったのか! おのれぇ、小癪な真似を!』
「植物とて、独力で生きてはおらんだろうに。光、水、そして土。いずれが欠けても立ち行かぬが道理」
『──この程度で……妾を舐めるでない!』
沈んでゆく世界樹から、根が伸びてくる。
伸びる伸びる。
穴から這い出そうと根が蠢く。
「いいから、大人しく沈んどけっての!」
■い流星。
そう見紛う跳び蹴りが、世界樹を上から襲う。
沈む世界樹。
根が這い出た端から、地面ごと崩れ落ちてゆく。
「……圧倒的ですね……こんなにあっさりと止めてしまうなんて」
「そうね。こんな真似、アタシでも無理だわ。もちろん、ノームたちの協力があってこそでしょうけど」
倒しても倒しても、次々と湧いてくる根。
吸収しても吸収しても、尽きることのない魔力。
それをこうして、グノーシスさんが止めてみせた。
『──赦さぬ。赦さぬぞ。かくなる上は、世界樹ごと魔装化を』
「止めておけ。大地は此処に確と健在だ。同様の真似を、できぬはずもなかろう」
『──口惜しや。あと少し、もう後ほんの僅かで、人族共へと届いたものを!』
「そうだな。人族以外を巻き込んで。守るべきはずの母をも巻き込んで、な」
『──おのれ、おのれぇ……』
「かつての母様の件での借り、これで返したぞ……精々頭を冷やせ」
ドクンドクン。
胸が疼く。
これで、本当に終わったのかな。
とにかく、ゆっくり寝たいなぁ。
本日の投稿は以上となります。
次回更新は来週土曜日。
お楽しみに。
【次回予告】
世界樹を止めても、すぐさま元通りになるわけもなく。
集落の皆の安否も不明なまま。
まずは夜を何処で明かすのか……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




