聖剣を取り返せませんでした。
翌日、オルトが目が覚めると、シャルディアは隣のベッドでまだ寝ていた。
横向きにこちらを向いているので、ベッドの横に回り込み、そっとその顔を覗き込む。
まつ毛が長くてとても綺麗な顔をしていると思える。
聖剣はどこにあるんだ?
シャルディアの周りを見渡しても聖剣が見当たらない。
魔法で何かに姿を変えて持っているのか?
キラリとシャルディアの胸元に光るペンダントを見つけた。
銀の星型のペンダント、もしかしたら聖剣を変化させたものかもしれない。
しかし…しかしだ。
星のペンダントトップの下にある谷間は、あまりにも男にとっては刺激的だ。
あのペンダントをどうやって、シャルディアから取ればいいのだ?
女性のペンダントなんて外した事なんて、オルト20歳、女性と付き合った事もない気の毒な勇者としては、経験がない事である。
とりあえず、起こさないようにペンダントトップに手を伸ばす。
聖剣なら、触れば解る。そして触って呪文を唱えれば、元の姿に戻るだろう。
もう少し、もう少しで手が…。
その時、シャルディアが、ううううんと言いながら、仰向けに寝がえりをうった。
胸が…揺れたような気がしたぞ。
いかん。頑張れ。自分。もう少しでペンダントトップに手が届くはずだ。
もう少し…もう少し…
人差し指と親指でそっとペンダントトップを摘まもうと身を屈めたその時、
ぱっちりとシャルディアが目を開けた。
「きゃああああああっーーー。」
「うわっーーー。」
二人同時に悲鳴を上げる。
慌てて、オルトは手を引っ込めた。
「オ、オルト様、夜這いをするなら、わたくしにも心の準備が。」
慌てて、身を起こして毛布を手繰り寄せるシャルディア。
「いや、俺は聖剣を…。それに夜這いと言うより、もう朝なんだが…」
窓の外からは日の光がキラキラと差し込んで、今日もいいお天気のようだ。
「あら、失礼いたしましたわ。聖剣は渡しませんですわよ。わたくしから奪おうだなんて
100年早いですわ。」
バっとシャルディアはベッドの上に立ち上がる。
「さぁ勇者様。今日はわたくしとデート致しましょう。」
「え?いや私は、故郷に帰らねば。だから早く聖剣を返して下さいませんか。」
「故郷に戻っても、どなたもいらっしゃらないのでしょう?そう急がなくても良いではありませんか。今日はデートですわ。いいですわね。」
「解りました。」
聖剣を取られたままであるし、王女の命令には逆らえない。
シャルディアと共にオルトは街へ繰り出した。
王都は魔王や魔物の被害は殆どでなかったが、王都を出れば、どこも悲惨な状況のはずである。
それでも、魔王が倒されたという事で、街は祝いムードで賑わっていた。
さすがに顔が民衆に知られてしまっている勇者と王女の二人である。
認識阻害の魔法を使って、本人と解らないようにした。
シャルディアはオルトの手を握り締めてきて。
「手を繋いで歩きましょう。」
「手…ですか…」
シャルディアの手は柔らかくて、温かい。
手を繋ぐだけでもなんだかとても恥ずかしかった。
ふと、気になっている事をシャルディアに聞いてみる。
「シャルディア様がお助け聖女様なのでしょう?その節は本当に助かりました。
有難うございます。お助け聖女様がいなかったら、私は魔王を倒せたとは思えません。」
辛く厳しい道のりだった。
勿論、王宮の騎士達や兵も魔王城を目指す道中に出て来る魔物退治に協力してくれたが、死者や負傷者も沢山出た。
魔王城に乗り込んだのは、結局、勇者オルト一人であり、魔王と戦って苦境に立たされた時に、お助け聖女が現れて、高尚な防御魔法を唱え、オルトの力になってくれたのだ。
シャルディアは微笑んで。
「あら、何でばれたのかしら。仮面を被っていたのに。オホホホホホホッ。わたくしがお助け聖女ですわ。貴方様の事が心配で心配で。」
「私は貴方様がいたから、孤独ではなかったのです。感謝しております。」
「感謝をしているのなら、わたくしと結婚して下さいませ。」
「それは出来ません。」
「どうしてですの?」
雨が降って来た。オルトはシャルディアの手を引いて、民家の軒下へ移動する。
雷がゴロゴロと鳴って、雨が酷くなってきて。
「あ、あそこにカフェがあります。雨宿りをしましょう。」
オルトはシャルディアを誘って、カフェに入る事にした。
窓際の席に二人で対面で座り、アイスコーヒーを注文する。
シャルディアがオルトを真っすぐ見つめ、
「理由を聞かせて下さいませんか?勇者様。」
「私は…自分の故郷の村の人たちを助ける事が出来ませんでした。
駆けつけた時には両親も幼馴染の婚約者も、村人全てが魔物に殺されて滅ぼされていました。だから…だから俺は…村に帰って、皆の骨を拾って葬ってやりたい。
葬った後は、皆と一緒に眠りたい。魔王は倒したんだ。もう、俺の勇者としての仕事は終わった。だから…だからもう…。」
激しく降る雨の音が外から聞こえて来る。
「でも聖剣は必要なのでしょう?」
「女神様に返さないと…刺さっていた岩に刺して…そして俺は…全てを終わりに…」
シャルディアは立ち上がって、オルトの隣に腰かける。
そして、オルトの手を自分の胸に持って行く。
オルトは焦った。こんな時になんで俺は、シャルディア様の胸を鷲掴みにしているんだ?
「真っ赤になって可愛いわね…オルト様。ドキドキするでしょう?これが女性の胸なのよ。」
「す、凄くドキドキする。なんだかとても恥ずかしい。」
「わたくしの方がもっともっと恥ずかしいわ。ねぇ。生きて、わたくしと結婚して?
これからもっとドキドキする事を体験しましょう。」
「もっとドキドキする事???」
「そうよ。もっとドキドキする事よ。」
そう言うと、シャルディアはオルトに顔を寄せて、チュっと唇にキスを落とした。
ああ…もう頭がパニックでどうしていいか解らない。ただ、このまま、ずっとシャルディア様の傍にいたい。
そう強くオルトは思ったのであった。
キスをしてくれたシャルディア様の唇はとても柔らかくて、甘い味がした。