89 無職の少年、動機
何か、世界樹が凄いことになってる。
最初は大規模な火災が起きてたみたいだけど。
しばらくすると、火の手は収まったっぽい。
その代わりなのか、今度は空からの攻撃が始まった。
此処まで響いてくるような激しさ。
何より、数が物凄い。
いつの間に現れたのか。
まさかとは思うけど、姉さんが攻撃されてたりしないよね……。
もしそうなら、此処で傍観なんてしてられない。
すぐにも駆け付けたいところだけど。
まだ、ブラックドッグが目を覚ましていない。
手元にエーテルも無いし、回復させてもあげられない。
姉さんは大丈夫なんだろうか。
無力な自分が嫌になる。
戦いたいわけじゃないけど、戦えない自分はどうしようもなく情けなくて。
「アニキ、大丈夫かな……父ちゃん母ちゃん、助けてくれたかな……」
ドクンドクン。
胸が疼く。
妹ちゃんも心配なんだよね。
「心配なのも分かるけど、もう少し離れておきましょう。まだ少しずつ移動してきてるみたいだわ」
アルラウネさんの言うとおり、あれだけの攻撃を受けても、世界樹は止まらない、止められてない。
それだけ、ドリアードさんが怒ってるってことなのか。
他の何もかもよりも、復讐だけを遂げようとしてる。
僕はどうなんだろう。
僕も、あんな風に見えてるのかな。
止まらない。
もう、随分と近い。
世界樹にも、そして、背後の町にも。
地鳴りが迫る。
「此処まで迫ってくるかい。こりゃあ、精霊をよっぽど怒らせちまったらしいな」
眼前に馬に乗って居並ぶのは、いつだか町で見た鎧姿の人たち。
確か……騎士とかって言ってたっけ。
「いいか! オレが壁を展開したら、馬ごとぶつかれ! 町へこれ以上、近づけさせるな!」
「「ハッ!」」
無茶だ。
10人かそこらで、止められるはずがない。
≪大壁≫
先頭に立つ、一際大きい丸みを帯びた鎧が光輝いた。
と同時に、その前方に巨大な光の壁が形成されてゆく。
「押せえぇーーー‼」
世界樹の根が光の巨壁へと激突する。
──止めた⁉
「……すっごい」
すぐそばで、妹ちゃんが感嘆の声を漏らす。
光の巨壁は、姉さんが創り出していた岩壁と、同程度の規模を誇っている。
その上、強度はもしかしたらこちらのほうが上かもしれない。
何せ、根に砕かれてはいないのだから。
光の巨壁から透けて見える向こう側。
未だ視認できないけど、姉さんたちが今なお根と戦っているはず。
空から降り注ぐ攻撃の数々。
千切れ飛ぶ根の残骸。
戦場だ。
この光の巨壁が消え去れば、すぐにも巻き込まれてしまう。
「う、ウチも手伝う!」
「駄目よ! 危ないわ!」
「此処で止めないと! もう逃げられないよ!」
「そ、それは……」
アルラウネさんの制止を振り払い、妹ちゃんが光の巨壁へと取り付く。
「……ヘッ、手伝ってくれるってわけかい。おい、オマエら! 気合いを入れ直せ! この後はもうねぇんだぞ!」
「「ハイ‼」」
ブラックドッグはまだ目覚めない。
なら僕にできることは?
こうして、傍観しているだけなのか。
それとも、妹ちゃんみたいに、手伝うべきなのか。
僕一人の力なんかが、どれだけの足しになるって言うんだ。
ブラックドッグの力無しには、何もできやしない。
みんな、頑張ってるのに。
知ってるモノも、知らないモノも。
僕だけが、何もできない。
何もしてない。
『トモダチ、マモル』
「──え?」
『マカサレタ』
「こら、アナタたちまで! 戻りなさい!」
アルラウネさんの腕の中から、スライムたちが跳び出した。
そのまま光の巨壁まで向かっていく。
ああ、どうして僕は、いつも動けないんだろう。
姉さんやブラックドッグに助けてもらわないと、何もしやしないんだろう。
嫌だ。
こんな自分が嫌だ。
アイツを──勇者を倒すことばっかり考えて。
ズキリ。
頭が痛む。
それ以外では、何もしようとしない。
みんなはどうして頑張れるんだろう。
どんな理由があるんだろう。
怖くないの?
辛くないの?
逃げたくならないの?
何で……どうして……。
「チィッ! おい、魔族の娘さん。早くこっから離れろ! もう十分だ!」
響く声に引き寄せられるように、視線を向ける。
「残念だが、もうそろそろ魔力切れだ。巻き込まれねぇよう、早く逃げな」
「父ちゃんも母ちゃんも、アニキだって。まだあそこに居るんだもん! ウチだけ逃げられるわけないよ!」
ドクンドクン。
胸が疼く。
「家族のためってわけかい。けどな、キミが犠牲になることを、家族の誰も望んでやしないだろう」
ドクンドクン。
胸が疼く。
「でも! だけど! それでも! 置き去りになんて、できないよ!」
「……言っても聞かねぇか。オマエら! 壁が消えるのと同時に、一気に突撃するぞ! 根を少しでも削れ! 引っ張ってでも止めろ!」
「「応ッ‼」」
誰も逃げない。
誰も諦めやしない。
光の巨壁がどんどんと薄くなって。
押し寄せる根の群れが、今にも叩き割ろうとぶつかってきている。
僕は……どうしたら……?
ふと、手が何かに触れた。
腰に差したままの短剣だ。
結局、何の役にも立たなかったな。
訓練もしたのに、技も覚えられなかったし。
ああ、全部が無駄だったのかなぁ。
光の巨壁が、音も無く砕け散る。
故に轟音は根だけが発している。
殺到する根の群れ。
騎士たちも、妹ちゃんも、スライムたちも呑み込んで。
「──ッ!」
僕は無力だ。
きっと何もできやしない。
ドクン、ドクン、ドクン。
疼きが止まない。
けど、それでも。
喪う恐怖を知ってる。
喪う絶望を知ってる。
喪う悲哀を知ってる。
駆け出す。
アルラウネさんが、妹ちゃんに覆い被さるように動くのが見えた。
駆け抜ける、そして追い越す。
短剣を鞘から抜き去り、迫る根に揮う。
「うわあああァーーー‼」
ガキン。
容易く弾かれる短剣。
僅かも斬れはしない。
ああやっぱり、こうなるよね。
これは当然の帰結。
僕なんかの力が、及ぶはずないんだから。
視界一杯の根の群れ。
無慈悲に根が振り下ろされた。
「──無様だな。特攻などと、そのような戦い方を教えた覚えはないぞ」
そんな声と同時に、視界が一気に開ける。
埋め尽くさんばかりの根が、一瞬で跡形もなくなっていた。
本日は本編90話まで投稿します。
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