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箱庭の怪物たち  作者: 暫定とは
一章『残火』
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 この灼熱の地を二度踏むことになるなどと、四年前ルチカは思いもしなかった。驚くべきことに(そして同情すべきことに)、バーンズに至っては先日に引き続き三度目だという。それを殊更(ことさら)に裏付けるように、数ヶ月ぶりに会ったバーンズの肌は浅黒く焼けていた。

 クラスィア大陸はアレーナ砂漠の真っただ中、赤土の地面を黄金の太陽が容赦なく照らすルドニ火山。その中腹に現れる鉱山の街・ルドニークを、ルチカとバーンズは訪れていた。事前に連絡を入れてあったとはいえ、鉱山長のジャンヌは土のアーツのデルセンと共に、呆れた様子でルチカたちを迎え入れた。

「なあバーンズさん、確かにいつでも歓迎するとは言ったさ。しかしこのスパン。アンタたち、ひょっとしてこの街に越してくるつもりで、物件の下見にでも来ているのかい? まあ、それはそれで歓迎するけどさ」

 ルチカたちの、というよりもここではバーンズの、ということになるが、バーンズの目的は、もちろん物件の下見ではない。激化していくだろう戦いに備えて、火の大精霊・サラマンダーとの契約を結び直しておくことだった(余談だが、ルチカはハレたちの旅がまだ進行中であった期間中に、マドラインでハレたちと別れた後、水の大精霊・ウンディーネとの契約を既に結び直し終えている)。シンの勧めによるものだ。そしてルチカはその付き添いであった。箱庭現象が活発化している状況を考えると、一介の魔物といえど軽視はできない。出来得る限りは二人以上(アーツを含めれば四人ということになるが)で行動を取るのが得策だろうというのがシンの考えだった。

「度々すまない、ジャンヌさん。今回はだな、これを話すとまた呆れられるかもしれないが……」

「なんだい、言ってみなよ」

「……四年前と同じ用事なんだ。つまるところ、サラマンダーともう一度契約を結びたい」

 バーンズの言葉から、どうやらただごとではない雰囲気を察知したらしく、ジャンヌの表情は鋭く変わった。「……また何か、よくないことでも起こってるってわけかい」

 街の入り口からジャンヌの自宅へと場所を移して、二人はジャンヌに今回の事の顛末を話した。箱庭現象、そして夜明けの月光。話が落ち着きかけた頃になって、そういえばカオスライトは無事に手に入ったのか、ということをジャンヌはバーンズへと尋ねた。無事に手に入ったことへの礼と併せて、客人を向かわせることを(したた)めてジャンヌがデュランへと送ってくれたあの便りを、デュランがしっかりと読んでいたことをバーンズは伝えた。そして自分にとっても良い出会いになったと。そいつは良かった、とジャンヌは屈託のない笑顔で笑った。

 結論から言うに、サラマンダーとの再契約は快諾された。先日ここを訪れた際、「四年前にバーンズたちがサラマンダーを目覚めさせてくれてから、鉱物の出が良くなった」という話をジャンヌから聞かされていたバーンズは、再び以前の状況に戻ってしまうかも知れないことをジャンヌが懸念するのではないかと考えていたが、それは杞憂(きゆう)に終わった。

 サラマンダーが目覚めているという時点で、()の大精霊が誰かと契約をして何処かへ出かけたとしても、フォルスの流れ(つまりは鉱物の出ということになるが)は以前ほど不安定な状態にはならないだろうし(以前は精霊たちはジークフリードによる封印を受けて眠りに就いていた)、仮にそうなったとしても、この街の経済なんかよりももっと重いものを背負ってくれているバーンズたちを責めることは、少なくとも自分には出来ないとジャンヌは言ってくれた。

 話を終えたところで、バーンズはサラマンダーの神殿がある、鉱山の一番坑道へと向かった。ルドニークのしきたりにより、鉱山長以外の女性は坑道に入ることができない為、ルチカはジャンヌの家に残った。

「それはそうとルチカ、アンタはお久しぶりだね。ラメールも元気かい?」

 テーブルを挟んで向かいのルチカへと、ジャンヌは改まって話しかける(先ほどまで会話の中心となっていたのは、必然的にバーンズだった)。腰のベルトに備え付けられたラメールのドルミールに手を触れて、彼女を目覚めさせながらルチカは答えた。

「はい、ご無沙汰してます。ラメールもこの通り」

 高音と光を放ちながら、コバルトブルーでゲル状の皮膚を持つラメールがルチカの隣へと目覚める。「お久しぶりです。ジャンヌさん」

「相変わらずべっぴんさんだね。ルチカも大きくなっちまって……、なんだか感慨深いよ。他の皆も元気かい? リリとシンと、皆のアーツたちも」

「ええ、お陰様で。リリはバーンズさんの仕事を手伝い始めて、シンはファンテーヌの研究員として、なんだか色々頑張ってるみたいです」

「そうかいそうかい。……ところでルチカ、服の趣味は変わったのかい? 前来た時とは随分雰囲気が違う気がするけど。あたしはいま着てるそれも好きだけどさ」

 ルチカは今も、クリスから与えられたサファリジャケットに全身を包んでいた。「あー……」とルチカがラメールへ助けを求める視線を送ると、ラメールは嬉しそうに細めた目でそれに答えた。ルチカが困惑する様子を楽しんでいる目だ。さしずめ、「お好きに答えなさい」とでも言うように。いかにも悩ましい、といった様子で側頭部を押さえながら、ルチカは答える。

「まあ、……そんなところです」


(おいおい、懐かしい顔が来たぜ。随分とご無沙汰じゃねェか、兄弟)

 一番坑道の突き当りに存在する、火山の噴火口を中心としたサラマンダーの祭壇にバーンズとヘルズが辿り着くと、驚いた様子で噴火口から飛び出してくるなり、サラマンダーは中空に浮遊してそう言った。紅蓮に輝くオオサンショウウオのような姿を、彼はしている。

「三年半ぶりだな、サラマンダー。といっても聞こえないか。話がしたい。すまないが、一度俺の身体に宿ってくれないか」

 ジェスチャーを交えながら、バーンズは言った。精霊言語を習得していないバーンズの声は、そのままではサラマンダーには聞こえないのだ。(そうだったな。お前は半熟精霊術師だったぜ)と半笑いで答えながら、サラマンダーは小さな光の球へと姿を変えると、バーンズの胸の中へと吸い込まれるように消えた。と同時に、バーンズの瞳は赤く輝きを放ち出す。サラマンダーが持つ膨大な火のフォルスによる影響だ。

 「半熟だとよ」ヘルズが肘でバーンズを小突く。

「言うなよ。先代契約者と比べたら、誰だって半熟みたいなものだろ」

 先代契約者とはつまり、かつて四大精霊(しだいせいれい)のすべてと契約を結び使役し、その力を用いて精霊を模したアーツを造り出し、狂気によって世界を滅ぼした挙句、四大精霊に封印をかけた天才的な精霊術師・ジークフリードに他ならない。

 低く太い声で(ははは)と笑い飛ばすと、(違いねェな。こいつは失敬した)とサラマンダーは言った。(それで、その半熟精霊術師サマが、数年ぶりにこの俺を訪ねてくるたァ、一体どんな用向きだ? まさか、まだジークが生きてるなんて馬鹿げたことは言わないよな)

 ジークフリードは死んだ。確かに死んだはずなのだ。しかし、彼の亡霊なのか、彼の遺志を継ぐ何者かなのかは分からないが、とにかくよからぬことを企んでいる者がいるのだということを、バーンズは話した。アシリア各地での箱庭現象の発生や、先日のハレたちの旅についても触れた上で。

(成程、プリマギアが目覚めたときたか。……道理でな)

「知ってるのか? プリマギアを」

 寝耳に水、といった様子で首を傾げながら、バーンズが尋ねる。

(おっと、口が滑ったな。……まあ知ってるさ。だが知ってるということ以外には、何も言えねェな。すまないがこいつは絶対だ。口が裂けてもな)

 バーンズは思い出す。かつて封印から解放した時、四大精霊たちが皆、「太陽王の時代のことは語れない」と揃って口を閉ざしたことを。世界を守護する神の如き存在の彼らなのだ。人間に話せないことがあるのは仕方ないのかも知れない、とバーンズは思う。そしてそれを無理に聞き出すつもりもバーンズにはなかった。

 「道理で、というのは?」とヘルズが問うと、サラマンダーはこれには答えた。

(いやな、少し前から、アシリア全体でフォルスの流れのバランスが変わったのを感じていてよ。プリマギアの司るフォルスの属性は知ってるか? 闇だ。ずっと雀の涙程度だったこの闇のフォルスが、少しずつ総量を増やしながら、俺たち四属性のフォルスの流れに合流してきていたってわけよ。奴が目覚めたってことなら頷ける)

 「なるほどな」とヘルズは頷いて答える。

 次いでバーンズが、「それでどうだろう」と仕切り直すように言った。「また、俺たちに力を貸してもらえないだろうか」

 ジャンヌ同様、迷いもなしに快諾とはいかないだろうとバーンズは考えていた。幾ら顔見知りとはいえ、相手は四大精霊の一角なのだ。そう簡単に、それも精霊術師ですらない人間に、おいそれと応じることはないだろう、と。しかし、結果はその逆であった。

(ああいいぜ。兄弟の頼みは断れねェよ。だがしかし、一応形式上、お前の誓いくらいは聞かせてもらおうか)

 若干肩透かしを食らったような感を覚えながらも、バーンズは安堵した。暑いところに暮らす者たちだから、きっと心も熱く、情にも厚いのだろうとバーンズは思うことにした(或いは、暑さにあてられて正常な判断が出来なくなっているということも考えられる)。

 そして、バーンズは今一度自らの心に問いかける。自分が今、やりたいことは何か。誰かに頼まれたからではなく、自分自身が成し遂げたいことは何か。旅を乗り越え、リリの成長を見届け、リリアの死と改めて向き合い、デュランと出会い、その上で考える自分の使命とは何か。それは四年前と同様の言葉となって紡がれ、しかしバーンズとヘルズ、そしてサラマンダーにとっての、新たなる誓いとなった。

「俺の火は『守る火』だ。例えどんな強敵が相手だろうと、大人として、親として、そして村を治める長として、リリや仲間たち、コントゥリの皆を守り抜く。それが、俺の誓いだ」


 昼間、ルドニークは街中に敷き詰められたレールをトロッコが走り回る音や、作業員たちの怒声(どせい)にも近い話し声、そしてあちこちから轟く大音量の掘削音(くっさくおん)で、大変に騒がしい。一方で、夜は夜で仕事を終えた作業員たちが、大盛りの食事と酒に食らいつくことによる喧騒が、商店街を中心に巻き起こるのがその常であった。この街の人たちは基本的に酒に強い。そういう遺伝子がこの街には流れているのだろうというのが、先日数週間をこの街で過ごしたバーンズの所感だった。

 山の斜面に連なるルドニークの中でも、比較的下層に位置する飲食店街(ほとんど飲み屋街といっても遜色ない)を、ルチカとバーンズはこの時歩いていた。店の多くは複数の出入り口を開け放っている上に、広めのテラス席を設けていたため、店の中と外の境界線は極めて曖昧である。店を決めて入店する前から、ルチカとバーンズは大声での会話を余儀なくされていた。

「前に来たときも思いましたけど! ちょっとうるさすぎですよね! それにお酒臭い!」

「そういう土地柄なのだろう! 余所者の俺たちがとやかく言うことじゃないさ!」

「なんです!?」

「余所者の俺たちが! とやかく言うことじゃないさ!」

 「確かに!」とルチカは笑う。

 サラマンダーとの再契約を終えた後、バーンズはルチカと再び合流し、今晩の宿を押さえた上で、夕食を摂るべくこの飲食店街を彷徨(さまよ)っていた。どこも料理は美味いのだが、未成年のルチカを連れて入るのに適しているとは言えず、バーンズは店を決めかねていた。

 「おうバーンズ! また顔見れて嬉しいぜ!」と、ある店のテラス席から、前回の滞在時に世話になった作業員のロンが叫ぶように言う。「しばらくいるのか!」という彼の問いに、「いや、明日には発つつもりだ!」とバーンズは投げやりに答えた。「おいおい嘘だろ」というロンの声をかき消すように、バーンズの存在に気付いた面々があちこちから声を荒げる。「バーンズだって!?」

「おい、ホントにバーンズだよ!」

「ひっさしぶりじゃねぇか!」

「こっち来て一緒に飲もうぜ!」

 作業員たちへと適当な返事を返しながら、バーンズは騒ぎにならないうちに立ち去ろうと、歩調を速めた。ルチカもそれに続く。飲食店街の端の辺りまで来たところで、ようやく喧騒は少しましになった。バーンズとルチカは歩調を戻しながら、二人連れの男たちを追い抜かした。「失礼」と先を行くバーンズが謝ると、「ごめんなさい」とルチカも彼らを追い抜きざま、会釈(えしゃく)と共に告げた。その瞬間、何某(なにがし)かの既視感(きしかん)がルチカの脳裏を(ひらめ)いた。気のせいと看過できるほどの些細なものだった。いや、確かにその既視感は、ルチカの記憶の中のとある人物へと、正確に結び付いていた。しかし、彼らがここにいるはずがないという思いが、それを看過させようとしたのだ。そしてどうやら、自分たちを追い抜いていったルチカの後ろ姿をしかと目に焼き付けた彼らにとって、それは看過できる既視感の域を超えたらしい。

 「――ルチカ? ルチカじゃないか!」と若いほうの男がルチカへと呼びかける。

 ルチカとバーンズが揃って振り返ると、そこには二十歳(はたち)前後ほどで、鳶色(とびいろ)の短髪に白いタオルを巻いた、作業着姿の青年がいた。その隣には、褐色の肌と二メートルほどの長身を持ち、焦げ茶の長髪をドレッドロックスにした四十代ほどの男性が立っている。ルチカがハレたちと共に訪れたギルドの街、流通(りゅうつう)要塞(ようさい)・マドラインで、自分たちにカオスライトを託してくれた、ヨークとピエトロだ。

「ヨーク! それにピエトロさん!」

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