72 無職の少年、逃した仇
着地の衝撃は無かった。
ゆっくりと腕から解放される。
「怪我してるじゃない! 弟君に怪我を負わせるなんて、許せないわ!」
「僕のことはいいんです。それよりも、スライムが……ッ」
先程の光景が目に焼き付いている。
ともすれば、怒りで我を忘れそうになるほど鮮明に。
感情に呼応して、魔装化が暗い揺らめきを増す。
「……スライムがどうかしたの?」
「僕を庇って……さっきのヤツに……」
「ッ⁉ まさか……そんな……」
ちゃんと言葉にすることができない。
言葉にしてしまうことで、取り返しのつかない結果が確定してしまう気がして躊躇われる。
けど、そんなことに意味なんてない。
どれだけ受け入れ難い現実だろうと、過去が変えられるわけなんて、ありはしないのに。
嫌と言うほどに知っている。
まただ。
また守られた。
また何もできなかった。
僕だけが助かって。
だから。
だからこそ、赦せない。
あんなヤツこそ、生きてるべきじゃない。
燃やす燃やす。
感情を薪代わりに、力を強める。
さっきの一撃じゃあ、まだ不十分だった。
もっと力を一点に収束させないと、相手には通用しない。
絶対に逃がさない。
次の機会なんて、待ったりはしない。
「……いえ、もしかしたら。スライムはどこ? 跡形も無くなっちゃったの?」
何でそんなことを尋ねてくるの?
こんなに辛くて悲しくて痛くて苦しいのに。
姉さんは違うの?
「弟君、聞いてる? これはとっても大事なことなのよ」
「大事って、何がですか⁉ 何でそんなこと……姉さんは悲しくないんですか⁉」
「あの子は見た目ほど弱くないわ。体が残ってさえいれば──ッ⁉」
突然、姉さんが上空を睨み付けた。
あ、そういえば、さっきのアイツはどうなったんだ⁉
姉さんの視線を追うように、上空を探す。
いや、探すまでも無かった。
威圧感からすぐに位置が分かる。
凄まじい形相で、こちらを睨んでいた。
「反応がおかしいんじゃない? 怒る側はアタシたちだと思うんだけれど」
「キサマぁ……その顔、忘れぬぞ」
睨んでる対象は僕じゃなくて、姉さん?
僕では相手の腕を僅かに傷付けることしかできなかったのに。
今は何故だか、両頬が赤く腫れている。
さっき、姉さんに殴られた痕なのか。
あと、女の子に後ろから首を掴まれてる。
「いい加減になさい! これでは話し合いにもなりませんわね。改めて出直させていただきますわ」
「逃げると言うなら、今は追いはしないわ。ただし、被害によっては、こっちからお礼参りに出向いてあげる。デヴィルの住処は把握してるしね」
「待て! スライムの仇! オマエだけは逃がさない!」
「待って弟君。ここで戦えば、集落の皆にも被害が出ちゃうわ。お願い、ここは我慢して頂戴」
「そんな! だってアイツが!」
赦せない、赦さない。
到底、聞き入れられるはずがない。
あんな真似を仕出かしておいて、無事に帰れると思うな!
より硬く、より鋭く。
こんなに距離があっては、短剣では届かない。
別の形状を考えないと駄目だ。
何だったら届く?
棘を一本だけ伸ばすか?
いや、相手は凄く素早い。
沢山出しても避けられたぐらいだ。
一本だけじゃ、絶対に避けられる。
「人族風情が。二度も命を拾うとは。悪運だけは強いと見える」
「お黙りなさい! 今回は不幸な巡り会わせとなってしまいましたが、次は違う形でお目に掛かりたいものですわね」
逃げられる!
もう、攻撃するしかない!
棘を一気に伸ばす。
速度重視。
なるべく細く。
僅か、糸ほどしかない。
視認されているかは微妙なところ。
相手が都合よく動かぬなどとは考えない。
動きを決めつけては駄目だ。
避けられる前提で動く。
至近距離で百本ほどに枝分かれさせる。
まずは当てる。
その次に、当たったモノへと力を注いで貫いてやる。
「駄目よ」
瞬間、棘が根元から断たれた。
棘が霧散する。
「な」
「男の方は相当に強いわ。これ以上、刺激を与えるのは危険よ」
棘は姉さんによって妨害されてしまった。
何で……どうして……。
姉さんだったら、勝てるんじゃないの?
どうして、逃がすような真似をするのさ!
「それでは、いずれまたお会いいたしましょう」
2体のデヴィルの姿が消えた。
しばらく姉さんが身構えていたけど、本当に居なくなってしまったらしい。
逃げられた。
逃げられてしまった。
仇を、討ってあげられなかった。
魔装化が解けて、その場に崩れ落ちる。
こちらに腕を伸ばしてきた姉さんを、強く睨み付ける。
「どうしてなんですか! 姉さんなら、アイツを倒せたんじゃないですか⁉」
「弟君……」
「アイツは……アイツは、友達のスライムを……なのに……何で……」
「良く聞いて、弟君。体の一部でも残っていれば、きっと元通りになるわ」
「…………え」
「諦めないで、体を探してみましょう」
まだ、助かるの?
確か、体を両断されたはず。
なら、体はまだ残ってるはずだよね。
さっき襲われた場所は、どこだったっけ……。
『ナニカ、オサガシ?』
『オコマリ?』
「ッ⁉」
聞き慣れた声。
慌てて周囲を見回す。
「ほら、やっぱりね」
『トモダチ、ダイジョブ?』
『マオウサマ、イナイ?』
あ、ああ……。
良かった、良かったよぅ。
てっきり、死んじゃったと思った。
『トモダチ、ナイテル⁉』
『ドッカ、イタイ?』
何でか2体になってるけど、いつものスライムだ。
倒れ込むように、2体を抱きしめる。
『ワプッ⁉』
『ネツレツ、カンゲイ!』
「うわあぁーーーーーーーーーーん‼」
ダイジョブ、イキテル!
というわけで、無事?でした。
元々は、勇者のヘイト稼ぎ用に考えていたシチュだったのですが、展開上、この時点で世界樹の上まで来るすべが思い付かなかったので、デヴィル側近に肩代わりしてもらいました。
スライムについては、次回辺りでより詳しく説明おば。
本日は本編75話までと、SSを1話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




