SS-29 アルラウネは守りたい②
揺れと言うよりも、衝撃が来た。
まるで重力から解き放たれるようで。
自身の位置を喪失する。
どこが地面で、どこが空か不明になる。
地面から離される感覚に対し、反射的に展開した蔦で地面へと押し付けることで抵抗する。
体が接すれば、揺れが伝う。
縦か横かも定まらぬ、強烈な地面の鳴動。
大地の轟音と周囲からの悲鳴がごちゃ混ぜに。
自然の脅威に晒され、ただただ終わりを願い続ける。
守る。
守り切る。
守り切って見せる。
暴風雨を薄紙一枚で防ごうとしているような頼りなさ。
一瞬でも気を抜けば、蔦の覆いが外れ、諸共に吹き飛ばされてしまいそう。
明確な死の気配を、すぐそばに感じる。
次の瞬間にも、地面が裂けて呑み込まれてしまう妄想が絶えず襲う。
──持たない。
先程の覚悟とは別に、どこか冷静に限界を自覚する。
このままでは駄目。
何か別の手を講じなければ。
揺れる、揺れる、揺れる。
体も心も。
一瞬ずつ、散り散りになってゆくよう。
必至に搔き集めても、間に合わない。
──ここで、終わるの?
諦観か。
それとも安堵か。
今度こそは、見送る側ではなくなるのか。
もう僅かでも力を緩めれば、旅立てる。
甘い誘惑。
抗う意志が弱まってゆく。
「ポー! ポー! ポオォーーーッ!!!」
すぐそばから声が聞こえた。
小さく、けれど力強い声が。
生きようと抗う、強い意志と共に。
蔦の力が強まる。
だけに留まらず、周囲から何かの接近を感じ取る。
けれども、避けることは叶わない。
されるがまま。
何かが蔦の上へと覆い被さってくる。
1つ、2つ、3つ、4つ。
5つ、6つ、7つ、8つ。
続く続く。
10を超えて、なおも増えて行く。
伝わる感触から察するに、何かの植物だろうか。
何が、何処から。
分からぬままに。
覆いが補強されて行く。
起こり得ぬ奇跡に感謝を抱く暇もない。
弱っていた心に体に、活を入れる。
諦めを殺して。
出し惜しみなど無しに。
死力を尽くす。
力が尽きる。
蔦の覆いが剥がれ、元の長さに戻って行く。
揺れは治まったのか。
それとも未だに揺れ続けているのか。
判別できぬほどに、揺れに長く晒され続けた。
定まらぬ視点で周囲を窺う。
が、暗い。
何かが光を遮っているらしい。
視覚以外を頼る。
聴覚は駄目。
耳鳴りが止まず、周囲の音を上手く拾えない。
触覚はどうか。
自身以外の感触と温もりがある。
無事、なの?
でも、小さいほうの様子がおかしい気がする。
コロポックルだ。
途中、声を聞いた気がしたけれど。
とにかく、明るい場所へ移動しないと。
起き上がろうとするも、上を何かで塞がれているのか、硬い感触が拒んでくる。
仕方が無く、地面を這って移動する。
ズルズルズルズル。
障害物の無いほうへと。
と、突然何かに腕を掴まれる感触。
凄い力で引っ張り上げられた。
久しぶりの光を浴びる。
堪らず目が眩む。
「アルラウネさん、ご無事デス?」
「その声……ゴーレムかしら?」
視覚は戻らないが、聴覚はどうにか戻ってきたらしい。
「ごーれむちゃん、デス」
「それより状況は⁉ みんなは無事⁉」
「えぇっと、多分そうだと思うデス。今、頑張って発掘中デス」
「はっくつ……?」
予想外の答えに、言葉を反芻する。
はっくつ……発掘?
まさか、地割れか何かに巻き込まれてしまったんじゃ⁉
「コレはアルラウネさんの仕業デス? 救助には邪魔なので、退けてもらえると助かるデス」
「何のこと? アタシはもう何もしてやいないわよ。まだ視覚が戻ってなくて、見えないのよ」
「……何かねぇ、いっぱい木が集まってるよ」
また別の声がそばから聞こえてきた。
聞き覚えのある声に、安堵を覚える。
同時に、もぞもぞと動く感触も伝わってくる。
「気が付いたのね? どこも怪我は無い?」
「多分、大丈夫。でもでも、コロポックルの様子が変みたいだよ」
「え」
やっぱり、何か起きたらしい。
「どんな様子⁉ まだ視覚が戻らなくて、状況を伝えて頂戴!」
「苦しそうな感じ。意識も無いみたい」
「もしかしたら、この木はコロポックルが操作したのかもデス。だから、魔力が枯渇しちゃってるのかもデス」
そう言えば、途中で力が強まった気がしたけど。
もしかしなくても、コロポックルが何かしたのか。
「そうだわ! 借りっぱなしだったポーチがある! 中にエーテルも入っていたはずよ!」
「あ、そうみたいだね。じゃあ、ウチが代わりにやってあげるよ」
腕の中から抜け出すと、腰の辺りを探られる感触。
次いで、もう片腕からも感触が消えた。
「ウチが持つね。ほら、エーテルだよ。飲んで」
薄っすらとだが、周囲の影が認識できるようになってきた。
すぐそばに、大きな影がある。
これが例の木とやらだろうか。
「果樹園の木っぽいデス。この広間まで移動させて、かなり消耗しちゃったみたいデス」
門から集落までにある、あの果樹園のことか。
植物の成長を促したり、移動の際に草木を避けたりできるのは知っていたけど。
成木を移動させるなんて、下位精霊の1個体には、荷が勝ち過ぎる行為だわ。
アタシよりもなお、必死にみんなを守ろうとしてくれたのね。
途中、諦めかけてしまった自分が情けなくなってくる。
「ポ~」
「あ、気が付いた⁉ 大丈夫かな?」
微かにだが、コロポックルの声が聞こえた。
何となく方向に見当を付け、様子に聞き耳を立てる。
「コロ?」
「取り敢えずは無事だよ。アルラウネさんと一緒に、守ってくれてありがとね」
「コロ?」
「うーんと、世界樹はやっぱり倒れちゃったみたい。すっごい砂煙が舞ってるよ」
「ポ~、ポ~」
意思は伝わらずとも、悲しんでいるのが声から分かる。
一体、これからどうなってしまうのだろうか。
視覚がほぼ元通りになる頃。
無数の果樹の根元から、ケンタウロスが全て救出された。
ゴーレムが無事でなければ、救出もままならなかったことだろう。
「家は……流石に無事とはいかなかったみたいね」
ケンタウロスの言葉に、視線を向ける。
集落の家は、見事なまでに全壊していた。
こうして、誰の犠牲も出なかったことが、不思議なほどだ。
「でも、皆が無事生き延びられたんだし、何とかなるわよね」
「そうよん! この程度のことで挫けていたら、セントレアお姉さまに笑われてしまうわ」
「まだまだ筋肉が足りなかったかしらね。もっと鍛えないと」
「そうね!」
最後辺りの会話は、意味が分からなかったけれども。
こちらよりも余程に元気そうではある。
世界樹の倒壊による影響か、ドリアードと連絡がつかない。
戻ることも、現状では不可能そうだ。
流石に向こうのほうが無事だろうけれども、心配には違いない。
こちらの無事も伝えたいところではある。
「父ちゃん、母ちゃん、大丈夫かなぁ……」
「心配いらないわ。地上よりかは影響は少ないと思うわよ」
「そっかぁ……」
オーガの元気が無い。
あの後から、ずっとコロポックルを抱きしめたままでいる。
生まれて初めて体験するであろう、理不尽で圧倒的な力。
明確な死の恐怖だったろうし、無理もない。
境界が開かれた以上、人族の侵攻も気になるところ。
本当の脅威は、これからかもしれない。
守らなくてはならない。
この先も、生き延びないと。
本日はあとSSを3話投稿します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




