SS-37 オーガ兄の闘い①
大地が罅割れていた。
原因はもちろんのこと、倒れた世界樹によってに違いあるまい。
幹は大地へと沈み込み、姿を半ば埋めている。
そして周囲の大地もまた、谷のように陥没していた。
異様な地形。
そんな場所を、赤い影が物凄い速さで移動してゆく。
引き離されぬよう、必死に追い駆ける。
師匠の目指す先には、複数の人影が見えてきている。
あんな連中が、世界樹の倒壊を成し得たのか?
人族。
どいつもさして強そうには見えない。
…………いや。
1人だけ、妙な気配のヤツが混じってるな。
他にも鎧姿のヤツは居るが、そいつだけ違う装備をしてもいる。
アレは師匠の獲物になるだろう。
なら、他の連中はオレが片付けておかないとな。
谷を抜け、対岸に辿り着く。
少し前から、こちらに気が付いていたのだろう。
鎧を着てないヤツが馬で逃げてゆく。
一方で、鎧姿の連中は、全員残って対峙する腹積もりのようだ。
まぁ、なんつぅか。
力量差も推し量れない程度の連中らしい。
「よう、オマエらの仕業だよな?」
色々と省かれた問い掛けが、師匠から発せられた。
「フゥ……これほど早く、魔族に接敵するとは。いやはや、ツイてないですね」
真っ先に応じたのは、妙な気配を発してるヤツだった。
他の連中は銀色の鎧なのに対し、頭の天辺から爪先まで、真っ白い鎧を着込んでいる。
「オレサマの相手は、オマエがしてくれるってわけか」
「見逃してくれるならば、このまま退散させていただきますがね」
「抜かせ。闘気が漏れてるぜ?」
「おっと、気が逸ってしまいましたか。どうにも魔族って存在が苦手なようで」
「さっきから魔族呼ばわりしてやがるが、オレサマは別口だ」
「……と、仰いますと?」
「知りたきゃ拳で語らせてみせな!」
師匠が一気に距離を詰め、もう殴り掛かっていた。
が、寸でのところで剣で受け止められている。
「グッ⁉ 随分と好戦的な手合いのようですね」
「これぐらいの速度には付いて来れるってわけか。なら次はどうだ?」
乱打乱打乱打。
師匠の拳が複数に見えるほどの速度。
相手の剣など、追い付けるはずもない。
容易く剣を破壊し、相手を一瞬でボコボコにした。
「……どうやら、速度では敵わないようですね」
「ほう? 今のを耐えたってか。頑丈さが取り柄ってわけか?」
んな馬鹿な。
まだ本気じゃないとはいえ、岩ぐらい容易く砕いてみせる拳なんだ。
あれだけモロに食らっておいて、鎧が凹みすらしてないなんて……。
「副団長代理! 代わりの剣を!」
「おっと。どうも、助かります」
「馬鹿弟子! ぼさっと突っ立ってんじゃねぇ! 雑魚は片しとけ!」
「う、うッス!」
いかんいかん。
悠長に観戦してる場合じゃなかった。
銀色の連中は倒しておかないと。
師匠たちの横を駆け抜ける。
「────おっと、部下に手出しはさせませんよ」
ヒュン。
下から斜め上へと、剣閃が放たれていた。
遅い遅い。
速度を落とさず、サイドステップで躱して奥へと駆ける。
「余所見してる暇なんかねぇと思うぜ」
「クッ⁉」
そんな声を背に聞きつつ、まずは1人目!
剣を正面に構えたまま、動けずにいるヤツを殴り飛ばす。
「ガハッ⁉」
残り6。
足は止めない。
軸足を支えとして回転。
次へと突撃する。
「こ、こいつ!」
遅いっての。
口より先に身体を動かせよな。
相手は得物あり。
剣、槍、弓。
ハッ、それがどうした!
距離を詰めれば、全部こっちの間合いだ。
「ギャッ⁉」
残り5。
1対1は不利と見たか、密集しだした。
構わず真正面へ突撃。
「やれ!」
斬り、突き、射る。
タイミングは悪くねぇ。
だが、そいつは速度が変わらなかったらの話だ。
足を踏み込む。
一際強く。
狙うは剣持ち。
他は点だが、あれだけ線の動き。
より速く駆けてやれば、先に攻撃が届くのはオレのほうだ。
身体を正面へと撃ち出す。
剣より拳のほうが速いんだよ!
「んな、ば──グボォ⁉」
残り4。
それも至近に。
集まってくれて大助かりだぜ!
滑るように移動する。
そして殴る。
都合4度。
それで終いだった。
さてっと。
倒しはしたが、まだどいつも息はある。
油断大敵。
きっちりトドメを刺しておくべきだわな。
得物に頼るのは主義に反する。
頭を踏み砕けば済む話か。
「────馬鹿弟子! 跳べ!」
疑問など抱かない。
思考を介さず、その場から全力で跳び退く。
すると、先程まで居た地面から、光の剣が無数に生えてきた。
見たこともない攻撃だ。
空中から周囲を見渡す。
円形に展開された光の剣の群れ。
その中心に居たのは、例の白い鎧だった。
地面に手を突いた姿勢。
アイツの仕業らしいが、何をしやがったんだ?
師匠の声がなけりゃ、オレも今頃は串刺しかよ。
ご丁寧に、味方の身体は避けてやがる。
野郎……マジで何者だ?
範囲外へと着地。
が、油断せずに更に距離を取る。
攻撃は地面からだけなのか?
空中にも出せるなら厄介だが。
と、地面を覆っていた剣群が消え失せた。
敵が地面から跳び退いている。
地面から手を離すと、アレは使えないのか。
「面白れぇ! だが、不意打ちするには速度が足りねぇな」
「部下を死なせるわけにはゆきませんからね」
さっきの攻撃。
あれはオレへの牽制だったってわけか。
師匠と戦いながら、こっちの様子まで窺ってやがったのかよ。
「弱いヤツの面倒を見てやるたぁ、群れの長としては上等だ」
「それはどうも」
「だがな、力を無駄に使ってる余裕はねぇと思うぜ?」
「無駄ではありませんとも。現に彼らは救えた。彼らが生涯に於いて何を成すかなど、神ならぬ身には分からぬでしょう」
「いいや、分かるぜ。オレサマを倒せなきゃ、揃ってお終いだってことがなぁ!」
≪光縛≫
「グッ……さっきといい、今といい。魔法が使えるってわけか」
突如、光の鎖が現われ、師匠を拘束した。
「これも、世界樹を破壊した影響でしょうかね。何が幸いするか分かりません」
まほう……魔法?
精霊様が封印したんじゃなかったのか?
いや、世界樹を壊して回ってるのは、封印解除のためだったのか?
「こんなもんじゃ、オレサマは止められねぇぜ!」
師匠が鎖を引きちぎる。
鎖だったものが粒子となり霧散してゆく。
「……でしょうね。もっと強力なのが必要そうですか」
「あるなら出し惜しみせず使いやがれ」
「まだ慣れていませんもので。時間をいただければ、それも叶うでしょうがね」
「見逃してやる気はねぇな」
「それは残念。では、もう少しだけ頑張るとしましょうかね」
「少しだと? 足りねぇよ、全然足りねぇ」
「どうでしょうか。何かが起きる。そんな予感がずっとしているんですよ」
「気持ちの悪いヤツだな。真面目に喧嘩しやがれってんだ!」
世界が揺れる。
「あん?」
「おっと、これは……」
長い揺れ。
止まらない。
『厄介なことになったぞ』
「まさか、オマエの仕業か?」
『違うわい。世界樹に異変だ。止めねば大変なことになる』
「また世界樹かよ」
頭上から影が差す。
巨大な赤いドラゴンが飛んできていた。
『あちらのほうが、余程に手強い相手だろう。どうする?』
「何だと⁉ あー、うー、うがぁーーー!」
白い鎧へと師匠が向き直る。
「いいか! 今回は見逃してやらぁ! 次こそは全力で相手しやがれ!」
「次回が訪れないことを願っておきます」
「連れてけ!」
『分かった』
ヤバッ!
このままだと置いて行かれそうだ。
慌ててドラゴンへと駆け寄る。
『……今代の勇者か。因果なものだな』
「おや、ご存じでしたか。ドラゴンとの因縁があったりするんですかね?」
『仇だ』
「……それはまた。厄介な天職もあったものですねぇ」
「おいおい、先約はオレサマだぞ! オマエは次だ」
『遠い昔の話だ。今代の勇者に責を問う気はない』
「それは何より」
『だが、世界樹の破壊は見過ごせぬ。いずれ戦うことになろう』
「……成程。そう言われては仕方がありませんね。またの機会にでも」
『是非もない。勇者が平和を乱すというなら、倒すに些かの躊躇もない』
「だ・か・ら、オレサマが先だっつってんだろうが!」
人族たちをその場に残し、ドラゴンが高度を上げてゆく。
アレが勇者……。
ダチの家族を皆殺しにしたヤツだったのか。
なら、オレにとっても無関係とは言えねぇ。
次は命を貰う。
本編85話まで投稿します。
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