SS-26 アルラウネは守りたい①
ドリアードの住処を離れて幾日が経過しただろう。
ケンタウロスの集落。
一番大きい建物となっている、集会場を間借りしていた。
こうして、他の魔族と共に暮らすことになるなんて。
少し前までなら、想像もしなかった。
ずっとずっと昔なら、同じようなことがあったけれども。
そばでは、まだオーガの娘が眠りこけている。
目覚めは早い方なので、起きる順番はいつものこと。
実年齢の割に、幼く振舞うのはどうしてなのか。
そう言えば、この子の両親はどうだったろう。
デヴィルと人との間にオーガが産まれ。
そのオーガ同士の子供が、この兄妹になる。
精霊と人との間に子供が産まれたのも驚いたものだけれど。
魔族と人との間にも子供が産まれるなんて。
他種族との共存の可能性。
かつて、共に過ごしたモノたちが目指したカタチがこれなのか。
いまだ、人と魔族と精霊の溝は存在している。
世界樹により強制された、仮初の平和。
いつまで続けられるのか。
植物の魔族だからか、長過ぎる寿命が恨めしくもある。
見送る側は、いつだってアタシのほう。
あと幾度、繰り返せばよいのだろう。
出会いの数より、別れの数ばかり考えてしまう。
独りで居れば、忽ち過去を振り返る。
盛り上がるのは、昔馴染みとの昔話のみ。
今経験している全てが、すぐに過去の出来事になる。
この集落での生活もまた、そのひとつに過ぎないのかもしれない。
空の色が白から青へ変じる。
そうしてしばらく経ってから、ようやくオーガが目を覚ます。
「ふわあぁ~」
「おはよう。毎日毎日、よくもまぁこれだけ寝てられるものね」
「むにゃむにゃ…………ほぇ?」
「まずは水場で顔を洗ってらっしゃい」
「うぃ~~~」
まだ眠たげな声を漏らしつつ、よろよろと屋外へ出て行く。
相も変わらず、すこぶる寝起きが悪い。
寝付きはいい癖に。
常に身体を動かしているようなものだから、疲れ果てて寝ているのか。
もっとも、朝から活動的だと、こちらも参ってしまうのだけど。
集落の中とは言え、以前に魔物の襲撃に見舞われてもいる。
用心のため、後を付いて行く。
「う~~~あ~~~」
寝起きのこの子は、アンデッドよりも元気が無い。
いや、この例えもどうかと思うけども。
「あらあら、オーガちゃんたら、今日も寝坊助さんみたいね」
「うぁ?」
ケンタウロスの男性が女声で話し掛けてきた。
人見知りをしない子だからか、集落の皆ともすぐに打ち解けたようだ。
「顔を洗いに出て来たんでしょう? 食事を用意してあげるから、サッパリしてきなさいな」
「しょくじ……」
「昨日の狩りの分、下拵えの終わった物を出してあげるから」
「お肉⁉」
「そうよ。ほら、目が覚めたかしら?」
「おっにく! おっにく!」
いきなり元気になったわね。
妙なリズムを刻んで、跳ねながら水場へ向かって行く。
「ポー! ポー!」
「何でアナタまで、はしゃいでいるのかしら」
腕の中のコロポックルが、調子を合わせるように声を上げる。
魔力を糧とする精霊は、物を食べない。
後で、世界樹の根元まで行って、補充させてあげなければならない。
あの周辺ならば、そばに居るだけで魔力を補える。
問題はアタシの分かしらね。
食事に野菜か果物が用意されているといいのだけれど。
食事を終えれば、これまた恒例となったゴーレムを的にした射撃練習が始まる。
「今日こそは射抜くよー」
「それは困るデス。ちゃんとキャッチするデス」
似たような遣り取り。
よくもまぁ飽きないものだと、感心さえしてしまう。
矢を番えて、弦が引き絞られる。
弛緩した空気が一変し、音が遠くなるような錯覚さえある。
最初に気が付いたのは誰だったか。
遠くから、地響きが聞こえてきた。
地面も微かに揺れている。
「ほえ? 何か揺れてない?」
「揺れてるデス。治まるまで、待ったほうが──」
バキバキバキバキ。
ゴーレムの声を遮るように、まるで何かが裂けるような怪音が響き渡る。
視線が無作為に周囲を彷徨う。
一体、何が起きているというのか。
そうして、異変を視認した。
世界樹群の一本。
砂煙を纏い、徐々に傾き始めているのだ。
「世界樹が……」
「え?」
「緊急事態デス! すぐに避難を──いえ、そばから離れないでくださいデス!」
言うが早いか、ゴーレムが瞬時に移動し、オーガとアタシを抱き留めると、集落へ向かい移動し始めた。
バキバキバキバキ。
異音は止まない。
「何々⁉ どゆこと⁉」
「世界樹が倒れてるデス! もうすぐ強烈な揺れが来ると予想されるデス!」
「世界樹が⁉ と、父ちゃんと母ちゃんが──」
「チラッと見た限りだけど、違う木みたいだったわ。ご両親は大丈夫よ」
「ホントにホント⁉」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ。
異音を掻き消すかのように、地響きが強さを増し始めた。
「怖いよー!」
「大丈夫デス。ごーれむちゃんが守るデス」
触れる布地の下は、ゴツゴツとして硬い。
随分と古い付き合いになるが、今日ほど頼もしく思えたことは無かった。
集落が近づいてくる。
「キャァ─ーーッ⁉」
「何が起きてるのよーーー⁉」
「うわぁーん!」
同時に、悲鳴が聞こえてきた。
「皆さん、すぐに建物から出るデス! なるべく開けた場所へ移動するデス!」
「え⁉ な、なんで守護神様が此処に⁉」
ゴーレムが発した声に、戸惑いの声が上がる。
「建物から離れるデス! 開けた場所へ移動するデス!」
警告をひたすらに繰り返す。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
そうしている間にも、地響きは酷くなってきている。
屋内からは、何かが割れる音や、倒れる音も聞こえ始めていた。
皆が、集落の広場に集まって来る。
ようやく地面に下ろされると、ゴーレムが世界樹に対峙するように位置取ってみせた。
「なるべく一箇所に固まってくださいデス!」
恐らくは、身を挺して庇うつもりなのだろう。
それに比べて、アタシは何をしているのか。
同行したのは、守るためのはず。
ならば、アタシもできることをしなければ。
蔦を周囲へと伸ばす。
地中にも展開させ、地面を縫い付ける。
形成するのは半球状の檻。
ゴーレムを除いた、全員を囲いきる。
網目を密に、時間の許す限り強度を増してゆく。
「ご、ごーれむちゃんはどうするの⁉」
「どれだけの衝撃が来るか見当も付かないわ。ゴーレムとアタシで、どうにか衝撃を軽減してみせるから」
「け、けど! 外に居たら──」
「ごーれむちゃんの心配は無用デス。みんなを守るためにって、ずっと昔のマスターに創られたデス」
「そんな……ッ!」
「来るデス! みんな、伏せてくださいデス!」
暴れるオーガを片腕で抱き留め、もう片腕でコロポックルを抱える。
次の瞬間、今までの比ではない激震が襲う。
強烈過ぎる揺れは、いとも容易く己の位置を見失わさせた。
本日は本編70話まで投稿します。
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