SS-38 姉の闘い⑤
根の上を素早く移動してゆく。
足場とするのは一瞬。
その僅かな合間に、魔力を吸収しておくことも忘れない。
最後に、大剣で斬り刻んでやる。
移動、魔力吸収、攻撃。
繰り返しながら、弟君からできるだけ離れるよう心掛けて。
世界樹の正面から、側面へと向かう。
『──おのれぇ! 母をこうも傷つけおるか!』
そうそう、もっと怒りなさい。
弟君じゃなく、アタシを狙うように。
精々、魔力を無駄遣いして頂戴。
さらに駄目押しよ!
斬撃を敢えて遅らせ、大剣に魔力を纏わせる。
根が十分集まったのを確認し、放つ。
≪覇及≫
高速の回転斬り。
波紋の如く、剣閃が同心円状に広がってゆく。
触れたものを悉く切断しながら。
一気に包囲が消滅する。
『──逃さぬ!』
が、すぐさま断面から新たな根が生えてくる。
鋭い先端が、串刺しにせんと伸びる。
回避よりも攻撃を。
そのほうが消耗させられる。
迫る根を片っ端から斬り捨ててゆく。
『──ええい、忌々しい!』
苛立ちを滲ませる声。
母をあれほど敬っていたはずなのに。
今や守るどころか、犠牲を強いている始末。
攻撃を加えているアタシが言えた立場ではないのかもだけど。
それでもムカムカしてくるのは止められやしない。
堪らず叫ぶ。
「いい加減にしなさいよね! 自分が何をやってるのか、本当に理解してる⁉」
『──妾が正気か疑っておるのか』
「そうよ! こんな真似したって、徒に母を傷つけるだけじゃない!」
『──今まさに傷つけておる其方が口にするか』
「目的が全然違うっての! 馬鹿な真似を止めたいから、こうしてるんじゃない! 馬鹿ッ!」
『──愚かなりしは人族じゃ。一度ならず二度までも蛮行をしおってからに。罪には罰を、当然の帰結じゃろう』
先程までとは違い、声は静かだ。
けどだからこそ。
残る理性で、怒りを抑制しているように感じる。
これ以上刺激するのは不味いかもしれない。
本当に取り返しがつかない事態になりかねない。
それこそ、全ての世界樹を動かすとか。
暴挙が過ぎる。
魔力が持つはずない。
枯渇してしまえれば、精霊に取っては致命。
影響はドリアードだけでは済まない。
コロポックルたちは当然として、この世界に住まう精霊全てに影響する。
アタシの母だって含まれるんだから。
技を使ったから、魔力が減り気味。
一度幹まで移動して、補給したほうがいい。
邪魔されないためにも、もう一度技を放って、相手の動きを回復に誘導しておくほうが賢明か。
さっきの技だと、すぐに再生されてしまった。
もっと不特定多数に攻撃したほうが、妨害としては向いているかも。
大剣に魔力を込める。
次の着地と同時に放ち、幹へ直行しよう。
──今だ!
≪覇瀾≫
連続して大剣を揮う。
狙いなど定めない乱撃。
剣閃があちこちへと放たれ、根を傷つけてゆく。
剣の魔力が尽きると同時、幹へ向け跳び出す。
と、進行方向に障害物。
咄嗟に剣を揮う。
見れば、周囲は新たな障害物で溢れていた。
いや、今なお、上空から降り続いている。
巨大な葉。
家など容易く潰せそうなほど。
世界樹が落葉しているのだ。
『──何処に行くつもりじゃ。ほれほれ、たんと斬るがよいわ』
こちらの狙いを読まれた⁉
意趣返しのように、魔力切れを狙ってきたのか。
予め魔力を枯らしているのか、葉から魔力が吸収できない。
ただの障害物。
避けるには大き過ぎるし、斬るにしろ数が多い。
厄介なことに、根が葉に覆われてゆく。
やっぱり魔力を回復させないつもりだ。
無理矢理に進むか?
いえ、こちらの狙いが看破されている以上、悪手になる。
この分だと、幹にも何か仕掛けている可能性がある。
仕方がない、一度離脱しよう。
葉を避け、目指すは地面。
何も世界樹だけが魔力源となるわけじゃない。
空気中にだって僅かながら漂ってもいる。
当然、大地にも。
さっきは世界樹に触れることで、間接的に大地へと干渉して石壁を発生させた。
けど、直接触れれば、それだけ効率は上がる。
落下は一瞬。
踏み潰さんと迫る根の群れ。
大地に降り立ち、精霊としての権能を揮う。
先端を鋭く尖らせて、視界一杯に隆起する。
次々と根を返り討ちにしてゆく。
その間に魔力の回復を図る。
さっきまでとは違い、魔力の回復は最小限に留めおく。
消耗させるべきは世界樹のほう。
大地ではない。
大剣を上段に構え、魔力を込める。
根も、葉も、悉く削り取る。
≪覇濤≫
一閃。
真っ直ぐ幹へ向かう剣閃。
破壊の波が、触れるもの全てを消滅させてゆく。
それを追い駆けるように、跳び出す。
幹へと辿り着く。
一気に魔力を吸収する。
妨害は……今のところない。
──妙ね。
こちらの狙いは察していたはず。
幹に何か仕掛けがあるかと構えていたのだけど。
考え違い?
いえ、まだ気を抜いては駄目。
相手が予想どおりに動いていないなら、相手は違う手を打ってきてるのだ。
この場に長居するのは、よくあるまい。
魔力吸収を中断し、離脱を図る。
『──ちょこまかと、落ち着きのないことじゃな』
強烈な危機感。
方向は──幹から⁉
大剣を盾代わりに構え、背後へと全力で跳び退く。
視界一杯に広がる何か。
追い付かれる!
相手のほうが速い。
不明な攻撃を受けるのは下策。
防御から攻撃へと転ずる。
覆い被さってくるソレを、斬り刻む。
「──ッ⁉」
硬い⁉
まるで硬い金属にでも打ち付けたような手応え。
技じゃないと突破できない。
しかし、実行に移す間も無く、視界が闇に閉ざされた。
何かに閉じ込められた?
『──いつまでも通用するとは思わぬことじゃて。次が控えておる。大人しゅう潰れておれ』
次って……まさか、弟君のこと⁉
させない!
絶対に!
不明な視界で、足元に剣を突き立てる。
当然のように刺さりはしない。
が、構わない。
剣に魔力を込める。
出し惜しみはなしだ。
此処を脱しなければ、意味がない。
限界まで魔力をつぎ込み、解き放つ。
≪覇獄≫
あらゆる拘束を脱する、破壊の力。
剣を中心に、力が周囲へと伝播する。
光が差し込み、どんどんと数を増してゆく。
亀裂が生じているのだ。
剣を再び足元へと突き立てる。
それを契機に、覆いが全て剥がれた。
『──容易く破ってみせるか。げに恐ろしき力じゃな』
そりゃあそうだ。
何せ全力行使したのだから。
あれで脱出できなければ詰みだった。
『──しかしその力、連続して使えるかのう』
今度は視認できた。
けれど、見る以外の行動は叶わなかったが。
幹から伸びる、巨大な腕。
さっきもアレに捕まれたのか。
避けられない。
為す術なく捕まり、再び暗闇に閉ざされてしまう。
『──ふむ、また魔力を吸収されても敵わんか。ならばこうするか』
「ぐうぅッ⁉」
全身に凄まじい加重。
けれどもすぐに光が戻る。
この身は、遥か上空へと投げ飛ばされていた。
本日は本編90話までと、SSを2話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




