82 無職の少年、再びの異変
食事を終えて、着替えを済ませたら、ドリアードさんの住処へと向かう。
道中で妹ちゃんにバッタリと会った。
足を止めて応じる。
「どう? 久々の団欒は堪能できた?」
「うん! あの、昨日はゴメンね」
「気にすること無いわ。それだけショックだったんでしょうし」
「ウチ、あんなに頭に来たの初めて。ワーってなって、ガァーってなって、グチャグチャになっちゃった」
凄い表現だけど、何となく分かる気がする。
どこから生じるのか。
感情の奔流。
すぐに呑み込まれて、我を失ってしまう。
「気持ちは落ち着いた?」
「……多分」
「家族とゆっくり過ごすといいわ」
ドクン。
胸が疼く。
「オネーチャンたちは、何処に行くの?」
「ドリアードの住処よ。昨日はアルラウネに投げっぱなしにしちゃったけど、アタシからも説明しとかないとね」
「付いて行ってもいい?」
「それは別に構わないけど、家に居なくていいの?」
「妙に世話を焼かれるから、居心地が悪いんだよぉ」
「それだけ心配してたのよ」
「かもだけどぉ。ずっとそばに居られるのはちょっとねぇ……」
それは……。
それは何て贅沢な悩みなんだろう。
もうどれだけ望んでも得られないモノ。
ズキン。
胸が強い痛みを発した。
掴むように胸を押さえる。
『トモダチ、ダイジョブ?』
『ドコカ、イタイ?』
素早く反応したのはスライムたちだった。
慌てて平静を装う。
「ううん、何でもないよ」
『シンパイ』
「本当に大丈夫だよ」
ブラックドッグの背に乗るスライムたちを撫でてやる。
『ナデナデ、スキ』
「あ! あのさあのさ、何でスライム増えてるの?」
こちらを見て、今度は妹ちゃんがスライムに反応した。
「その説明がまだだったわね。けど、アルラウネにも同じ質問されそうだし、住処に着いてからにしましょう」
ドリアードさんには、もう僕が説明したも同然なんだけど。
何だか、会話に割り込めない。
「えぇーッ⁉ 今教えてよぉー」
「嫌よ。絶対、二度手間になるもの」
「オネーチャンの都合じゃんかぁー」
「知りたいのは妹ちゃんの都合でしょ」
「ブーブー」
「もう、弟君よりも子供なんだから」
「うえぇーッ⁉ ウチの方が年上だよぉ!」
「知ってるわよ。精神年齢がってこと。さ、行きましょう」
姉さんに促され、歩みを再開する。
まだ賑やかに話している二人の後を、少し離れて付いて行く。
胸がモヤモヤする。
妹ちゃんが悪いわけじゃないんだけど。
やっぱり思い出すのは辛い。
ドリアードさんの住処に到着する。
既に植物で編まれた椅子に腰かけ、アルラウネさんと何かを話している真っ最中だった。
「おはよ」
「もう昼間近だけどね」
姉さんの挨拶に、すさかずアルラウネさんが応じた。
「そこは挨拶を返すのが普通でしょ」
「はいはい。おはよう」
「おはようございます」
「おっはよぉー」
『『オハヨウ』』
「――おはよう。ふむ、こう賑やかなのは久方ぶりじゃが、良いものじゃな」
みんな、一斉に挨拶を交わす。
ブラックドッグはしなかったけど。
「もう粗方話し終わった感じかしら?」
「――凡そはな。其方の報告も聞こうか」
植物の椅子が更に3つ増えた。
姉さんから順に座る。
足下にブラックドッグが伏せた。
「どこから話したらいいかしらね」
「はいはい! スライムが増えたところ!」
「そればっかりね。まぁいいわ。じゃあ、世界樹が破壊された日から話していこうかしら」
グノーシスさんの住処から戻ってきたあの日。
凄まじい揺れに見舞われて、日常が変わった。
外との断絶。
集落のみんなの不安と不満。
姉さんとすれ違うような生活。
デヴィルの襲撃。
庇ってくれたスライムが、死んじゃったかと思ったら2体に増えたりして。
あれから数日。
昨日、やっと外への移動が可能になった。
姉さんがアルラウネさんたちを迎えに行ったけど。
人族の襲撃後に到着し、石像の治療や人馬の避難をしたらしい。
「――人族が単独でゴーレムに敵うものかのう」
「ウチ、見たもん! 青髪の女が逃げてった!」
「他に覚えてる特徴はある?」
「えっとえっと……鎧姿で……変な形の槍を持ってた、かな」
「……聖都で戦った騎士っぽいわね」
青髪……以前見た、空色の髪を思い出す。
一緒に姉さんを探してくれた女性。
もしかして、あの人なのかな。
だとしたら、嫌な偶然過ぎる。
「オネーチャン、知ってるの⁉」
「魔装化っぽい力を使って槍を出現させたのよ。ごーれむちゃんが負けたのも、その力の所為かもしれないわ」
「――オーガの娘よ。敵の力については、何か見ておらぬのか?」
「えっとねぇ……変な槍が光ってたと思う。すっごく速く動いてて、矢も当たんなかった」
「――何か思い当たらぬか?」
「槍が光るっていうのは、見てないわね。それが奥の手だったのかも」
「それほどの力を持っていながら、何で攻め切らなかったのかしら」
アルラウネさんの一言に、場が静まる。
少し間を置いてから、姉さんが口を開いた。
「敵は間違いなく単独だったの? 他には居なかった?」
「遠くから沢山の火矢が飛んできたから、他にも居たはずよ」
「――ふむ、特殊な力を有しておるのは、ごく一部なのかもしれんな」
「普通の騎士たちは、妙な力は使えないってこと?」
「――かもしれぬ、という話じゃて」
何とも手持ち無沙汰だな。
こうして一緒に座ってるけど、話すことも特にないし。
訓練でもしてたほうがいいかもしれない。
席を立とうとする。
と、ドリアードさんの様子が一変した。
「――おのれ……おのれぇッ! 一度ならず二度までもッ!」
「ドリアード⁉」
「ちょっと、いきなりどうしたのよ⁉」
怒りを滾らせている。
誰から見ても分かるほどに。
姉さんやアルラウネさんが声を掛けるが、反応を示さない。
どこか別の場所を見ているような感じだ。
「――それが人族の選択というわけか。ならば、諸共滅びるがよいわ!」
ドリアードさんが叫ぶ。
まるで呼応するように、世界が激震した。
本編85話までと、SSを2話投稿します。
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