SS-34 女騎士の闘い②
未だ膨大な砂塵が舞う中、惨状が露わとなる。
大地は裂け、倒壊した世界樹を中心とした渓谷が形成されていた。
渓谷に沿い東進すると、世界樹は根元からへし折れていた。
それでも、巨大に過ぎるのは違いないわけで。
人はともかく、馬を渡らせるのは極めて困難と言えた。
無為に時間を浪費するのは避けたい。
工作兵と馬、それに護衛の騎士を残し、残りは徒歩にて越境を試みる。
最早、木と言うよりも山に等しい。
即席の足場を組みながら進む。
結局、世界樹を越えるのに、丸一日を費やしてしまった。
北、東、南、の三方向に斥候を放ち、魔族領での一夜が明けた。
夜も朝も、人族領と景色は変わらない。
別世界など、広がってはいなかった。
空と大地と草と木と。
禍々しさなどありもせず、何ら違いなどない。
未だに魔族との遭遇もなく、至って平和そのもの。
だが油断は禁物。
此処は既に敵地。
ワタシよりも肝が小さかったのか、騎士たちは寝不足気味の様子。
余程に緊張感を覚えているらしい。
斥候の戻りを待ち、行き先を決める。
北と南からは成果無し。
東に建造物在りの報。
馬は未だに世界樹の西側。
人力だけでは、荷物も左程多くは運べない。
大勢での移動は困難か。
5名ずつの2分隊を組み、残りは待機とする。
1分隊は実質荷運びになるだろう。
目的は戦闘ではなく情報収集。
と、勝手に定めている。
しかし、地形情報ですら計り知れない価値があるのは確か。
詳細な地図も無しに、大規模な侵攻など不可能だ。
情報は持ち帰ってこそ価値がある。
建造物とやらを調査し、成果の有無に関わらず撤退しよう。
石を積み重ねた壁が続く。
確かにこれは、建造物に違いあるまい。
かつての人族の住処か、あるいは魔族の棲み処か。
長年放置されたにしては、形状が保たれ過ぎている気がする。
ならば後者と判断を下す。
「内部調査を行う。1分隊はこの場で待機。1分隊はそのまま続け」
「「ハッ」」
荷物組を残し、壁へと接近してゆく。
が、侵入する方向が悪かった。
石壁と同化するように佇む石像。
それがこちらに反応を示して動き出したのだ。
「クッ⁉ 即時撤退しろ!」
彼我の距離はまだ十分にある。
危険を犯してまで、戦う必要はあるまい。
その判断もまた、遅かったらしい。
飛来してくる何か。
あれは……石壁の一部⁉
まさかの遠距離攻撃。
500メートル以上は離れているのに、だ。
「──ッ⁉」
不意の悪寒。
視線を上から正面へ。
すると、より速く迫る物体を視界に捉えた。
上は陽動か!
放物線を描かず飛来する石礫。
このまま撤退しても、背後を狙い撃ちされる。
≪召喚≫
剣では破壊できぬと判断し、槍を持ち迎え撃つ。
狙い違わず、石礫を粉砕する。
「ワタシに構わず撤退しろ!」
騎士たちに大声で告げ、皆とは反対方向、つまりは敵へと駆け出した。
距離を詰めるにつれ、敵の姿が露わとなってきた。
灰色をした、2メートル程はあろうかという石像。
奇怪なのは服を着ていること。
妙に可愛らしい服。
魔物が服を着ているなど、見たことはおろか聞いたことすらない。
ならば当然、アレは魔族。
知らない種族だか、凄まじい力なのは、先の遠投で容易に理解させられた。
とはいえ、遠距離ではこちらが圧倒的に不利。
そして、接近戦に於いても、こちらが有利とは限るまい。
敵の情報は得ておいて損はなかろうが、命には代えられない。
初撃で必殺を狙うのみ。
幾度目かの石礫を迎撃し、どうにか接近を果たす。
攻撃は狙いどおりに、ワタシに集中している。
石壁の内部が気にはなるが、倒したら即時撤退するべきだろう。
問題は、敵があと何体居るか。
この石像が複数体居るならば、全部倒すまで撤退は叶わない。
まずは1体目を仕留める!
槍に魔力を通す。
≪付与≫
雷を纏わせ、突撃する。
≪雷撃≫
落雷のような轟音を響かせ、敵の真正面をぶち抜いた。
……はずだった。
敵は未だ真正面に健在。
一瞬で敵を消し去るはずの必殺の一撃。
それを両手で、掴むようにして防がれていた。
「ここから先へは、ごーれむちゃんが通しませんデス!」
「ッ⁉」
頭上から降ってくる、場違いな程に可愛らしい声。
魔族なのだから、喋るのは当然か。
なのに、驚いてしまった。
喋り動く石像。
刻印武装の一撃をも防ぐ強敵。
想定外の非常に不味い状況だ。
相性が悪いのか、雷が通じていない様子。
突進の威力のみしか発揮されず、力負けしたらしい。
槍を掴まれた力が強過ぎる。
前にも後ろにも動かせない。
──ならば。
≪送還≫
槍を送り返す。
互いに硬直が解かれる。
この機を逃さず動く。
後ろではなく前へ。
相手に向け腕を突き出す。
≪召喚≫
槍が再び現れる。
周囲の空間を食い潰して。
「──────ッ‼」
声ならぬ声が上がる。
悲鳴は敵から。
胴を抉り、槍が出現したのだ。
槍は既に相手の体内に達している。
このまま決める!
槍に刻印された力は2種類。
風と火。
雷は派生に過ぎない。
雷が効かぬとも、火ならばどうか。
≪爆発≫
槍の周囲を吹き飛ばす。
相手の巨体が爆ぜる。
同時に、こちらの身体も後方へと吹き飛ばされた。
咄嗟に目を閉じたが、聴覚は爆発によって一時的に不能。
地面に倒れるなり、相手の姿を確認する。
胴の右側を円形状に喪失していた。
全体で見れば四割程だろうか。
程なく、地響きを立てて相手が仰向けに倒れた。
爆発の衝撃と魔力消費で、頭がクラクラする。
これ以上の戦闘は困難か。
全身の痛みを無視して、槍を杖代わりにヨロヨロと立ち上がる。
念には念を入れて、相手にトドメを刺しておくべきだろう。
頭部まで潰せば、未知の魔族と言えども死ぬはず。
背後から攻撃されては堪らない。
とはいえ、今の爆発を聞きつけ、敵の増援もあり得る。
すぐさま離脱するべきか。
「──ッ⁉」
再びの悪寒。
槍を盾代わりに、身を隠す。
間を置かず、槍に加えられる衝撃。
凄まじい威力。
身体が押された。
まだ音が聞こえない。
無音ではなく、不快な耳鳴りのような状態。
攻撃は石像側からだった。
つまりは、敵の増援。
遠距離攻撃を潰し切れなかったのは痛いが、戦闘継続は困難。
長居は無用。
脚に力を込めて、一気に後方へと駆け出す。
すぐに悪寒。
身を横に流しつつ、槍で応じる。
あまりの勢いに、槍の方が弾かれた。
持つ手が痺れている。
チラリと背後を窺う。
小柄な人影。
人族よりも赤みがかった体色。
別の魔族か。
耳鳴りに何か音が混じっている。
何かを叫びつつ、こちらに矢を射てきていた。
今のが矢の威力⁉
鎧すらも貫通してきそうだ。
狙いはそこそこ精確。
何度も防いではいられない。
一気に離脱するべきだろう。
残る魔力で槍の力を頼る。
≪付与≫
風を生じさせ、自身の足に纏わせる。
≪疾駆≫
加速加速加速。
魔力消費で頭が焼け付くようだ。
100M、200M、300M、400M、500M。
ぐんぐん離れる。
後方を振り返る余裕はない。
ただただ力尽きるまで走るのみ。
魔力切れで速度が激減する。
風も消え失せていた。
と、前方に複数の人影があった。
撤退させたはずの騎士たちが居並ぶ。
それも火矢を構えて。
「敵を近づけさせるな! 放てぇ‼」
ようやく聴覚が戻ったらしい。
ビュンビュンと飛んでいく火矢の群れ。
振り返れば、敵の数が増えていた。
あの馬の似姿は……確かケンタウロスと言ったか。
下半身が馬の魔族。
当然、機動性は馬並みだろう。
牽制せねば追い付かれていたのか。
「済まない。助かった」
「いえ、ご無事で何よりです。救援が遅れて申し訳ございません」
待機させていた分隊とも合流していたようだ。
「牽制しつつ後退せよ。皆と合流するぞ」
「「ハッ」」
どうにか生還できそうか。
魔族を1体倒すだけで、この有様。
本格的な人族の侵攻が始まったとして。
いや、魔族の侵攻が先んじるかもしれない。
そのとき、本当に敵うのだろうか。
本日は本編80話までと、SSを1話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




