9話 帰路、ラッキースケベに遭う
「何をする?」
「血抜き。あ、結構グロいから見ない方がいいかも」
映像でも見せませんよ! なんてね。
それでもエフィは興味津々な瞳で私の捌きを見ていた。
不思議な人。
「イリニは魔物の味方だと思っていた」
「え?」
捌きを見つめながらぽつりと呟く。
「多くの魔物を城に住まわせていたから」
「ん?」
どうやら狩りをして魔物の命を奪うのが意外だったらしい。
「まあ行き場のない魔物だとか匿ったり、えらい強い魔物とかに好かれて城に居つかれたりしてるけど、食べる食べないは別の話だよ」
「別?」
城の魔物たちは怒らないのかと問われる。
「何もないよ? 魔物同士でも食べる食べられるがあるんだから。むしろこれ見たら今日はご馳走だって喜ぶ」
「そうか」
「命奪ってるから端から端まできちんと頂くけどね?」
「そうか」
それが頂く側の最低限の礼儀、としている。
「あと二匹狩るよ」
「分かった」
狩った鹿を抱えて走る。
匂いがついてしまってるから手早く済ませ、目標の数に到達したら真っ直ぐ帰宅だ。
「ふう」
樹海を抜けると標高はだいぶ高い。
城の玄関側からなら、エフィの国と私の国がよく見えた。
「……」
自国は私がかけていた聖女の結界魔法はもうない。
魔力のある者ならすぐに分かる通り、無防備な姿を晒す自国パノキカトは一部に異変を呈していた。
まあまだ不作程度だろうか。
その内、疫病、内紛といったネガティブなことが、これからパノキカトを襲うだろう。
ピラズモス男爵令嬢の魔力で結界がしけるまでどれぐらいかかるか……ゲームでは精霊王からチートなスキルをゲットできるかがエンディングの要だったはず。
ま、今の私には関係ないけどね。
「いいのか?」
「え?」
立ち止まって眺めていたら、エフィが声をかけてきた。
「自国を、パノキカトの守護を離れて」
「うん」
私はパノキカトの聖女ではない。
「新しい聖女がどうにかするしね」
「……」
「落ち着くまで少し大変かもしれないけど、婚約破棄も受理されてるし、私自由だし。今の方が断然いい」
「御家族は」
「個人所有の島に避難してる。私の件が落ち着くまで」
「友人は」
「いないわよ」
もう知ってるでしょ。
そう言うと眉間に皺を寄せた。
「好きな、異性は……」
元婚約者には未練もないぐらい気持ちの欠片もない。他に好きな異性もいない。人との関わり薄かったからな。
「元婚約者ならなんとも思ってない。他に特別好きな人はいないよ」
「……そうか」
「もしかして、まだシコフォーナクセーで保護するの諦めてない?」
「それは、」
いまいちエフィの意図が分からない。
彼の思いが違っても、国としては聖女を保護し手元に置きたいだろうに。
「好きな異性ねえ」
「あ、いや違っ俺は、いや違くないのか」
「あーはいはい」
一人問答してるわ、うける。
けど本当早く帰らないかな。
エフィ距離近いし、一人になって落ち着きたい。
でも今も思えば、もう遅かった。
エフィがラッキースケベのハグ係になった時点で、私の周囲がどたばたするのは決定項だったから。
私はそれをこの後嫌という程思い知らされることになる。
「ん? 雨?」
山の天気は変わりやすいけど、ここに来てから雨はなかったのに。
「急ごう」
「うん」
ポツポツがすぐに本降りになった。
私はまたぎの格好だから、多少なりとも雨は防げているけど、エフィはダイレクトに雨をくらう。
「おー、おかえり」
「ただいま。はい、これ」
「お、いいねえ上物じゃん」
迎えてくれたアステリが嬉しそうに鹿をもらう。
そして私の後ろのエフィを見た。
「雨か?」
「うん、急に降ってきて」
「あー、こっちは降ってなかったな……ということは、ははーん」
「アステリ?」
「ラッキースケベだ」
「え?」
アステリの視線を追って振り向くと、エフィはびっしょり濡れていて、そのせいで服が肌に張り付いて、あろうことか上半身は透けていた。
がっちがちの騎士服ではなく、軽装で上は白という格好だから、雨に降られればこうなる。
というか、ここでラッキースケベって。
「ラッキースケベか」
エフィが髪をかき上げながら私を見下ろす。
やっば、この人有言実行する気だ。
またぎの姿してる私をハグ? 見た目シュールすぎない?
「俺は君のラッキースケベのハグ係だ」
「いいってば! またぎモードだから!」
「新しい発見だな。複数モードが展開されるのか」
この場合、またぎモードを維持したまま、ラッキースケベが起きる。
けど、ラッキースケベの効力に負けるわけでもないまたぎモード。
もちろん、ラッキースケベも消えないという。
「今度はどうした?」
「パノキカトに思う所があるのか?」
見ていたからなとエフィが余計なことを言った。
「エフィ黙って!」
あの国に、元婚約者に未練がないのは事実。
けど私は淋しい。たぶん自分の居場所がなくて淋しい。そんなもの自分で作ればいいだけだとすぐに思い直っても、一瞬過ぎていくだけの思いを丁寧に拾ってくる。
本当ラッキースケベは厄介だ。
「イリニ」
ぼんやり考えていたら、エフィが躊躇いもせずに抱きしめてきた。
ひえっと変な声が出たけど、そのままアステリがごゆっくり~と言って足音が遠ざかるのが聞こえ、しばらく私はハグされ続けた。
ああやめてほしい。ハグ係があったとしても、エフィは勘弁してほしかった。
「めっちゃ濡れるんだけど」
「我慢してくれ」
「エフィ身体拭かないと風邪ひくよ?」
「我慢する」
だめだ、譲る気ぜんぜんない。
本日のラッキースケベ→濡れ透け
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