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箱庭の怪物たち  作者: 暫定とは
一章『残火』
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 採石場からフェルゼニアの街までの道のりは、ランツェが自ら案内してくれることとなった。街へは凡そ二〇分ほどで着くという。その道中にも、作業員や騎士たちの遺体は道端へ転がったままになっていた。

 「あの、一つお聞きしたいんですけど、ここの人たちは……」とルチカが尋ねかけると、ランツェは不甲斐なさそうに目を伏せながら答えた。

「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。作業員の多くは噴火の、そして騎士たちは箱庭現象で凶暴化した魔物たちの犠牲になった者です。街へ運んで、きちんと弔ってやりたいのは山々なのですが、今はまだ街のほうの整備が行き届いておらず、ここから動かすことができないというのが実情なのです」

 ランツェの眼差しは慈愛に満ちていた。彼女のそれは、彼らが犠牲になったことを、そしてここから動かしてすらやれないことを、真に哀しんでいる者の目だった。あとから聞くことになる話だが、ランツェは帝国騎士団の師団長でありながら、フェルゼニアの街を治める領主という立場なのだということであった。街を治める者にとって、そこに住まう者は皆、家族同然だ。彼女の哀しみがバーンズには痛いほどに分かった。もしもコントゥリで同じようなことが起こり、村の皆が犠牲になったらと思うと、バーンズは居たたまれない気持ちになった。

「ランツェさん、おつらいでしょうが、お気を確かに。一刻も早く彼らを弔ってやれるよう、俺たちも出来る限りの協力をします」

 バーンズがそう言うと、ランツェはまた真剣な表情へと戻るなり、「ありがとうございます」と答えた。

 ランツェは三十代半ばほどの女性で、その言動の節々からは彼女の生真面目で心優しい性格が滲み出ていた。鎧の背には一本の槍を携えているほか、そのホルダーにはドルミールと見られる、千草色(ちぐさいろ)を基調とした楕円体が括り付けられている。騎士たちから彼女へと向けられる視線は、忠誠と信頼に富んでいた。しかし、それは彼女の性格の良さや、戦闘をはじめとするあらゆる能力の高さだけに由来することではなかった。フェルゼニアの民(特に騎士)にとって、ランツェ――つまり領主への服従は絶対だったのだ。この強固な主従関係は、フェルゼニアがまだ国家として機能していた戦前の時代に、その由縁を持つ。

 街までの道すがら、「フェルゼニアっていうのはどんなところなんですか?」というルチカの質問に答える形で、ランツェはフェルゼニアの歴史について、次のように教えてくれた。


 フェルゼン石山が生み出す良質な石材の恩恵の下、採石業により発展を遂げたフェルゼニアは、かつては世界的にその名を馳せた軍事国家の一つでもあった。『フェルゼニア騎士軍』と呼ばれた騎士の軍隊が強い権力を持ち、王家の人間たちが代々、その中枢(ちゅうすう)たる元帥府(げんすいふ)の構成員を務めるというのが習わしだった。歴代の国王も例外なく騎士軍、そして元帥府の一員であり、ふつう国王とは呼ばれずに、騎士軍の総司令官として大元帥(だいげんすい)と呼ばれた。

 規律に厳しく、強い軍事力を持ったフェルゼニアは、当時のアシリアでも特に恐れられた国家であり、同様にその騎士軍は恐れられた軍隊であった。が、その洗練された武力は基本的には国防に向けられるのみで、自ら他国を侵略するようなことは歴史的に見ても凡そなかった。また、強い武力を持ったフェルゼニアにわざわざ攻め込む国は多くなく、民の暮らしは概ね平穏であった。そのためか民からの王家(つまりは軍部ということになるが)に対する不平は少なく、採石場で働き経済を回す一般市民と、国防と政治を担う騎士軍が良いバランスの上に成り立っていた、稀有(けう)な国家だったのだ。しかし――。

 「時代の流れがフォックシャル帝国に向いていた。これは結果論ですが、仕方がなかったのだと私は思っています」と、ランツェは言った。

 今から五十四年前のアシリア歴一九九八年、後に『アシリア大戦』と呼ばれる戦争の火種が、ヒマロス大陸の或る国境に生じた。はじめは小国同士の小競り合いだったこの小さな火種は、徐々に隣国へと燃え広がり、瞬く間に全世界を包み込む巨大な戦火へと発展することとなる。アシリア歴二〇〇五年にフォックシャル帝国が圧倒的な武力を以て停戦へと導くまで、戦争は七年に渡って続いた。

 戦争が始まった当初、フォックシャルとフェルゼニアは共に中立の立場を保っていた。が、争いが大きくなっていくにつれて、どちらもがその同盟国が攻撃を受ける事態に発展した。そうなってしまっては最早、中立という立場を隠れ(みの)にすることは、フォックシャルにもフェルゼニアにも出来なくなってくる。そして当時、アンモス大陸のほぼ全土を実質的な支配下に置き、最強と(うた)われていたフォックシャル帝国が戦争に参加した時点で、その結末は決まっていたようなものだった。

 アシリア歴二〇〇五年の四の月、フォックシャルは戦争への参加を表明し、すべての戦線と対立国の主要都市に、主戦力である帝国騎士団を送り込んだ。騎士団はアーツや精霊の力を以て、それらの戦線と主要都市を速やかに制圧し、武力的に無力化し、同年六の月の末までに、すべての戦場での争いを鎮静化させた。双方に多くの犠牲が出し、やり方が間違っているとの声も国内外から上がった。が、既に火種が世界中のあちこちに飛び火しており、収拾がつかなくなっていた当時の状況を、少しでも早く片付けるためにこの方法を選んだのだと、当時のフォックシャル国王、ライラットの父であるラムゼルク王は説明した。また、存在しない和解の選択肢を当てにして、ずるずると戦局を引き延ばすよりも、結果的に犠牲は少なく済んだはずだ、とも。

 フェルゼニアもまた、当時フォックシャルによる侵攻を受けた国の一つであった。そしてその中でも特に甚大な被害を出した。強大な軍事力を持つフェルゼニアを、フォックシャルは危険視していたのだ。入念に準備を整えて進軍し、徹底的に叩き潰す必要がフォックシャルにはあった。そして進軍は成功した。フェルゼニアからしてみれば、迎撃戦(げいげきせん)は失敗に終わったというわけだ。

「当時、私の祖父が騎士軍の大元帥――つまりフェルゼニアの王でした。祖父も自ら戦線に立ち、そして散った。私はまだ生まれていませんでしたから、話に聞く限りですが。その後はフェルゼニアも他国同様、フォックシャルが用意した平和条約へと名を連ね、フォックシャルの傘下へと入ります。武力を剝奪(はくだつ)された国もあったそうですが、フェルゼニアはそうはならなかった。武力による統治がなされてきたフェルゼニアから武力を剥奪すれば、民からの不信が募って内戦にも繋がりかねないという、ラムゼルク王のご配慮があったと伺っています」

 『フェルゼニア騎士軍』という組織自体は当時、名目上解体となった。それと同時に、第七師団までであった帝国騎士団に第八師団が新設され、フェルゼニアの騎士たちはここへ編入することとなった。そして当時、騎士軍のナンバーツーであったランツェの大叔父が、第八師団の初代師団長として抜擢(ばってき)された。第八師団の本部はフェルゼニアに設置され、その管理のほぼすべてはフェルゼニアへと一任されることとなる。

「これをどう取ってもらっても構わないと、ラムゼルク王は大叔父に仰ったそうです。屈辱であったと大叔父はいつも言っていました。つまり、第八師団をフェルゼニアに一任すること……武力を残しておくことで、再びフェルゼニアが蜂起(ほうき)したとしても、フォックシャルにとってなんの脅威にもならないと思われているのだと、大叔父は捉えたようです。私はそうは思っていません。ラムゼルク王は平和を愛しておられた。武士の情けであり、本心から内戦を危惧してのことだったのだと、私は思っています。戦争世代の高齢者を中心に、大叔父同様、今も帝国への恨みを捨て切れていない者もフェルゼニアにはいますが……」

 結果として、フェルゼニアの民に対する王家の面子(めんつ)は保たれた。敗戦によって、王家、騎士、以下一般市民という階級の構造を崩すことなく済んだのである。とはいえ、かつて元帥府とされていた騎士軍の中枢は、帝国騎士団第八師団の首脳部へと、その名を変えることにはなった。そしてそれがフォックシャル帝国に属する組織である以上、そこをかつてのフェルゼニア王家の面々で固め続けるというのには、社会通念上、少々の無理が生じてくる。しかしその人事権すらも、ラムゼルク王はフェルゼニアへと一任した。これを受け、フェルゼニアは体面上、フォックシャル帝国には最大限の謝意を示し、王家の(たゆ)みない鍛錬と精進を誓うと共に、元帥府の機能と人員、そして世襲制の慣習をほぼそのまま、第八師団の首脳部へと移管することとしたのだ。それから四十年余りが経った現在に於いても、第八師団の師団長の座は、かつてのフェルゼニアの王位継承者相当の者が受け継ぐ形となっている(もちろん、それに足る実力者であることもその条件とはなる)。ランツェの大叔父の没後はランツェの父が、そして父の退位後はランツェ自身が、それぞれの時代で師団長の座を継承してきた。つまるところ、今現在、騎士からランツェに向けられる忠誠と信頼の眼差しは、かつての王家の威光(いこう)あってのものなのだと、自分自身にはそれを向けられる資格などないのだと、ランツェは自虐的(じぎゃくてき)に語った。

「フェルゼニアは本来、父が治めるべきなのです。父は強かったし、民からの信頼も厚かった。私などとは比べ物にならないほどに。ただ……」

 ランツェがそこまで言いかけたところで、一行の前には崖が現れた。今少し崖のほうへと寄ってみると、その下には街が広がっていることが分かる。今ではフォックシャル帝国の都市の一つとはいえ、かつて国として機能していたというだけあり、その面積は広大で、フォックシャルの帝都・アルバティクスにも引けを取らないのではないかとルチカやバーンズには思えた。また、家屋をはじめとする建築物や、地面を覆う石畳、街灯や柵など路上の設置物に至るまで、その多くは石材で構築されており美しい。特に石畳は、その大部分に大理石が使用されているらしく、透明感のあるひと際澄んだ白を呈していた。街は全体的にモノトーンの色調で構成されており、石材独特の重苦しさとも相まって、厳格な雰囲気を醸し出していた。

 「失礼。話が逸れましたね」とランツェは言うと、眼下に広がる街を手で指し示しながら、「ここが私たちの街、フェルゼニアです。普段の状況とは、少しかけ離れてしまっていますが」と続けた。

「街の中央に、城があるのが分かりますか?」

 ランツェが指さす方角へと、バーンズとルチカは視線を向ける。やはり石材で造られた巨大な城が、そこには(そび)え立っていた。二人が頷いたのを確認すると、ランツェは続ける。

「かつて騎士軍本部と呼ばれ、事実上、フェルゼニアの王城だった城です。現在では帝国騎士団第八師団の本部として使用しています。まずはあちらへご案内します。詳しいお話はそこで」

 崖に向かって左手側には、採石場から街へと降りていく石造りの階段が設置されていた。引き続きランツェの案内に従って、バーンズとルチカはこの階段から街へと降りることとなった。

 街全体が陰鬱(いんうつ)な雰囲気に包まれているのが、そこに足を踏み入れた瞬間、バーンズには分かった。包まれている、というよりも、それは滲み出ているとか、這い出ているというのに近い。噴火と箱庭現象の脅威に晒され、漠然(ばくぜん)とした不安感に駆られる住民たちの思いが、この雰囲気を作り出しているとみて間違いなさそうであった。と同時に、この状況を自分たちだけでどうにか出来るのか、という不安がバーンズの心中をも駆った。ルチカへと目配せをすると、彼女もまた同じように感じているらしい。心配そうな面持ちで彼女は頷いた。

 崖の上から見た時点でもある程度分かってはいたのだが、まず街の広さに反して、外出している人の姿が少なすぎるのだ。火山灰や噴石(ふんせき)が降ったというのだから、外出する気にはなれないのだろうし、噴火や箱庭現象の被害で人口自体も減っているのだろう。そしてそもそも、通りに面した商店はその殆どが休業していた。出かけるにしても行く当てがないというのも、実情の一つとみて良さそうであった。一方で、数少ない通行人はその多くが騎士であり、職務に追われているのか急いでいる者が大半であった。

 通りはなんとか人が通れるように整備されてはいるが、噴石と見られる岩石がそこかしこに転がっているほか(それが落ちたと思しき箇所は石畳が粉砕しており)、路肩には寄せ集めたのだろう火山灰がミニチュアの山脈を為していた。そして驚くべきことに、街の中にも時折、放置されている遺体が見受けられた。ランツェによれば、街の北側に位置する火葬場が、魔物の急襲を受けて機能を停止してしまっているということらしかった。街が受けたダメージの大きさを、それらの状況はありありと物語っていた。

 街を包み込む陰鬱な雰囲気は、滲み出るべくして滲み出ているのだ。寧ろこの状況下で、諦めずに奔走するランツェら騎士団の気概の強さに、バーンズとルチカは感銘を禁じ得なかった。街に足を踏み入れたとき、二人の心を駆った不安感は、自分たちを先導して颯爽(さっそう)と歩くランツェの後ろ姿から感じられる心強さを前に、消えてなくなっていた。バーンズは今一度、ルチカへと目配せをする。先ほどとは違い、今度は復興への決意に燃える眼差しでだ。同じくルチカも、力強く頷いてそれに応えた。

 第八師団本部であるフェルゼニア城へと辿り着くと、ランツェは二人を、騎士団の作戦会議室へと案内した。「現在はこの部屋を、臨時の災害対策本部として使用しています」と、ランツェは部屋の入り口に立てかけてある看板を指し示しながら言った。アシリア文字で『臨時災害対策本部』と、確かにそこには書かれている。

 部屋に入ると、その中央には大きな長机と二十ほどの椅子が並べられていた。城や街が放つ厳格な雰囲気には似つかわしくなく、椅子の配置は乱れ、机上には大量の資料が置き去りにされており、現在も慌ただしい対応が続いていることが見て取れる。二人を椅子に座らせると、ランツェは机を挟んで二人の向かいに立ち、改めて二人への謝辞(しゃじ)を述べた。

「まずは、バーンズさん、ルチカさん。お二人のご訪問に改めて感謝を申し上げます。このような状況下で、お恥ずかしい限りではありますが――」

 ランツェがそこまで話したところで、バーンズは左手を上げてみせ、彼女の話を遮った。「ランツェさん」と申し訳なさそうに目を細めながら。

 「はい、なんでしょう」と尋ね返されると、バーンズは椅子から立ち上がって答える。

「何も、俺たちに(かしこ)まる必要はないんだ。俺たちはたまたま国王陛下にコネクションがあるというだけで、階級自体はそこらの村の一般市民ということに過ぎない。何よりも、今は時間が惜しい。そうだろ?」

 「ええ、ですが……」と狼狽(うろた)えるランツェに対して、バーンズは続ける。

「俺たちのことは、生まれたときからここに暮らしていた同志、くらいに思ってくれて構わない。それに、どれくらいの期待をしてもらっているのかは分からないが、正直どれだけのことが出来るか、俺たちにも分からないんだ。ただ、一日も早くこの街に元の生活を取り戻したい。元通りとはいかないかもしれないが、せめて皆が安心して生活できる環境を整えたいと思っている。この気持ちはここの皆と一緒だと思う。その為に全力で、全速で最善を尽くす。ここから先、被害は最小限に抑え込みたい。だから教えてほしい――」

 鋭くも優しい眼差しで、バーンズはランツェの目を見つめると問うた。

「俺たちにできることは何か。俺たちはここで、何をしたらいいか」

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