嫉妬をしてしまいました。
勇者オルトは結局、王女シャルディアと婚約する事になった。
シャルディアはこの国の王と王女の一人娘である。だから、次期、女王になる事が決まっていた。
だから、オルトはいずれ、王配になるのだが、この国を脅かしていた魔王を倒した勇者である。国民全員が、勇者オルトと王女シャルディアの婚約発表を喜んだ。
ゆっくりする暇もなく、今、オルトはシャルディアと近衛騎士5人と共に、隣国へ向かう船に乗っている。
隣国と言っても、海を挟んだ対面に位置しており、船で半日かかる程の距離であった。
オルト達がいるミルデルト王国は山に囲まれた島国で辺境の国だったので、ハリス王国が隣国と言えども、かなり離れているのだ。
何故、ハリス王国へ行くのかと言うと、物資援助を頼むためである。
ミルデルト王国を暴れ回った魔王や魔物達のせいで、国民に多大な被害が出たので、
シャルディアは王女として、国を代表して、勇者オルトを連れ、隣国へ向かっているのであった。
甲板に立つシャルディアは、海風に金髪をなびかせていて、とても綺麗である。
今までオルトは死ぬ事しか考えていなかった。
故郷へ帰って、両親や婚約者、他にも村人達の骨を集めて弔って、自分も死ぬつもりでいた。
魔王を倒す事を目標にかろうじて生きてきたのだ。
一日一日が苦痛だった。時が過ぎるのが怖かった。
やっと魔王を倒して、全てが終わって、もう生きていても仕方がない。そう思っていたのだけれど…
今は…毎日がとても楽しくて、シャルディアの顔を見て、シャルディアの声を聞いて、シャルディアの手を握って…
きっと恋をするってこんな気持ちなんだと思う。
ただただ、シャルディアの傍に居られることが、オルトにとっての幸せだった。
生きたい。生きてシャルディアの傍にいたい。
オルトの視線に気が付いたのか、シャルディアはオルトを見て微笑んでくれた。
「オルト様。わたくしの顔に何かついていますか?」
「いや…あまりにも綺麗なんで、見とれていました。」
胸がドキドキする。
自分の顔はきっと赤いのだろう。
シャルディアが近づいてくる。
自分を見上げて来るその顔が、空色の瞳が、
ああ…その唇にキスをしたい。
顔を寄せ、キスをしようとしたその時、
「港が見えてきました。もうすぐ着きますよーー。」
船員が叫ぶ声が聞こえた。
ちょっと残念な気持ちを抱えながら、慌ててシャルディアから離れて、港を見れば、ハリス王国の出迎えの人達であろうか、
20名位の人達が港に集まっている姿が見える。
船が海岸に着くと、一人の黒髪碧眼の髭が生え、黒の鎧を着た男が進み出て、
「ハリス王国騎士団長、ジオルド・キルディアスです。お出迎えに参りました。」
もう一人の銀髪碧眼のそちらは上品な貴族服を着こなして、いかにも高位貴族という感じの男が続いて進み出て、
「エリオット・イーストベルグと申します。この度はようこそ、ハリス王国へ。私はお二人の世話係を申し付かっております。」
シャルディアは、二人を見て微笑みながら、
「お出迎え有難う。」
エリオットは豪華な馬車を指し示して、
「あちらの馬車へ。お美しき王女様。勇者様もどうぞ。」
エリオットはシャルディアの手を取り、エスコートし、馬車の扉を開けて、
乗るのを手助けする。
オルトは面白くなかった。
何だ?あの気障男はっーーー。シャルディアに軽々しく触って、
背後から騎士団長ジオルドに声をかけられる。
「さぁ、勇者様も馬車へ。半時程、乗ればお城へ着きますから。」
促されて馬車に乗って。
シャルディアの正面に座れば、シャルディアがにっこり笑って、
「あの方がエリオットね。そして、ジオルド。ハリス王国で有名な二人だわ。」
オルトはムっとして、思わず尋ねる。
「シャルディア様はああいう男が好みなのですか?」
「え?ああいう男って…」
「その、エリオットと言う気障野郎ですよ。」
「オホホホホホホ。さぁ、どうかしら。」
はぐらかされたぞ。これはもう、気になって気になって…
エリオットにシャルディアが心を動かして、自分の事を婚約破棄なんて言い出したらどうしよう。
何とも言えない気持ちを抱えながら、馬車で王城へ向かうのであった。
ハリス王国の国王ゼルダスは、シャルディアとオルトを、王宮の広間で出迎えた。
王妃と王太子ファルト、王太子妃ミリアも共にである。
華やかな王宮。
ミルデルト王宮よりも、豪華で大きい。
シャルディアは、ドレスの裾を持ち、頭を下げて、
「この度は、両陛下にお願いがあって参りました。」
「手紙はあらかじめ貰っておるが、支援の件だな。」
ゼルダス王の言葉に、シャルディアは頷いて、
「はい。我が王国は魔王と魔物の侵攻のせいで、多大な被害をこうむりました。
国民の中には日々、食べるのに事欠く者も出る有様。
ですから、支援を頂きたいのです。食料と物資の支援をお願いできないでしょうか。」
ゼルダス王は微笑んで、
「ほかならぬ隣国が困っているというのだ。喜んで支援させて頂こう。勿論、我が国で出来る範囲だが。」
「有難うございます。」
王太子ファルトが進み出で、
「その代わりといっては何だが、実は我が国の東側で、最近、闇竜の出没が相次いでいる。
是非とも勇者オルト殿の力を借りて、退治したいのだが、協力いただけないだろうか。」
シャルディアはオルトの顔を見て、
オルトは否とは言えない。王太子ファルトに向かってオルトは、
「喜んでお役に立ちたいと思います。」
「そうして頂けると助かる。」
ゼルダス王は二人に向かって、
「では、これから歓迎の宴を用意している。ぜひとも楽しんでいって貰いたい。」
シャルディアは微笑んで、
「有難うございます。国王陛下。ぜひとも楽しませて貰いますわ。」
華やかな歓迎のパーティーが行われる。
高位貴族達がダンスを披露し、それはもう、花が咲いたようだった。
残念ながら、オルトはダンスなんて踊れない。
シャルディアはあのエリオットと言う気障な男に誘われて、ダンスを踊っている。
共に踏む完璧なステップ。人目を引く華麗なダンス。
周りの貴族達も皆、見とれていた。
似合いだ…俺なんかより、あのエリオットという男、華がある。なんてシャルディアと似合いなんだろう。
何だか泣きたくなった。
主賓なのに、王宮の宴を抜け出して、オルトは庭の隅に座り込みため息をつく。
本当に自分はシャルディアの王配としてふさわしいのだろうか?
シャルディアの王配としてふさわしいのはエリオットのような高位貴族ではなかろうか。
その時、声をかけられた。
「主賓がこんな所で何をしていらっしゃるのです?」
ジオルド騎士団長だ。
オルトは立ち上がって、
「申し訳ない。ちょっと考え事をしていたのです。」
「考え事?」
「私は…シャルディア様の王配としてふさわしいのだろうかと。」
「何をおっしゃいます?」
「エリオット殿のような、マナーもダンスも全て完璧な男性こそ、本当は王配にふさわしいのでないでしょうか。」
胸が痛い。違う。本当は…シャルディアと離れたくない。
ジオルドは意外そうな顔をして、
「エリオット??」
「はい。お二人は似合いかと思います。」
「何を言っておられるかと思いきや…エリオット…」
そう言うと、ジオルドは真顔で、
「それは絶対にありえないです。あのスットコドッコイ。あのスットコドッコイのせいで俺はっーーーー。」
何やら思い出したのか、拳を握り締めて、
「そもそも、エリオットは既婚者ですよ。」
「へ???」
「子供もいますし、まぁ、女性関係が派手でしたから、色々とありましたが。
でも、シャルディア様と結婚なんてありえませんから。
さすがに既婚者であるのにも関わらず他国の王女に手出ししたら、あの男も首が飛ぶでしょう。
ハハハハハ。奴の首が吹っ飛んでも私はかまわないんですがね。
だからオルト様。安心して下さい。」
「は、はぁ…」
「さぁ、主賓なんですから宴にお戻りを。」
ジオルドに促されて、宴に戻れば、シャルディアが慌てて近づいてきて、
「どこへ行っていらしたの?わたくし、心配したのですわ。」
「いやその、ちょっと風に当たりに。」
「貴方はわたくしと共に主賓なのですから。ああ、わたくしが付き合いでダンスを踊ったのが、寂しかったのね。」
すると、エリオットが気の強そうな美しい女性を伴って現れた。
「オルト様。ご紹介しましょう。妻のサリアです。サリアと、シャルディア様は姉妹のように仲が良いとの事で。」
サリアは男言葉で、
「サリアだ。勇者殿。シャルディアとは親戚筋でな。久しぶりに会えて嬉しいぞ。
後で積もる話をしよう。シャルディア。」
「ええ、楽しみですわ。サリア様。」
エリオットは結局、社交辞令でシャルディアに接していたらしいのだが、
自分の思い違いが何とも言えず恥ずかしくて。
ともかくほっとしたオルトであった。
宴は華やかに続けられて、夜は深けていくのであった。
ジオルドが思ったより、あのスットコドッコイに修道院送りにされたのを根に持っていたのには驚きました(笑)あのスットコドッコイ。どこに出没しても、何だか問題児だなぁ、大好きです。(エリオット・イーストベルグまたまたやらかしました。ついに修道院へ行く より)
やらかしすぎだろう。エリオット(笑)
ちなみにゼルダス王は牢獄長を申し渡された公爵令嬢エストローゼに振られたあのゼルダスです(笑)