75 無職の少年、ちょっとだけ賑やかな夜
2回目の洗濯物が何とか乾いた頃。
ほどなく日が完全に見えなくなる。
今日すべきことは、お風呂に入ることと、寝ることぐらい。
と、二階で物音がし始めた。
姉さんが起き出したみたいだ。
また夜の見回りに出掛けるのかな。
ひとまず、居間で姉さんを待つ。
「ふわあぁぁぁ~~~ッ」
盛大に欠伸をしながら、姉さんが下りてきた。
まだちゃんと目が覚めてないみたい。
「おはようございます、姉さん。まだ下着姿のままですよ」
「おはよ~、弟君。って、あら~? ホントね。さっき着たつもりだったんだけど、不思議ねぇ~」
階段を再び上がっていく姉さん。
服を着ようとしてるってことは、やっぱり出掛けるつもりなんだ。
しばらくの間は、夜の見回りを続けるってことかな。
ガサゴソと二階から物音が続く。
……随分と時間が掛かっている様子だなぁ。
まだ眠いのかもしれない。
物音は足音へと変わって、姉さんが再び下りてきた。
「おっはよー。じゃあ、食事にしましょ」
「え?」
「ん?」
「いえあの、作ってないですけど。てっきり、帰ってきてから食べるのかなと思ってたので」
「あー、そっかそっか、今は夜だもんね。アタシの感覚がズレてるのね。いっつも起きたら食事を取ってたからつい、ね」
「どうしますか? 急ぐなら手早く用意しますけど」
「んー、じゃあ、そのまま食べられるパンか果物を出してくれる? 普通の食事は帰ってきてから一緒に食べましょう」
「分かりました」
『クダモノ!』
『ズルイ!』
流石、果物のことになると、反応が素早いね。
でも、机の上で跳ねるのは止めて欲しいかな。
直上に手を翳して、跳ぶのを遮る。
「はいはい、悪かったわよ。やっぱりパンでお願い」
「はい。硬いかもしれませんけど、いいですか?」
「ええ、構わないわ」
一応の確認を取ってから席を立ち、台所へと向かう。
そのまま食糧庫へ。
さっきはああ言ったけど、なるべく柔らかいパンを選び取る。
居間に戻ってくると、姉さんが居なかった。
「あれ? 姉さん?」
「──お風呂場よー。洗顔と手洗いしてるのー」
ああ、なんだ。
いきなり居なくなってるから、びっくりしたよ。
居間に姿を見せた姉さんにパンを手渡す。
「モグモグモグ……じゃあ、モグモグ、見回りに行って、モグモグ、くるわね」
「いえ姉さん。装備がまだみたいですけど」
「モグッ⁉ あっれー?」
武器も防具も、未だ身に着けてはいなかった。
顔まで洗ったのに、まだ寝惚けてたんですね。
階段を使うのが面倒になったのか、吹き抜けを跳び上がり、二階へ直行する。
「もう姉さん。行儀が悪いですってば」
「のんびりとはしてられないんだもの。今は見逃して頂戴」
今度の用意は素早く済んだらしい。
すぐに一階へと跳び下りてきた。
「姉さん!」
「御免御免。ホントに急いでるのよー」
そのまま居間を通り抜け、玄関へと向かう。
そこで振り返って告げてくる。
「もし今度、何かの襲撃があったら、迷わずドリアードの住処に避難しなさい」
「……やっぱり、戦うことには反対なんですね」
「当然よ。特に、一緒に居ないときはね。それに、戦うのは嫌なのよね?」
「それは……そうですけど」
「昨日……いえ、今日みたいな無茶はしないで。お願い」
悲しげな表情を浮かべている。
姉さんを心配させたいわけじゃない。
それに姉さんの言うとおり、戦うのは嫌いだ。
今日のことは、寝ている姉さんを気遣ってのことだっただけで。
当たり前のことだけど、相手が僕より強ければ、時間稼ぎにしても命懸けになってしまう。
「分かりました」
「本当に本当ね? いつも間に合うわけじゃないんだからね?」
「はい」
「ブラックドッグもよ? 弟君を守るつもりなら、戦わせないで避難させて頂戴」
『状況にもよる。が、避難を優先させるべきなのは理解した』
「……ハァ、ホントに大丈夫かしら」
『トモダチ、マモル!』
『オマカセ!』
「……そうだったわね。スライムたちも今日みたいな無茶しちゃ駄目よ? 絶対に助かる保証はないんだからね?」
『ダメ?』
「駄目よ。まずは逃げること、いいわね?」
『ワカッタ』
『ジグザグ、トクイ』
「じぐざぐ……? ま、まぁ、そういうことだから。じゃあ、行ってくるわね」
「はい、行ってらっしゃい」
『『マタネ』』
そうして姉さんを見送る。
「じゃあ、僕たちはお風呂に入ろっか」
『オフロ!』
『プカプカ!』
『泳ぐなよ。後、飲むな』
『シ、シナイ』
『シタコト、ナイ』
『嘘を吐くな。やったら放り出す』
『ヒドイ』
『オタスケ』
「みんなで大人しく入ろうね」
『ダネ』
『ワンコ、ランボウ』
『……何だと?』
『『コワコワ』』
「ブラックドッグも、お風呂で暴れるなら、追い出すからね」
『むぅ』
『『ソウダ、ソウダ』』
「スライムもだよ? いい?」
『ウクダケ』
『モグラナイ』
昨日より1体分賑やかに、お風呂へと向かう。
大人しくお風呂を終え、二階へ移動する。
ブラックドッグも付いて来てるし、一緒に寝るつもりみたい。
何だか懐かしい気分。
もっと小さかった頃は、いつも一緒に寝ていた。
まだ姉さんとの二人暮らしに慣れていなかった頃のこと。
ズキリ。
何処かが痛みを訴えてくる。
ベッドに横になると、スライムとブラックドッグに挟まれる形になった。
スライムたちは、顔の真横だけど。
「布団の中じゃなくて平気? 寒くない?」
『ダイジョブ』
『ゲンキ』
いや、元気かどうかは聞いてないんだけど。
まぁ、寒かったら布団に潜ってくるか。
「じゃあ、おやすみ」
『『オヤスミ』』
『例えトイレに起き出す場合でも、1人では行かぬようにな』
「う、うん。気を付けるよ」
いつもの護衛モードなんだね。
懐かしい記憶に浸りながら、次第に意識が遠退いて行った。
本日はあとSSを1話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
 




