83 無職の少年、世界樹暴走
突然、ドリアードさんが叫んだ。
様子の急変に、理解が追い付かない。
こちらに構わず、事態は進行した。
激震。
世界が揺れる。
あまりの勢いに、椅子から吹き飛ばされた。
来たる衝撃に備える。
ポスッ。
が、予想に反して、痛みは訪れなかった。
代わりに、柔らかい感触が迎える。
視線が要因を捉える。
までもなく、理解はしていた。
姉さんが抱き留めてくれたのだ。
立っていられる状況でもなく、地面に倒れ込むようにして互いに抱き合う。
「──────」
姉さんが何かを言っているが、揺れに伴う轟音で聞き取れない。
多分内容は、怪我がないかとか、心配しないでとかだと思う。
未だ、激しい揺れは継続している。
下手に喋ることもままならない。
返事の代わりに少し抱きしめる力を強める。
応じるように姉さんも強く抱きしめ返してくれた。
揺れる視界の中、みんなの姿を探す。
まず捉えたのは、いつの間にか巨大化したブラックドッグの姿。
前足で2体のスライムを踏み潰し──いや、揺れから守っている。
アルラウネさんと妹ちゃんは、同じく地面に倒れていた。
ハッキリとは分からないけど、緑に覆われているっぽいから、アルラウネさんが蔦で庇ってるのかも。
ドリアードさんの姿だけは、何処にも見当たらなかった。
揺れの所為で気持ちが悪い。
情けないけどグッタリして、地面に体重を預ける。
と、いきなり揺れが激減した。
風景も様変わりする。
壁が消え、平野が広がる、どこか見覚えのある光景。
「弟君、大丈夫⁉」
声も普通に聞こえた。
気持ち悪さを抑え、どうにか返事をする。
「えぇ、何とか……けど、ここは……?」
「ケンタウロスの集落よ。今はもぬけの殻のはずだけどね」
なるほど。
どおりで見覚えがあったわけだ。
きっと、門で移動してくれたのだろう。
「あ! 他のみんなは⁉」
「大丈夫。置き去りになんてしてないわ」
慌てて見回すと、確かにみんなの姿もあった。
不思議なのは、アルラウネさんから伸びた蔦が全員に絡みついていること。
「何とか身振り手振りで伝わって良かったわ」
「全くよ。あのまま揺れに晒され続けたら、堪ったものじゃないもの」
シュルシュル。
蔦がアルラウネさんの元へと戻ってゆく。
「何だったの、アレ⁉ 訳分かんないよぉー」
「ドリアードが何かしたみたいだったけど」
「いえ、その前に人族が動いたのよ。また世界樹が倒されたんだと思うわ」
アルラウネさんの言葉に、姉さんがそんな返事をした。
また世界樹が?
なら、さっきの揺れもそれが原因?
「ドリアードが何をするつもりなのかは、アレを見れば一目瞭然なんじゃない?」
姉さんが指さす方向。
みんなと同じように、そちらを注目する。
「世界樹が……動いてる……?」
無数の根が地面から這い出て、蠢いている。
巨大過ぎて分かり辛いけど、向かっているのは人族側?
「あの世界樹って、さっきまでウチたちが居た所なんじゃ……」
「よっぽど頭に血が上ってるみたいね。母そのものを動かすほどに」
「父ちゃん母ちゃんを助けないと!」
ドクンドクン。
胸が疼く。
妹ちゃんの悲鳴のような叫びが、辺りに響き渡る。
「確かに、世界樹の集落は、今なお揺れに晒され続けているはずよ」
「けど、コロポックル無しじゃ、アタシの門では向こうに戻れないわ」
「そんなぁ⁉」
「こうして出てきた以上は、もう自力では戻れない。どうにかして、外から止めるしかないわ」
「止めるって、相手は世界樹なのよ⁉ あんな巨大な物をどうやって止めるって言うの⁉ 無理に決まってるでしょ!」
「止められなければ、被害は集落の皆だけに留まらない。進路上にある全てが、抵抗する間も与えられず踏み潰されるでしょうね」
「それは……だけど、どうやって」
「こっち側から追い駆けたんじゃ間に合わないわ。先回りして待ち構えましょう」
「待ちなさいよ! 勝手に動こうとしないで!」
「何よ? 反対するつもりなの?」
「いくらアンタでも、ドリアードの力には敵いっこないでしょ! もうアタシたちには、どうしようもないわよ」
「じゃ、じゃあ、父ちゃん母ちゃんは……?」
ドクンドクン。
胸が疼く。
「……残念だけど」
「そんなの嫌ぁー‼ うわあぁーーーん‼」
一気に場が騒然となってしまった。
誰がどう見ても、無理だ。
世界樹が動き出すなんて、誰が想像できただろうか。
空を飛ぶか、よっぽど速く移動できない限り、逃げられやしない。
そう、人族はもう助からない。
…………いや、それじゃあ困る。
アイツを倒せなくなる。
倒すために助けなきゃならないなんて、訳が分からないけど。
例えドリアードさんだろうと、それだけは許せない。
「僕も行きます」
「何言ってるの⁉ ボウヤも行っちゃ駄目よ!」
「止めないと、目的が無くなってしまうんです」
「駄目! とにかく、アタシたちの力じゃどうしようもないの。せめて、他の上位精霊を頼らないと」
「……それもそうね。気が動転してたみたい。当てにできそうなのは、母とサラマンダーぐらいかしら」
ドクン。
胸が疼く。
「2体居てくれれば、何とかなるかしら……?」
「そう願うわ。他は住処に移動もできないし」
「この場所からも、早く移動したほうがいいでしょうね。またいつ人族が襲ってこないとも限らないのだし」
「はいはい、取り敢えず賢者の所にでも避難していて頂戴」
≪門≫
「……あら? おかしいわね」
「何よ、どうかしたの?」
「繋がらないわ」
「はぁ?」
「昨日はできたのに……どうして……?」
「あの、世界樹が倒されたからじゃないですか? 前もそれで移動できなかったんですよね?」
「うーん、ここまでの移動ができてるのは何故かしら」
「できないことを考えるより、できることを考えるべきじゃなくて? 精霊の住処への移動はどうなの?」
「試してみるわ」
≪門≫
「……やっぱり駄目ね。一定以上の距離で繋がらなくなってるのかも」
「じゃあ、助けも呼べないってわけね」
希望の後の絶望。
妹ちゃんの泣き声だけが、辺りに響き渡った。
二章の山場へと突入してゆきます。
本編85話まで投稿します。
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