77 無職の少年、戻らぬ姉
ドリアードさんの住処で、姉さんの帰りを待つ。
もう随分と長いこと、妹ちゃんやアルラウネさんに会ってない気がする。
最後に会ったのはいつだったかな。
確か……そう、狩りに同行した時だったような。
「──人族めが。決して許さぬ」
ドリアードさんから、そんな声が聞こえてきた。
声量こそ小さかったけれど、強い念が込められていた気がした。
思わず身を固くする。
『ドリアード様、子供が怖がってるポー』
「──む? おお、済まぬな。世界樹は妾の母たる存在。例え本体でなかろうとも、到底許せぬものではないのじゃよ」
ドクン。
言葉に反応して、胸が疼く。
許せないって気持ちは、僕と同じなんだろうか。
けれど、明確に違うのは、その数。
対象としているのは、特定の誰かなんかじゃなくて。
人族っていう、大きな括りなんだと思う。
そう、もしかしたら、僕すらも……。
「──無論のこと、其方を含んでなどおらぬ。安心せい」
『ドリアード様、お疲れポー』
『少しは休んで欲しいポー』
「──他に担えるモノもおらぬ。今は時間をこそ惜しむべきじゃろうて。事を成した後で、ゆるりと休む」
『心配ポー』
山程のコロポックルに囲まれている、ドリアードさん。
みんな、心配して集まってるのかな。
『イッパイ、イル』
『ウジャウジャ』
スライムの声に、コロポックルの何体かが反応を示す。
何故だか、こちらを不思議そうに眺め始めた。
どうしたんだろう?
『何で増えてるコロ?』
『フエタ?』
『ナニガ、フエタ?』
『スライムに決まってるポー!』
『ホントだポー!』
今度はブラックドッグの背に乗った、スライムの周囲に集まってくる。
そういえば、この状態になってから、会ってなかったかもしれない。
すっかり、周りを囲まれてしまった。
「──何ぞあったのかのう?」
「えっと、あの、この前、襲撃を受けたときに……」
「──世界樹の守りが弱まった時じゃな。魔族共めが、襲撃の機を窺っておったのやもしれぬ」
どうなんだろう。
思い返してみれば、襲撃と呼ぶにはおかしい気もしてくる。
もっと大勢で来そうなものだけど。
疑問はともかくとして、何が起こったのか説明してゆく。
そして、とある単語に強く反応を示した。
「──厄介なことじゃわい。よもや魔王までが来ておったとはのう」
『マオウサマ?』
『ドコカナ?』
スライムまで反応してたけど。
よっぽど好きなんだね。
「いえ、その女の子は特に何かしたわけじゃなくてですね──」
そうして続きを話し始めた。
「──つまり、男のデヴィルめが狼藉を働いたわけじゃな」
「そうなりますね」
あの時。
戦わずに逃げていたら、どうなっていたのだろうか。
スライムがあんな目に遭わされて。
逃げるなんてこと、できるわけないんだけど。
『ヤラレ、チャッタ』
『マオウサマ、アエナイ?』
「──彼の魔王とは別モノじゃ。会ったところで、懐かしむことも叶わぬぞ?」
『アウ、ダメ?』
「──友好的かは疑問が残るしのう。また危ない目には遭いとうないじゃろう」
『トモダチ、マモッタ』
『アブナイ、サセナイ』
「──その結果、戦いになったわけじゃがな。守るにしろ、己を犠牲とするやり方は褒められたものではないぞ」
『マチガエタ?』
「──逆の立場じゃったらどう思う? 自らを守ったがため、命を落とすなどという真似、許容できるかのう」
『カナシイ』
『ヨクナイ』
「──じゃろう? 命を粗末に扱ってはならん。別れは等しく、悲しく寂しいものじゃて」
スライムが庇ってくれなかったら、今この場には居ない。
倒すべき相手を倒せぬままに。
終わってしまっていたことになる。
動けなかった。
威圧感か恐怖か。
いきなり襲ってきた。
速くて堅くて強くて。
グノーシスさんの住処での特訓も、成果なんて出やしなかった。
魔装化だけじゃ通用しなくて。
肝心の技も、まだ習ってすらいない。
準備そのものが不十分。
けど、そんな不条理こそが現実。
敵わず、叶わず。
唐突に、理不尽に、大切なモノが失われてしまう。
何度目になるのか。
独力で脱したことなんて、ありはしない。
その都度、助けられてばかりいる。
僕の所為で、他の誰かまで危険な目に遭ってしまう。
重たくて嫌な気持ち。
ずっとずっと残り続けている。
しばらく経っても、姉さんたちが帰ってこない。
嫌な予感が募ってくる。
不幸や不運なんて、いつ遭遇するかは分からない。
姉さんたちにも、何か遭ったんじゃないかって。
もしも、姉さんたちに、姉さんに、何か遭ったのだとしたら。
僕は……僕は……。
『マダカナ?』
『クダモノ、アル?』
「──世界樹の倒壊の影響が、少なからずあったのやも知れぬ。地続きの地上の集落ならば、当然とも言えるじゃろうがな」
この場所からでは、何も分からない。
心配で堪らなくなる。
無理を言ってでも、付いて行くべきだったんじゃないか。
そんな後悔も浮かんでくる。
何が最善かなんて、分かりようがない。
選ばなかった選択肢の結果なんて、知りようがない。
どうかお願いです。
お願いします。
無事に、帰ってきてください。
本日は本編80話までと、SSを2話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




