85 無職の少年、対世界樹戦開始
眼前の光景を、形容すべき言葉が見つからない。
想像でも夢の中でも、こんなモノを見るのは初めてだ。
自走する木という異様。
太さだけで身の丈の数倍はあろう根が無数に、蠢いて移動してゆく。
大地を抉り、砂煙を巻き上げながら、人族を滅ぼさんと横切る。
「……想像するのと実際に目の当たりにするのとじゃ、迫力が段違いね」
「もっと先行しないと、今みたいに一瞬で置き去りにされちゃうわね」
アルラウネさんと姉さんが、それぞれ感想を漏らす。
いや、姉さんのは感想ではないのか。
「ウチが全力で走っても、あんなのに追いつけないよぉー⁉」
「下手に接近するよりかは、離れてたほうがいいわ。正直、アタシたちじゃ力不足過ぎるわ」
「一応、岩で進路を妨害してみるつもりよ」
「こっちの援護は、あまり期待しないでね」
「ええ。無理はしなくていいわ」
今度は僕に向き直って、姉さんが告げる。
「いい? 弟君、よく聞いて。魔装化は防御重視で。武器か手で世界樹に触れて、魔力を吸収するのよ」
「……やってみます」
「もし振り落とされた場合、勝手に動かず、お姉ちゃんが迎えに来るのを待つこと。分かった?」
「分かりました」
「お姉ちゃんって呼んでくれれば、すぐに駆け付けてあげるからね」
冗談なのか本気なのか、判別し辛い。
「えっと……はい」
「移動と同時に魔装化するわよ。じゃあ、行きましょう」
≪門≫
姉さんに腰を抱かれて跳び込む。
移動した先は、世界樹正面。
新種の化け物のように、巨大な根がこちらを呑み込まんと迫る。
≪魔装化≫
イメージするのは頑強な鎧姿。
すぐさま魔装化を行い、世界樹へと一気に迫る。
速い。
それも、物凄く。
人馬の集落で抱えられて移動した時とは、段違いの速さ。
風景が流れるなんてモノじゃない。
一瞬で切り替わるような感覚。
気が付けば、無数の根の只中にあった。
大地を砕く轟音。
もう音というよりかは衝撃だ。
まるで捕食されかけているようにも感じる。
そんな根の群れからも脱し、世界樹の根元へと辿り着いた。
「聞こえる、弟君!」
「はい!」
轟音に掻き消されぬよう、互いに耳元で大声を出す。
「幹に手を突いて、魔力を吸収するのよ!」
「やってみます!」
当然、移動中の世界樹は安定などとは縁遠い。
今なお、激しく上下に揺れ続けている。
姉さんに覆い被さられるようにして、幹へとしがみ付く。
手と言わず、身体ごと幹に接触している状態だ。
魔力を吸収……えぇっと、どうイメージすればいいだろうか。
吸収……回復……エーテルを飲むような感覚かな。
緑色の液体を取り込むイメージ。
ジワジワと、身体に何か熱いモノが流れ込んでくる感覚。
多分、これでできてると思うけど。
「いいわ、その調子よ!」
状態が伝わったのか、そう声が掛けられる。
「もし魔力が溢れそうなら、魔装化で移動の妨害を試してみて!」
「分かりました!」
「でも、世界樹への攻撃は厳禁よ! 反撃される恐れがあるからね!」
「はい!」
言われたとおり、力が消耗するどころか、溢れてくるような感覚がある。
攻撃しないように妨害って、結構難しいと思うんだけど。
どうしようか迷っていると、姉さんが動いた。
幹から片手を離し、根のほうへ向けて腕を横に振るう。
呼応するように、地面が隆起した。
根の先に見えていた風景を遮る。
岩壁。
根の高さを優に越えて、世界樹の進行を遮る。
当然、止まることなど叶わず、速度が乗ったまま激突した。
宙に浮く身体。
幹からも姉さんからも離れてしまう。
根の群れが岩壁へと殺到し、粉砕している。
巻き込まれれば耐えきれるか分からない。
あそこに落ちるのはマズい。
イメージするのは、アルラウネさんの蔦。
幹へ移動したいが、太さがあり過ぎて巻き付けない。
突き刺せば容易いのだろうけど、攻撃しないよう言われている。
仕方なく手近なものへと巻き付けてゆく。
周囲で蠢く無数の根だ。
1本1本が僕の身体より何倍も太いけど、幹に比べれば十分細い。
左右に複数本伸ばし、ひとまず落下を免れる。
どうにかして幹へ戻らないと。
いや、何も幹じゃなくたって、世界樹の一部に触れてさえいれば、魔力は吸収できるのか。
ならばと、蔦を更に増やして伸ばす。
片っ端から根に巻き付け、魔力を吸収してやる。
根の動きを鈍らせれば、妨害になるだろう。
蔦で動きを止めるには、こちらの力が絶望的に足りない。
けど、根同士なら、力は互角なはず。
蔦で根同士を括りつけてやる。
幾ら魔力が余ってても、全部を拘束するのは無理そうだ。
姉さんは何処だろうか。
無事だとは思うけど。
遂に岩壁を突破したのか、再び元の風景が戻ってきた。
かと思いきや、待ち構えているのはまたしても岩壁。
姉さんの仕業に違いない。
吹き飛ばされないよう、蔦の拘束を強める。
激突。
轟音、衝撃、揺れ。
既に気持ちが悪い。
これで、どれぐらいの足止めになっているのだろうか。
魔力切れまで、後どれぐらいかかるんだろう。
『──妾の邪魔をするつもりか』
突然、全ての音を遮り、ドリアードさんの声だけが響き渡った。
ブルッ。
全身に震えが走る。
慌てて周囲を見回すが、何処にも姿は無い。
声だけ聞こえたのか。
けど、妨害には気が付かれたみたい。
あんな岩壁が突然現れれば、そう考えるのも無理はないだろうけど。
『──疾く去ね。其方たちを巻き込みとうはない』
まるでこちらが見えているような物言い。
声に怒りは無い気がする。
それでも、止めるつもりはないんだね。
『──妾がより住み易い世界へと変えてやろう。事が済むまで、大人しゅう待っておれ』
駄目だよ。
それじゃあ、駄目なんだ。
世界樹が滅ぼす中に、アイツが含まれているなら。
見過ごすことなんて、できないよ。
僕のすべきことなんだ。
誰にも邪魔はさせない。
邪魔するなら、容赦はしない。
もうこちらの存在は露見している。
なら、攻撃を控える必要もないだろう。
蔦に力を加える。
強く強く。
拘束を強め、締め付け、捻じ切る。
根を断つ。
断つ、断つ、断つ。
次々と。
捕らえたものは須らく。
『──無駄じゃ』
断たれた根が、生え代わる。
次々に。
そうして全ては元どおり。
戦いは終わらない。
本日の投稿は以上となります。
次回更新は来週土曜日。
お楽しみに。
【次回予告】
巨大な世界樹を相手取る少年と姉。
そこに現れるのは果たして……?
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




