SS-39 オーガ兄は合流す
再びの空の旅。
……なんて洒落たモノじゃない。
振り落とされぬよう、必死に鱗にしがみ付くばかり。
景色を眺めている余裕などありはしない。
これでは、うっかり師匠に抱きつくことも無理だ。
何という拷問か。
せめてもの抵抗として、師匠の麗しきお尻──いやさ、お姿を網膜と脳に焼き付けておく。
中々どうして。
これはこれで……アリだな!
興奮冷めやらぬ中、心なしか速度が落ちた気がする。
『見えたぞ。しかし、こうして実際に目の当たりにしてなお、実感がまるで湧かぬ光景だな』
ドラゴンの声が響く。
──いや、見る余裕ねぇし。
今度こそ速度が落ちる。
同時に高度も下がってゆく。
──まだだ、まだうっかりするには早い。
もし今、反撃を食らえば、落下死するだけ。
一時の快楽に身を委ねるな、オレ。
「どれどれ……おおッ⁉ こりゃ、スゲェな!」
ドラゴンの背から身を乗り出して、はしゃぐ師匠。
そう言われると、気になってもくる。
泣く泣く師匠から視線を外す。
この姿勢からでも、世界樹の威容は確認できる。
……移動、してるよな、これ。
這ったまま眼下を覗いてやれば、絶句する光景が広がっていた。
無数の根が、地面から這い出て蠢いている。
凄いってか、気持ちが悪い。
『既に交戦状態のようだな』
「んだとぉ? オレサマより先におっぱじめたヤツがいるってのか」
おいおい、そりゃどんな馬鹿だよ。
これだけデカいの相手に、無謀が過ぎるってもんだぜ。
もちろん、師匠は別だが。
「おい、さっさと降ろせ! 獲物が横取りされちまう!」
師匠……オレらのほうが、今から横取りするんですが。
『少し待て。そばに降りても、すぐ置き去りにされるのがオチだ。もっと先行しておかねば』
「まどろっこしい! 勝手に降りるぜ!」
「え、師匠⁉」
言うが早いか、躊躇なく飛び降りてしまった。
『堪え性のない……小僧はどうするのだ?』
「オレは安全に降ろして欲しいッス」
師匠の真似をしてたら、命が幾つあっても足りやしない。
『どうやら、こちらにも先客が居るようだな』
無謀な連中ばっかりだな。
進行方向からして、人族の領分のはず。
なら、人族が抵抗しているのか。
『降ろしたら我も世界樹へと向かう。命を落とさぬよう、気を付けろ』
「わ、分ってるッス」
どうせオレにできることなんて、ありはしないだろう。
師匠ならともかく、素手であんなデカブツに敵うはずもない。
「うわー! でっかい! 何これ⁉」
「ドラゴンね。色からしてクリムゾンドラゴンみたいだけど」
んんん?
どっかで聞いた覚えのある声のような……?
地面に降りたのを確認した後、ドラゴンから飛び降りる。
『ではな。お互い、生きていれば、また会おう』
「うッス」
オレは死ぬような無謀な真似はしないけどな。
「あああァーーーーーッ‼」
「あん?」
至近距離から大音声が放たれた。
思わず眉を顰めながら、そちらを振り返る。
「──は?」
「あ、あ、あ、馬鹿アニキーーー!」
「ぐぼォ⁉」
な、何で此処に妹が……⁉
あと、どうして殴った⁉
「馬鹿アニキ、馬鹿アニキ、馬鹿アニキーーー‼」
「おい、こら、殴るのを止めろ。いてぇよ!」
「ちょっと、ほら、落ち着きなさい。さっきのドラゴン、やっぱりサラマンダーの所に居るドラゴンだったのね」
「アルラウネさん、お久しぶりッス。いやー、相変わらず素晴らしいお姿ッス!」
「ええ。アナタも相変わらずみたいね」
「変態! 馬鹿!」
「だからいてぇっての!」
最初の一撃とは違い、子供の駄々のようにポコポコ殴ってきやがって。
いや、威力からしてボコボコか。
「あの、まさかとは思うんスが、世界樹を止めに来た感じッスか?」
「そうよ。もっとも、アタシたちは後方支援という名の待機に近いけど」
「じゃあ、さっき戦ってたのって……まさか……?」
「エルフとボウヤよ」
「はあァッ⁉ 姐さんはともかく、ダチもッスか⁉」
ダチはただの人族だぞ⁉
挙句、無職って……何の力もありやしねぇじゃねぇか!
「──ッ⁉ オレの後ろに下がって! 何かが近づいて来てる!」
足裏から伝わる、複数の振動。
アルラウネさんと妹を背に庇い、接近する何かに対峙する。
ありゃあ…………馬、か?
ケンタウロス、ってわけはねぇか。
砂塵を上げてこちらへと迫ってくる。
馬の上には鎧姿。
ついさっき見た格好の連中だ。
「人族かよ。面倒なこったぜ」
先頭を走る一頭が、速度を落とす。
それに合わせて、他の馬も速度が落ちた。
「オマエたちは此処で待ってな」
「「ハッ!」」
先頭の馬だけがゆっくりと近づいて来た。
やたらとガタイのいいヤツだ。
いや実際、他の連中よりも二回りはデカい。
異様に丸い銀色の鎧を着込んでやがる。
──コイツ、結構強そうだな。
声の届く距離で、馬の足が止まる。
「馬上から失礼。魔族の先兵……ってわけじゃねぇみてぇだな」
「あん⁉」
「おっと、先に言っとくが、こっちに戦闘の意思はねぇぜ」
「じゃあ何しに来やがった」
「世界樹の異変を察して来てみたんだが……そっちの目的も、世界樹進行の阻止って感じだと助かるんだがねぇ」
「どうだかな。こちとら、同じ鎧姿の連中が、世界樹を壊してるのを見かけたばっかりでね」
「……ほぅ。そうかいそうかい。そりゃあ信用ならねぇのも、無理ねぇわな」
「またぞろ、世界樹を破壊しに来たってわけかよ」
「いいや違う。止めに来たのさ。なんせ、この先には町があるもんでね。急ぎ避難をさせてもいるが、間に合いそうもねぇ」
ハッ、んなもん、信用できるかっての。
「あ、アニキ。あそこには父ちゃん母ちゃんが……」
「あん? ……おいまさか、嘘だろ?」
アレ、親父とお袋の居る世界樹なのかよ⁉
ドリアード様、何やってやがんだ⁉
「残念ながら本当のことよ。恐らく、さっき言ってた2本目の倒壊が、暴走の切っ掛けになったんだわ」
「じゃあ、師匠を止めねぇと! 全部燃やしちまうぜ⁉」
「……どうやら、そっちにも事情があるみてぇだ。ここはひとつ、協力ってわけにはいかずとも、争うのは止めておかねぇか?」
「人族の言葉なんぞ、信用できるかよ」
「話してるのは同じ言葉のはずだがな」
「くだらねぇ揚げ足取ってんじゃねぇ!」
闘気を解放する。
馬たちが一斉にビビり散らかした。
「戦うのが望みかい? 目的を間違えてやしねぇか?」
コイツ、全く動じてやがらねぇ。
胆力も相当ってわけかよ。
「止めなさい」
「ッ⁉ け、けどよぉ……」
「条件は一つ。世界樹を破壊しないこと。もし違えれば、アタシが人族を滅ぼしてやるわ」
「おっかねぇな。けどその条件、呑むぜ。どの道、そんな手段は持ち合わせてねぇがな」
「……いいんスか?」
「優先順位を間違えないこと。世界樹は一刻も早く止めないと不味いわ」
「父ちゃん母ちゃん……」
「クソッ」
仕方なく、闘気を抑える。
「おいおい、納得してる風じゃねぇな」
「人族が世界樹を破壊したのは事実。いずれ報いは受けてもらうわよ」
「……ああ、覚悟はしてるぜ」
「? それで、そっちは何ができるのかしら?」
「悪いが足止めが精々ってとこだ。避難の時間稼ぎに出張って来ただけだしな」
「世界樹を足止めだぁ? 吹かすんじゃねぇよ」
「とっておきがあるのさ。ま、部下は使えねぇんだがな」
「なら、最終防衛線が妥当なところかしら」
「否やはねぇぜ」
目の前でウロチョロされるよかぁマシか。
ダチも親父とお袋も、助けなきゃだしな。
日和見してるってわけにゃ、いかなそうだぜ。
本日は本編90話までと、SSを1話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




